2017年03月03日

論文原稿や研究発表の最近の傾向の話

論文は基本的にpeer reviewというシステムがとられていて、誰かに審査されてその判断をもとにエディターが修正指示や掲載の可否を判断します。なので出した論文がそのまま通ることは事実上ありません。

この論文審査はエディターが大勢の研究者の中から利益相反のない、且つその分野に詳しそうな人を査読者として選定します。指名された側も自分が出した時に査読をしてもらっているわけだからそうそう無下に断ることもなく引き受けることが多いわけですが、この査読、文献読んでその言ってることが正しいのか独自にバックグラウンドをチェック、またデータ自体もあってるのかと精査したりなどなど結構な時間を取られます。それも年に1回とかならともかく、月に数回ではきかないレベルでこの査読依頼がやってくることも多く、自分の研究に関係ないことで消費される時間が半端ではなくなります。2015年に査読に費やされた時間は延べ6300万時間とまで言われており、大量の査読が押し寄せて卓越査読者化している人も多かったりしますが、そんな査読は、完全なるボランティアです、タダ働きです。そんなこんなで本人時間取れないから海外ラボでも学生に査読丸投げしてるとこ多いような気がしますがアレだめなんちゃうの?

The Global Burden of Journal Peer Review in the Biomedical Literature: Strong Imbalance in the Collective Enterprise
M. Kovanis et al.
PLOS ONE DOI: 10.1371/journal.pone.0166387



近年ではOpen Access論文誌(OA誌)の激増などもあり、発行される論文の数は加速度的に増加しています。その割合は年6%以上とも言われ、科学誌だけで2014年にpeer reviewを受けて発行された論文は34000以上、2003年には130万だった論文総数が、わずか10年後の2013年には倍近い240万報にまで膨れ上がっているという調査もあります。当たり前ですが、発行される論文数が増えればその分査読を受ける(合否判定前段階の)論文も増えるわけです、例えば一律で受理率を20%とした場合、34000報の5倍の数の論文が審査に回されているわけです。こうなるともうやってられないし低レベル論文誌ほど原稿読んで得るものがなくなる(時間の無駄)となると査読者もそもそも現れなくなるわけで、エディターとしても大変のようです。

という、完全に研究者の善意だけで回っていた査読システムが崩壊しつつある近年です。これに関して色々解決するにはどうしたらいいかとかいう議論も上がっており、『報酬を出せ』という意見が一番多いしまあ当然そうなるわけです。ただそれやると報酬を渡すためにまた口座管理登録とか論文誌側がそういうのしなきゃいけなくなるし、何より常日頃からくるスパムメールポスドク志願メールよろしく報奨金目当てで『アイアム卓越査読者、プリース査読回して』というメールが某国やら某国やらと膨大な量エディターに寄せられてきそうでなかなか難しそうです。最近のNatureのコメントには『査読したらポイントがたまって、論文をOA化できるようにしたらどうか』という意見が出されています。

Peer review: Award bonus points to motivate reviewers (correspondence)
D. Gurwitz
Nature 542, 414


なお、「査読をしたら自分がOA論文出すときに使える値引きクーポンをだす」というパターンはもうすでにやられていて、Moleculesなどを擁するOA誌会社の一つであるMDPIは、査読をすると今度投稿するときに使えるOA化料金値引きクーポンコードがもらえます。有効期間と値引き料はまちまちなので(なんでなんだろ、よこしてくる原稿の厚さとか?)、たまたま出そうと思ってたらラッキーってなるでしょうけどそうでなければ使えないよなあと。

さて、そんな査読システムの話は置いといて、これだけ論文が激増する一方で紙面やこっちが読める数も限られるわけですから採択される報数自体はそんな大幅には増えません。ということは論文採択のための競争が激化しているわけです。科学論文であればもちろん研究成果というか研究結果ベースで採否は決まるはずですが、判断する方も所詮人間ですし、採択の理由にも「読者が興味を示すか」というのもあるわけですから、そのためにエディターへのカバーレターでのアピールに加えて、Abstractや論文本体での『俺すごいんやで』アピールとそう見せるためのストーリーも重要になってきます。ところで私自身前面に出たがらないコミュ障だし、ウルトラ俺様論文読んでるとこっちが恥ずかしくなるくらいなので結果ベースのアピールとか文章構成にしかする気がないんですけど、それもそれでだめな書き方なんだろうなあと(そんなんだからうだつが上がらないのか?それ以前の問題か?)

