全世界で不要不急のありとあらゆるイベントがなくなってますけど、これって任期付き職にとって大ダメージじゃないですかね????
いや、論文主体の分野ならまだましだけど、カンファレンス発表実績とか紀要メインだと致命傷では????
はーつらい(ヽ’ω`)
MITが 3/5付でCOVID-19対応ポリシーを発表
— Masaki Oshikawa (押川 正毅) (@MasakiOshikawa) March 6, 2020
原則、(目的国を問わず)全ての海外出張中止!
プライベートでの海外旅行も discourage (自粛要請)
5/15まで、150人以上の集会(授業等、MIT内部の行事を除く)は中止、延期、または「仮想化」
他にもいろいろhttps://t.co/mQJfmV3eHz
ハーバード大学
— Masaki Oshikawa (押川 正毅) (@MasakiOshikawa) March 7, 2020
いまから4/30まで
海外出張全面禁止
プライベートな海外旅行も "strongly discouraged"
アメリカ国内出張も必須なもの以外は禁止
プライベートな国内旅行も厳重な注意喚起
必須でない100人以上の会合は強く中止を勧告https://t.co/Afa72p3d5M
米大学の中でもかなり強い措置 pic.twitter.com/y1rvOEc3X1
「仮想化」って選択肢あるのすげー時代だなって。
ということで、不要不急のブログを更新しておりますこんにちは(時節柄の挨拶)。
まあ3か月更新なかったしいいじゃんいいじゃん(偉そうに言わない
さて本題。
化学実験も大昔とは比べ物にならないほど安全に気を使うようになっています。大昔なんて(ピペッターなんてないから)ホールピペットで口使ってベンゼンとか吸ってたとか、タバコ吸いながらエーテルで分液振ってるとか、現代視点で見たらクレイジーとしか言いようがないことがあったわけですが、今や作業環境の大気測定とかでひっかかったら実験そのもの止められちゃうし、ドラフトチャンバーの実装もどんどん進んで(進めさせられて)います。
実験環境を整備するのはまあ考えてみたらむしろやってなかった方がまずいわけですが、実験そのもの、使う試薬類についてもそういう話はますます注目を集めるようになってきました。ごく最近では、頻繁に使われてきたペプチド縮合剤でアナフィラキシーショック起こしたという話や、ジクロロメタンをぶっ刺して入れちゃったらどうなるのっと→結果、見たいな超衝撃論文も話題になりました。
Anaphylaxis Induced by Peptide Coupling Agents: Lessons Learned from Repeated Exposure to HATU, HBTU, and HCTU
K. J. McKnelly, W. Sokol, J. S. Nowick
J. Org. Chem. 2020, 85, 1764.
Safety First: A Recent Case of a Dichloromethane Injection Injury
S. Vidal
ACS Cent. Sci. 2020, 6, 83
こんな風に直接暴露での人体に対する影響も広く認知されるようになりましたが、生物活性的なこういうことのほか、爆発等の物理的な危険性を示す物質に対しても、その代替法を模索する動きは昔からあります。ジアゾメタンとか使えるんかな今、いろんな事考えるとやりたくないし、多少収率低くてもTMS-ジアゾメタンにしたいところ。この辺は前にも書きましたが、こう言った安全性の向上は近年でも大きな研究テーマとなっています。
TMSジアゾメタンの話
こうした、代替法について、特に爆発だなんだと嫌がられるジアゾ(N2)、アジド(N3)について最近の例を挙げてみることにします。
というわけでまずはNが2つのジアゾから。
ジアゾ(N2)はロジウムや銅を使ったカルベノイドの反応としてC-Hなどの挿入反応に利用されてきました。が、ジアゾメタンなどが極端な究極例ですが、カルボニル隣接位以外では基本的に超不安定ですし、ジアゾメタンなんか超の付く爆発性。カルボニル隣接位であってもそうそう安定でもないのでジアゾの導入後即利用するパターンが多いような気がします。そんななか、特にカルベン合成等価体としてのジアゾの代替として最近よく用いられているのがスルホキソニウムイリドです。スルホニウムじゃないよ、スルホ「キソ」ニウムだよ。
スルホキソニウムイリドのカルベン前駆体、合成等価体としての性質は歴史が古く、Corey, Chaykovsky, Trostの仕事にまでさかのぼります。金属カルベン種またはそれの等価体生成後はDMSOが出てくるだけなので、ジアゾからのカルベンのように気体の急激な発生や内圧上昇の心配をする必要がありません。なお、スルホキソニウムイリドだけでなくWittigでおなじみのリンイリドもカルベン前駆体として利用することは可能ですが、お察しの通り、後処理を困難にする悪名高いホスフィンオキシドが出てくるので却下。
