触媒開発どころか考えてみたら触媒反応開発すらやってこなかった身なので、金属リガンド設計やら有機触媒分子設計やらができる人ってすごいなあって昔からずっと思ってます。なんでこんなんで不斉出ると思ったんやとか、これで触媒再生して活性出せるってすごくね?とか。最近だとBen Listの超かさ高い有機強酸触媒とか「でけーよ」ってなるし。
中には「えっ、そもそもこれ触媒でまわるの?」ってものもあったり。というわけで、そんな感じでどうにも「これほんとに触媒なの?」というような分子による最近の触媒反応をあつめてみました。結果、遷移金属じゃなくて有機(っぽい)分子触媒での反応になるので金属屋さん怒らないでちょ。
というわけで順にみていきます。まず分子だけを出すので、どういった触媒になるのか考えてみてください。
まずはこいつから。
カリオフィレン型天然物にもみられる骨格trans-シクロオクテン。環状分子でtransオレフィンのためかなり無理がかかるので面不斉が生じ、オレフィンπ平面の裏と表は同一ではなく、環の内側・外側といった関係性にあります。最近はテトラジン・トリアジンとのclick連結パートナーとしても使われてたりしますが、えーとこれのどの辺が触媒・・・・?
という反応がこちら。
trans-Cyclooctenes as Halolactonization Catalysts
Keisuke Asano, Seijiro Matsubara, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 13863-13867
エンカルボン酸を基質としたハロラクトン化反応を触媒する化合物として用いられています。同じオレフィンなんだからそんなもん要らないじゃんって?ところがどっこい、これがないと反応進まない条件でも行かせられるのよ。ひずんで反応性の高いtrans-シクロオクテンがブロモニウムで活性化されるものの、上述の通り、オレフィン面が環の内側・外側の関係にあるため、外側が活性化されても内側から求核剤が接近できず、これ以上の反応ができません。そこに鎖状オレフィンの基質がやってきて同じく活性化、こんどは鎖状なので活性化面と逆サイドからカルボン酸が叩いてラクトン化が進行、触媒サイクルが回るという提唱機構となっています。
お次はこちらの反応。
いやーゴツいっす(汗
結合距離が長いために本来不飽和結合が作れない高周期14族元素ゲルマニウムのアセチレン版ジゲルミン(ジゲルマイン?)。ちなみにまがって描いてるのは実際にアセチレンと違って安定構造が真っすぐじゃないから(C≡Cが四重項-四重項相互作用に対して, Si/Ge≡Si/Geは二重項-二重項状態での相互作用のため)。まあたしかにバカでかい保護基(リガンド)で覆ってやらんと維持できない骨格なくらい反応性はあるんだろうけど、これで触媒って・・・
という反応が以下のもの。
Regioselective Cyclotrimerization of Terminal Alkynes Using a Digermyne
Takahiro Sasamori, Norihiro Tokitoh, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 3499-3503
これの元となる論文BCSJで、アセチレンとジゲルミンとの反応が報告されていますが、これを更に発展させることで、アルキンの3量化反応を触媒的に回すことができることがわかりました。反応機構は描くのめんどくさかなり複雑で、基本はアルキンとの[4+2], [1+2]型の反応の繰り返しではありますが、これだけ見るとよく元のジゲルミンに戻るなこれ、っていうお気持ち。
Reaction of a Stable Digermyne with Acetylenes: Synthesis of a 1,2-Digermabenzene and a 1,4-Digermabarrelene
Takahiro Sasamori, Norihiro Tokitoh, et al.
Bull. Chem. Soc. Jpn. 2016, 89, 1375.
お次はこちら。
んーーー、ヒドラゾンって言われてもなあ。それもジアゾ前駆体になるスルホニルヒドラゾン。Bamford-StevensとかShapiro反応みたいにジアゾに変えてから使うんかな?にしても触媒っぽくは使えないような・・・?
さて、その答えはこちら↓
Visible-Light-Driven Nitrogen Radical-Catalyzed [3 + 2] Cyclization of Vinylcyclopropanes and N-Tosyl Vinylaziridines with Alkenes
Jia-Rong Chen, et al.
Org. Lett. 2020, 22, 6, 2470-2475
可視光によるビニルシクロプロパンとビニルエーテル・エナミドとのIr触媒的[3+2]反応。これの1電子移動(SET, Single Electron Transfer)過程で発生させ直接反応に関与する真の触媒種である窒素ラジカル種のソースとして、上記のトシルヒドラゾンが用いられています。窒素ラジカルを出すためにはまずN-HからHを引っこ抜かないといけないので、そのための分子デザインとして酸性度の高いTs-ヒドラゾンとなった模様。アセトンから1発で作れるのでらくちんらくちん。塩基性条件でもぶっ壊れない使い方もあるのね、こういう使い方もできるんだスルホニルヒドラゾン。
お次はこちら。
いやいや、これリンイリドでしょ、Wittig反応に出てくる安定イリドでしょ。
これのどこが触媒じゃい!