無論、おんなじ結果でも伝え方(原稿の書き方)次第で印象が180度違うのは当たり前なのでわかっちゃいるんですが、かなりの小手先感もしてしまうのも事実。そういった最近の論文原稿自体の傾向についての論説がACS Catalysis誌で出されました。

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2017年01月02日

冬コミ(コミックマーケット, C91)に行って科学評論本買ってみた

(1/7 タイトルちょい変更)
明けましておめでとうございます、今年も宜しくお願い致します。


さて毎年やっていた「〜に行ってきた」シリーズ、過去「元素のふしぎ展」(2012)に始まり「深海展」(2013)、「毒毒毒毒毒毒毒毒毒展(もうどく展)」(2014)、「単位展」(2015)と毎年続けてきましたが、なんと2016年はどこにも行っていません。なんてこったい!いや単に書くような展示会とかなかっただけなんですけどね。

そんな中、ぎりぎり「2016年版〜に行ってきたシリーズ」に間に合わせるべく?暮れも押し迫った12月31日の大晦日に行ってきましたよ、お台場国際展示場(ビッグサイト)で開かれていた冬コミことコミックマーケット91に!

え、化学関係ない?あるんだなあこれが。


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2016年12月28日

論文誌1年分まとめ読む話

みなさん仕事納めましたか?え?そもそも納めないでそのまま新年だって?
いや別に特に書くことないんですけど年末なのでかなり短くちょっとだけ。

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2016年12月07日

高校生が高価な薬分子を格安で作った、という話

(2016/12/08 ちょいちょい修正)

とあるニュースが先月末あたりから海外を中心に話題となりました。

「大炎上男」が「1錠9万円」に吊り上げたHIV薬、オーストラリアの高校生が約230円で作り出すことに成功(engadget日本版)
米の「最も憎まれた男」の鼻を明かした? 豪の高校生たち (BBC Japan)
Australian students recreate Martin Shkreli price-hike drug in school lab (The Guardian)
Students make $750 drug cheaply with Open Source Malaria team (The University of Sydney)


オーストラリアのシドニーグラマー校の高校生らが、pyrimethamine (商標名Daraprim)を合成、市価11万ドル相当の量をわずか20ドル程度で作ったというニュースです。

マラリアのみならずHIV治療薬として現在も使われているpyrimethamine自体は1953年上市という半世紀以上前の創薬分子なので当然化合物特許もオリジナルの製造特許も切れているわけですが、なぜこれが今更話題になるのでしょう。実はTuring Pharmaceuticalsという会社がこれの米国内独占販売権を取得、そのアメリカでの薬価を$13.50から$750.00という50倍強にも釣り上げたことがそもそもの発端にあります。

この製薬会社は当時のCEO、Martin Shkreli(シャリと読むらしい)が大半を出資して設立したものなのですが、この人、フォーブス誌による「30歳以下の金融業界の成功者30人」にも選ばれたことのある超やり手のヘッジファンドマネージャーで製薬を中心に投資展開を行っている様子。ただし製薬・創薬に関するバックグラウンドは全くなく、投資など以外の面ではまるでダメ。アメリカ版ホリエモン(+村上ファンド)と言われてることからもわかる通りかなり人間性に問題があるようで、「マイナーな疾病の特効薬(シャーガス病薬も)」といった患者の足元を見て金儲けすることに躊躇も反省もなく、他人を徹底的に見下して侮辱する態度は政治家からも猛反発を浴び、世界的に大炎上しました。