Formation and Photochemical Rearrangement of β’-Ketosulfoxonium Ylides
E. J. Corey, M. Chaykovsky
J. Am. Chem. Soc. 1964, 86, 1640.
Decomposition of Sulfur Ylides. Evidence for Carbene Intermediates
B. M. Trost (単著!)
J. Am. Chem. Soc. 1966, 88, 1587.
ケトスルホキソニウムイリド:安全で用途の広いカルベン等価体 (Merck, Sigma-Aldrich)
なお、反応に使うジメチルスルホキソニウムは、対応する酸ハライドと、市販の(DMSOからも作れるけど)トリメチルスルホキソニウムハライドとを、塩基で反応させることで簡単に調製可能です。
そしてこのカルベンとしての反応性はすでにヘテロ原子のX-H結合への挿入反応として利用され、Merckでの創薬分子製造ルートとしても報告がされています。
CRTH2 Antagonist MK-7246: A Synthetic Evolution from Discovery through Development
C. Molinaro, P. G. Bulger, et al.
J. Org. Chem. 2012, 77, 2299.
Iridium-Catalyzed X−H Insertions of Sulfoxonium Ylides
I. K. Mangion, et al.
Org. Lett. 2009, 11, 16, 3566.
そんなスルホキソニウムイリドですが、これまでヘテロ原子のX-Hへの挿入反応に限られていたものが、ここ数年でC-Hの官能基化にも使えるようになり、急速に利用例が増えた気がします。特にCsp2-Hの官能基化への利用は2017年に一気に現れた感があります。
X. Li, et al.
Rhodium(III)-Catalyzed Synthesis of Naphthols via C−H Activation of Sulfoxonium Ylides
Org. Lett. 2017, 19, 4307.
Sulfoxonium Ylides as a Carbene Precursor in Rh(III)-Catalyzed C-H Acylmethylation of Arenes
Org. Lett. 2017, 19, 5256.
Cross-Coupling of a-Carbonyl Sulfoxonium Ylides with C-H Bonds
C. Aïssa, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 13117.
Recent Applications of α-Carbonyl Sulfoxonium Ylides in Rhodium- and Iridium-Catalyzed C–H Functionalizations
J. Cheng, et al.
Synlett 2019, 30, 21. (account)
さらに合成化学のみならず、最近ではタンパク質を釣り上げるためのWarheadとしてスルホキソニウムイリドを利用した例も登場しました。安定性に加えて、くっつけたあとに出てくるのがDMSOというところも、窒素ガスが出るジアゾと違って大きな利点といえます。N2はガスで抜けるのが利点だけど、こと組織内のような密閉系でとなると逆にダメージ増えてデメリットだし。
ただし、反応機構としてはカルベン的ではなく、この場合ではシステインのチオール部がカルボニルに刺さったあとに起こる[1,2]移動時の脱離基として使われているので、ジアゾというよりはハロゲン化アルキルHaloTag系の代替と言った方が正しいかも(論文もそう書いてる)。まあジアゾだって全部が全部カルベン的に使ってるわけじゃないからね。
Application of a Sulfoxonium Ylide Electrophile to Generate Cathepsin X‑Selective Activity-Based Probes
L. E. Edgington-Mitchell, et al.
ACS Chem. Biol. DOI: 10.1021/acschembio.9b00961
さて、カルベンソースとしてジアゾ以外を使えるようになった、ということは、「ジアゾを使わなくてよくなった」こと以外にもメリットがあります。例えば、カルベン同士をクロスカップリングさせようと思ったとき、ジアゾ同士、スルホキソニウムイリド同士だった場合、どうしてもクロスではないホモカップリング体が混ざってしまいます。Maulideらはカルベンシントンとしてジアゾとスルホキソニウムイリドの2種を用い、「金属カルベンを形成しやすい」ジアゾと「求核性の高い」スルホキソニウムイリドという異なる性質を巧みに利用することで、クロスオレフィン化カップリング不飽和カルボニル化合物を、良好な収率かつZ選択的に得ることに成功しています。
A Catalytic Cross-Olefination of Diazo Compounds with Sulfoxonium Ylides
N. Maulide, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 16215.
現状の課題として、末端スルホキソニウムイリドはいいものの、置換されたものの反応性がよろしくないという点があり、その点はジアゾに軍配が上がります。
それはさておき、ジアゾ(N2)は始末できたので(できてるとは言っていない)、次はNを1つ増やしたアジド(N3)の番です。って言ってもアジドの代替ってなんすかね。クリックケミストリーでおなじみのトリアゾール合成では、アジド(N3)の代わりにヒドラゾンやジアゾを使ってトリアゾールを作るって方法も割と増えてきましたが、危なくない、という意味ではもうちょっとインパクトが欲しいところ。
Recent Developments in Azide-Free Synthesis of 1,2,3-Triazoles
Z. Chen, G. Cao, J. Song, H. Ren
Chin. J. Chem. 2017, 35, 1797.