というやつを使った触媒反応がこちら。
Carbonyl-Stabilized Phosphorus Ylide as an Organocatalyst for Cyanosilylation Reactions Using TMSCN
Wen-Biao Wu, Xing-Ping Zeng, Jian Zhou
J. Org. Chem. DOI: 10.1021/acs.joc.9b03347
ケトン、アルデヒドに対するシアノヒドリン化の反応が、このリンイリドによって強烈に加速されるという反応。反応機構は以下の通り。あんましリンイリドが触ってない反応機構に見えるけど、ほかのentryだと3分とかいう超高速反応あるし。まあこんな簡単なやつで大幅に時間短縮できるんなら儲けもんですわな。
ただ、個人的に気になるのが触媒の量。0.1mol%とか一般的な有機触媒で考えてあまりに少なすぎません・・・?きっと前反応のコンタミかなんかから反応を見っけたんじゃないかと思ってるんですが、論文のExperimental Section見ても、入れたmol%しか書いてなくて実量書いてないし・・・。まさかとは思いますが、これ「mol%」と「equiv.(当量)」間違えて書いてないですかね?????
さて、最後はこちら!
かさ高いLewis酸・・・えっ、普通では・・・(困惑
電子対が不足して空の軌道を持つLewis酸 (BF3といったホウ素類など)、結合に使われない非共有電子対を持つLewis塩基(NEt3といったアミン類など)は、通常同時に存在する場合その過不足の打ち消しあいのため、ペアになってそれ以上反応できません(F3B・NEt3で錯形成)。ですがその原子の置換基を、上記のB(C6F5)3のように強烈に嵩高くしてやれば物理的に接近できなくなり、くっつきたいのにくっつけないFrastratedなLewisペアとなり、Lewis酸とLewis塩基が共存した反応システムが構築できます。こうした嵩高いLewis酸・塩基を使った化学はDouglas Stephanによって大きく発展、水素分子の活性化やCO2活性化固定化反応など環境面での利用も注目されている化学種で、触媒反応としても数多く知られてきました。
フラストレイティド・ルイスペア Frustrated Lewis Pair (Chem-Station)
The broadening reach of frustrated Lewis pair chemistry
Douglas W. Stephan
Science 2016, 354, aaf7229
というわけで、今更そんなFrastrated Lewis Pair (FLP)を使った触媒反応って言ったってなーにが新しいんですかねぇ、ほんとそんなんそのへんにいくらでも・・・・・
Exploiting Single-Electron Transfer in Lewis Pairs for Catalytic Bond-Forming Reactions
Yoshitaka Aramaki, Takashi Ooi, et al.
Chem. Sci. DOI: 10.1039/D0SC01159B
1電子移動!?思ってたんと違う・・・
というわけでつい最近登場したのがこちら。いままで、あくまでも2電子の授受に使われてきたFLPを1電子移動触媒として用い、ラジカル的なC-C結合形成を達成した反応です。ラジカルの生成はESRで確認。最初の1電子移動は光照射がない場合、一般的な基質では室温で進行しません。また、その電子移動にはFLPと基質のπ-π相互作用による錯形成が鍵。フラストレーション貯まるとこんなこと起こすようになるのねえ・・・(何の話
なお、この報告にわずかに先行して、MelenらがFLP化学量論量反応として同様の1電子移動機構による光非照射ラジカルC-C結合形成反応を報告しています。同時多発研究コンセプトコワイヨー
Radical Reactivity of Frustrated Lewis Pairs with Diaryl Esters
Rebecca L. Melen, et al.
Cell Rep. Phys. Sci. 2020, 1, 100016.
https://doi.org/10.1016/j.xcrp.2020.100016
それはそれとしてCell Rep. Phys. Sci.ってなんだよ、まーた新しいジャーナル増やして
以上、触媒っぽくない有機?化合物を使った触媒反応を載せてみました。ほかにもNicolaouの全合成では、前の反応に残っていたホスフィンオキシドが次の反応の触媒として効いていたなんてこともあったりするので、反応とその混合物を注意深く追っていれば、意外なものが意外な形で触媒として作用する反応設計が見つかるかもしれません。
Total synthesis of artochamins F, H, I, and J through cascade reactions
K.C. Nicolaou, et al.
Tetrahedron 2008, 64, 4736.
原料の不純物で反応が行ったり行かなかったりした話