それはさておき、新しい論文が出た時、論文本体だけで(´つヮ⊂)ウオォォ!!!と盛り上がることが大半です。そりゃそうです。性善説で成り立ってるし、ニュースのソースとファクトまで全員が追ってないのと同じです。で、論文はそのためのファクトソースとしてSupporting Information (SI)という、論文本体とは別に用意されているデータ等を載せた別ファイルがあり、投稿時に提出が必須となっています。論文本文ばかりに目が行きますが、元々大変なのにこれまでの数々の輩のせいでデータチェックが非常にというか異常なレベルで厳しくなった今や、労力の大半がこのSI作成とデータ収集に費やされることになっています。
その一方、論文本体は購読しないと読めないですが、SIは多くの場合完全にオープンになっていて、誰でも読めるようになっています。そういう意味では、誰でも実験をトレースできるようなスタイルには元々論文誌はなっているのです。実際実験してると、実験方法の参照だったりデータの照合だったりで本文よりも見ることが多いのですが、SIって実はかなり適当で、著者ごとに体裁が大幅に違ってたりします。論文本体は投稿した先の論文誌フォーマットに従って直されるのにね。そのせいか、論文出版後にもかかわらず、SIとして完成稿になってない、特に校正途中と思われるファイルが出されたパターンも見ることがあります。
今回はそんなものを集めてみました。
(実際には探し回って見つけるほど暇じゃないので、これまでに見つけたコレクションから載せてます。
今回用があるのは
まずはこちら。というかいきなりこれ。
Evansアルドールでみんな知ってる有機合成化学の超御大、David Evansの論文(他の著者2人も現役アカデミア)。
そのSIをみると、なんとD.A. Evans御大本人からの校閲コメントがばっちり残っているのです、しかも結構な数。
Scope and Mechanism of Enantioselective Michael Additions of 1,3-Dicarbonyl Compounds to Nitroalkenes Catalyzed by Nickel(II)−Diamine Complexes
D. A. Evans, S. Mito, D. Seidel
J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 11583
何がすごいって重鎮のPIであるEvans本人が、引用番号直したり間違ってる構造式直したりとかまでちゃんとデータとかチェックしてるっていう証拠でもあるんですよねこれ。NMRまで見てるのかどうかしらんけど。いやあEvansみてるんだすごいな、ってなりました。これされると「PI忙しいからデータなんか見てられない」って言い訳使えないですねえ。
大方コメント消し忘れと反映忘れファイルを出したからなんだと思いますが、むしろこれは差し替えずにレガシーとして保存しといてもらいたいところです。
ちなみに著者のひとりShizue Mito(三刀静恵)先生の「化学と工業」のコーナーはなかなかに面白くもあり、女性研究者の置かれている(置かれていた?)状況もよくわかりますので一読をお勧めします。
人生万事塞翁が馬 (PDF)
(Mito groupにuploadされてる日本化学会「化学と工業-この人紹介-」のコーナー切り抜き)
Mito Group (University of Texas Rio Grande Valley)
さて次はこれ。
論文の中身はどうでもいいですが(ぉぃ)、
SIをみると・・・・・・・真っ黄色!!!!!
Highly efficient hydroboration of carbonyl compounds catalyzed by tris(methylcyclopentadienyl)lanthanide complexes
X. Bao, et al.
Org. Biomol. Chem., 2018,16, 2787
後で修正しよ、と思ってハイライトしたのか、チェック項目をハイライトしたのかはわかりませんが、とにかくMS Wordでの色ハイライト(デフォルトが黄色)がほぼ全編にわたって残っているというすごいやつです。
目がぁーーーー目がぁーーーーーー!!!!(CV: ムスカ大佐)
いや部分的に残ってるんならしょうがないけどここまで大量にってのはそうそうないですよ、チェックせえよ出す方も載せる方も。
実はこの手の黄色ハイライトが残ってるSIってのは割とあって、最近のJACSや日本人の論文にもあるのを確認しています。次からはその日本人の論文をみていき(銃声
最後は有名なこいつ。
Synthesis, Structure, and Catalytic Studies of Palladium and Platinum Bis-Sulfoxide Complexes
R. Dorta
Organometallics 2014, 33, 627
エマ、NMRデータをここに (村井君のブログ)
SIの12枚目に
"Emma, please insert NMR data here! where are they? and for this compound, just make up an elemental analysis..."
なる謎の文章が。そしてこの文章の"make up"が「でっちあげる、ねつ造する」という意味を含んでいたことからさあ大変。海外を中心に『PIによるねつ造の指示だ!』と話題になり大炎上と相成りました。Evansみたいな校閲コメントじゃなくて本文に、しかも色ハイライトせずに書いちゃったのも敗因の一つですねこれ。ちゃんと校閲機能を使ってチェックのやり取りしましょう。
ちなみに、MS WORD上で変更履歴のオン/オフの切り替えは[Ctrl]+[Shift]+[E]で、校閲コメントの追加は[ctrl]+[alt]+[M]のショートカットでできるぞい!(突然の豆知識
なお後にこの論文はCorrectionが出されたのですが、データ本論に関係ないとは言え、とんでもない量の細かい修正が挙げられることになりました。これネットの掘り出しで見つかったのが大半ちゃうん?にしてもだいぶひどい修正なので炎上しといてよかったんでは感。
Correction to Synthesis, Structure, and Catalytic Studies of Palladium and Platinum Bis-Sulfoxide Complexes
Organometallics 2014, 33, 829
という感じで、キレイな論文本体では見えてこないSIを見てきました。ってかこれ著者側の確認以前に論文誌editor側もだいぶ見てないな?これ。
いやあ存外にみられてないもんですね、SI。NMRとかMSとかにケチつけられてた今までの査読はなんだったのか。
EvansのJACSなんか校正コメントばっちりあるってことはもうページの形自体が違うやないか、編集側気付けよ!
なんにしてもSIはだれでも見られるオープンなやつなので、実はちゃんとしておかないとダメなんですよね(白目
いや、「実は」ってなんだよちゃんとやれよ。
最近のOLのはなし
Data Integrity
A. B. Smith, III
Org Lett 2013, 15, 2893-2894
"In some of the cases that we have investigated further, the Corresponding Author asserted that a student had edited the spectra without the Corresponding Author's knowledge. This is not an acceptable excuse! The Corresponding Author (who is typically also the research supervisor of the work performed) is ultimately responsible for warranting the integrity of the content of the submitted manuscript."