同じ原子番号に属していながら、中性子組成の違いから「同じ原子だけど違う」というものがあります。それらを同位体と言い、たとえばコバルト原子でも59Coは安定に存在できますが、60Coは放射性同位体として放射線をまき散らしながらニッケルへと崩壊していきます。
放射線をまき散らすようなやつは大変に困りますが、そうでない同位体もたくさんあります。重水素(Deutrium, D)は水素(Hydrogen, H)の安定同位体として化学的にメジャーな物であり、中性子を余計に一つ持っています。その結果、質量とスピン量子数で水素との違いが出てきます。
ちなみに表にあるとおり、重水素のスピン量子数は1なので1H NMRでは観測されません。これを利用して重水素交換による水酸基ピークの確認や重水素トラップ実験でのピーク消失の確認にも用いられます。一方13C NMRでは、普段デカップリングで消しているC-Hカップリングとは違うためC-Dカップリングが現れるので注意(CDCl3が3重線になっているのはこのため)。

たとえば炭素―重水素の換算質量は炭素―水素のそれの2倍にもなり、大幅に違いが出てきます。E=hνで与えられる結合の振動エネルギーはこの換算質量が影響し、重い重水素の振動は水素のそれと比べて小さくなり、ゼロ点エネルギーが増大することになります。まあ簡単に言ってしまえば
「重い原子ほど振動しないから結合が切れにくい」ということになります。その結果、同じ原子番号の物を置いたとしても、その同位体とで反応の進行度合いに差が出てきます。

なお、同位体効果には反応に直接関与する1次同位体効果と、直接関与しない2次同位体効果があるのですがよく利用されるのは1次の方なので2次は今回割愛。1次での例を挙げるとE2脱離反応はその典型となります。以下のハロゲンの脱離反応では反応速度定数の比であるk(H)/k(D)が7近くにもなり、大幅な反応速度の差が見られます。これは重水素化によってC-D結合開裂がC-Hより起こりにくくなったことに起因します。

この重水素の同位体効果は反応の律速過程を調査したりと、反応解析に用いられることが多いのですが、これを合成反応での保護基として活用した例をいくつか紹介します。
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