“米国版ホリエモン”マーティン・シャリの素性とは (Wedge)
「バイオ坊や」のテレビ出演が大ひんしゅくを買い、バイオ株が総崩れ (market hack)

で、そんな中くっそ高くなったpyrimethamineを高校生がわずか20ドルで合成したというニュースが出てきたもんだからアンチ・Shkreliにしてみりゃナイスなフルボッコネタが上がったといえるでしょう、あとアンチ創薬企業とか。もっとも当のShkreliはこれに対し「人件費や設備費用は?」「物理化学者をただで働かせられるなんて知らなかった」「研究室の設備を無料で使えるのなら、なぜ自分は設備を購入しなければならなかったんだろうな」「先生たちが命令すれば、彼らはただで働いてくれるんだな」「どんな薬でも少ない量なら低価格で作れるよ」「薬の合成を学ぶだけではイノベーションにならない」と徹底的にバカにしてるので大して効いてなさそう (一方対外的なyoutubeでは祝福コメント出してるらしいので使い分けちゃんとしてるなあと)。

薬価50倍つり上げの元CEO、薬の生成に成功した高校生をからかう(AFP)

ただ、開発経費は年々高騰しており今では一つの新しい薬を生み出すのに数千億円かかるとまで言われています。それらの費用を回収しなければ会社としてやっていけないわけですから、原価が格安で作れたから企業は暴利をむさぼっている、という理屈はおかしいわけでそういう意味ではShkreliの言っていることは間違ってはないわけです。もっとも「pyrimethamineは大昔の分子だからとうに開発投資金は回収済」+「おまえ金出して販売権買っただけだから設備費以外苦労してないだろ」という意味で説得力はないのですけど。あと段階的でもなくいきなり50倍に値上げするとか真面目に稼ぐ気あんの?

さて、そんなpyrimethamine(daraprim)ですが、このシドニーの高校生らが一体どうやって格安でpyrimethamineを合成したのかについてはどこのメディアも触れていません。ちなみにpyrimethamineの構造式はこちら↓

1 daraprim structure.jpg


安く簡単に作れ!って言われると結構悩ましい構造式にも見えますが、さてどうやって合成したのでしょうか。

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2016年11月15日

最近のアミド縮合法の話

有機合成のための反応は数あれど、最も基本的かつ古典的な合成反応のひとつはカルボン酸とアルコール・アミンからのエステル・アミド合成・脱水縮合反応と言えるかと思います。単純かつ古典的な反応ですが、身の回りにはペプチドやらなんやらとエステル、アミド分子がゴロゴロ転がっているため、創薬分子をはじめその合成の需要は極めて高いのは今も変わりません。カルボン酸とアルコールもしくはアミンを混ぜるだけでもエステルやアミドは出来ますが、加熱と過剰量の反応剤を使用しなければならないなど、効率は基本よろしくありません。そういった背景から、古くからあるアシルハライドに始まり、DCC、HATUなどなど、年を追うごとに高活性、安定、精製容易な新しい縮合剤が誕生しています。以前もボロン酸を利用した脱水縮合法を紹介しました(モレキュラーシーブスは脱水剤か貯水剤か)。他にも向山法、山口法、椎名法がありますが、これらはアミド化ではなくラクトン化、エステル化がメインに使われています。見た目複雑な反応剤ですが基本的にどれもやってることは同じで、カルボン酸から脱離能の高い部位をまず導入し、そこにアミンやアルコールをぶつけることで生成物を得ています。

縮合剤一般機構.jpg

縮合剤いろいろ.jpg

Oxymaってなんか響きがいいよね、「おきしま!」って書くとなんか今にもアニメ化しそう(何

それはさておき、今でも進化を続ける縮合剤に見られるように、縮合反応の開拓は基礎合成化学にしていまだ重要な研究分野でもあります。そんな縮合反応の中から、カルボン酸・エステルとアミンによるアミド合成について、最近の論文をいくつか挙げてみたいと思います。

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