そんな分子のなかで、3角形のシクロプロパン環と4角形のシクロブタン環がつながった分子構造は通称ハウサン骨格と言われています。"Housane"という名前からも分かる通り、シクロプロパンを屋根とした「家」の見た目からつけられています。いいの?そんな名前の付け方で。
※ハウサン骨格自体には煙突もといMeは要りません(ツッコむとこはそこなのか
作り方にもいろいろあるんだとは思いますが、最近では5角形のシクロペンタンからの分子内SN2反応でトイメンの頂点とつないでハウサンのカルボン酸を100gスケールで作ってしまうという報告が出てきました。ウクライナが誇るEnamine社のグループですが、東欧・旧ソ連界隈ってこういうマニアックなことやってくるから好き。
Building the Housane: Diastereoselective Synthesis and Characterization of Bicyclo[2.1.0]pentane Carboxylic Acids
O. O. Grygorenko, et al.
J. Org. Chem. 2020, 85, 4, 2321.
なお、分子構造としては家のような平面ではなく、四角形シクロブタンを平面とした場合に屋根は紙面に対してほぼ直角に立っています。結構無理がある形をしてはいますが、『どう考えてもむりでしょこれ』という構造も自然界は作り上げてしまうのでないとは言い切れません。
天然物はどこまで歪めるか
そんな一軒家分子が最近出てきたので、その話を。
家の形に行く前にまずはおさらい(?)
4角形のシクロブタンがつながったビシクロヘキサン(bicyclo[2.2.0]hexane)構造。そもそもシクロブタン自体かなり歪んでるのにそれを2つも繋げたものはだいぶきびしそう・・・。
Linearly concatenated cyclobutane lipids form a dense bacterial membrane
Damsté, J. S. S. et al.
Nature 2002, 419, 708.
(Synthesis)
Enantioselective Synthesis of Pentacycloanammoxic Acid
Corey, E. J. et al.
J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 3118.
(Synthesis of ladderane family)
Chemical Synthesis and Self-Assembly of a Ladderane Phospholipid
Burns, N. Z. et al.
J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 15845.
Synthesis of ent-[3]-Ladderanol: Development and Application of Intramolecular Chirality Transfer [2+2] Cycloadditions of Allenic Ketones and Alkenes
Brown, M. K. et al.
J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 14392.
と思いきや、自然界は2つどころか5こもつながった階段状の分子を作ってしまいます。それがラダラン酸類(含・旧名pentacycloannamoxic acid)。なお元論文ではさらに6角形のシクロヘキサンがつながったようなものもあります。天然の創造物がつくりだす階段という人工物、という造形面でも大変面白い分子です。
ちなみに天然と人工をばっちり線引いちゃうと後々大変ですよっと。
人工分子は天然に存在しないのか―抗がん剤分解物は妖精さんだった話―
創薬分子が天然から採れた!!と思ったら・・・な話
人間由来の『天然物』の話 -続・トラマドール騒動 その②完結編?―
さて、4角形二つの次は3角形のシクロプロパンふたつをつなげたビシクロブタン(bicyclo[1.1.0]butane)構造。なんとなくエレベーターの上下ボタン感。そもそもシクロプロパン環の外の置換基は外側を向くので、それを強制的に内側に向けてもう一個3角形作ろうとすること自体が無茶振りです。
今のところ天然有機化合物としてこの形が報告されてはいません。
Enzymatic synthesis of a bicyclobutane fatty acid by a hemoprotein–lipoxygenase fusion protein from the cyanobacterium Anabaena PCC 7120
Brash, A. R. et al.
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2007, 104, 18941.
(Synthesis)
Synthesis of a Bicyclobutane Fatty Acid Identified from the Cyanobacterium Anabaena PCC 7120
Sulikowski, G. A. et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2011, 50, 9940.
しかし、酵素に脂質分子を人工的に与えることで、こんな構造を持った分子が得られることがわかっています。全合成的に分子の構造も確かめられ、その結果DMSO中で半減期が数日程度ということも判明。やっぱ不安定なのね。こういうの見てると微量で不安定(あと活性が無かったりで指標がないから)だから見逃してるだけで「自然界に存在しない!」っていう分子ってないんじゃないの?って思う次第。
さて本題。4角形2つも3角形2つも可能なのに、3角形と4角形がつながった分子が自然にないわけがありません、という雑なお気持ちを持たずにはいられません(何
しかしそこはやっぱりひずみエネルギーがでかいので早々出てきはしません。また自然界からとってくるということは往々にして極微量の成分を分析して分子の形を決めないといけないのでなかなかにしんどいものがあります。
Cytotoxic Constituents from the Formosan Soft Coral Clavularia inflata var. luzoniana
Duh, C.-Y. et al.
J. Nat. Prod. 2006, 69, 1411.
そんな中報告されてる数少ない家型分子構造ハウサン骨格(bicyclo[2.1.0]pentane)を持つ分子がこれ。特に分子に命名がされていませんが、軟サンゴからみつかったセスキテルペンで、こっそり結構な置換度を見せたシクロプロパン環も持ってるのも特徴。わりと衝撃的な構造な気がするんですが結構知られてないんですよねこれ。だれか合成しててもいいように思うんだけど、ハウサン構造だけじゃなくて高度置換シクロプロパン環も作るのつらいからかな。
さらについ最近、ハウサン分子にニューフェイスが!
コショウ科植物から単離されたpiperhancin Bがそれで、ハウサン骨格だけでなく6員環のシクロヘキセンまでもがつながってL字型になってるところに、さらにばかでかいベンゼン環(没食子酸由来ユニット?)が覆いかぶさるという、わりとめちゃくちゃな構造。結晶構造解析も出されているのでSupporting Infoでcifファイルを見てみてもいいと思います。提唱されている生合成経路としては、分子内[2+2]環化付加でシクロブタン4角形を作ったついでで3角形もできて、結果ハウサン骨格になっているようです。
Piperhancins A and B, Two Pairs of Antineuroinflammatory Cycloneolignane Enantiomers from Piper hancei
D. Liang, et al.
J. Org. Chem. DOI: 10.1021/acs.joc.1c00240.
年度末引っ越しシーズンですね。人間の家だけでなく分子の家もよろしく!(雑なオチ