そんななか最近登場したのが、汎用溶媒であるニトロメタンをアジドの代わりに用いた合成反応です。
Nitromethane as a nitrogen donor in Schmidt-type formation of amides and nitriles
N. Jiao, et al.
Science 2020, 367, 281.
Schmidt反応は、アルデヒドやケトンに対してアジドを強酸条件下作用させることで、炭素炭素結合の切断等を経てアミドやニトリルに変換するもの。もともとのSchmidt反応は揮発性・毒性・爆発性がヤバいアジ化水素酸(HN3, hydrazoic acid)を用いていましたが、その後Boyerが有機アジドを用いた反応を報告、1990年代にはAubé、Pearsonらが分子内反応にて天然物や様々な構造変換に用いたことでちょっとブームになりました。そんなわけで、Schmidt反応というと現在は「有機アジド」を用いた反応が一般的ですが(元々のと分けるために”Boyer-Schmidt”, “Boyer-Schmidt-Aubé”反応と言ったりもする)、今回のは「HN3」を使うオリジナルのSchmidt反応の話。
ただでさえ嫌がられるアジドの使用なのに、純粋なN3たるHN3を好き好んで使いたがる人はいません。そこでJiaoらは、汎用溶媒や試薬としても一般的なニトロメタンを窒素原子ソースとし、HN3の使用を回避したSchmidt型の変換法を報告しました。ニトロメタンもやばいじゃん、って?溶媒として普通に使えるしHN3よりはるかにましだからセーフセーフ。
なおJiao自身もアジド使いなのですが、そのアジド使いがこういうのを出してきたってところが個人的には衝撃だったり。
アニリン版クメン法 (Chem-Station)
ニトロメタンはその成りからしてやばい見た目ですが、普通に有機反応の溶媒として、アセトニトリル的に使われてますし、試薬としてもニトロアルドール反応(Henry反応)に利用されます。個人的にはニトロメタンというと、故・西沢麦夫先生がHg(OTf)2の調製の際、今まで
そのニトロメタンを無水トリフレートで活性化、系内の水(酢酸に含まれる?)での分解を経てニトロキシル(次亜硝酸, H-NO)を系内で発生、さらに酢酸存在下ギ酸で還元してアセトキシルアミンへ変換し、これがカルボニル化合物と縮合してオキシムとなったのち、系内酸性でのBeckmann型の転位を経て対応するアミドやニトリルとなる反応機構が提唱されています。あいだあいだになんかやばいやつ挟んではいるものの、系内での逐次発生で済むのでセーフ(?)。それにしてもなんか活性種できるまでの道のり長いなあ、危ない(反応性が高い)ものを回避して活性なもの作ろうとしてるわけだからこういう工程とのトレードオフなんだろうけど。
安価な媒体を使って、かつ揮発性毒性爆発性のあるHN3を回避する手段を見出したのは見事ですね(大人の対応)。
なお、真の活性種であるところのヒドロキシルアミンも劇物だし(Ac化体はそもそもたぶん不安定)、塩じゃないフリー体は気体だし不安定だし高濃度での爆轟性も知られているので、Beckmann転位的にもそこの使用を回避してるのがミソ。
以上、いままでジアゾやアジドでまわしてきた化学変換を、これらを回避して達成した例を紹介しました。やっぱし事故はこわいもんね。年々ますます安全性確保のウェイトが重くなっていく以上、こうした代替法を考えていかないといけないんですかね。
というわけでみなさんもジアゾやアジドは危ないので使うのをやめましょう!
さあ、別の安全な方法にみんなシフトするのです!
|ฅ•ω•)
ククク・・・これでジアゾ・アジドから人がいなくなったぞ・・・
これでワシがこの研究を進めれば競争相手もいない独壇場じゃああああああああああ!!!!!!!
ワシの天下じゃああああああああ!!!!!!!!
完
(※ほんとに誰もフィールドにいないやつだといい論文誌にも通らないし引用も伸びない地獄を見るので、そこそこ流行りに阿ったイントロにしとくのが生き延びるために必要だぞ!)
ところで,Hg(OTf)2の調製ってニトロメタン とアセトニトリルが逆ではありませんでしたか?私が聞いた話だと,ニトロメタンでは全然とけないのでアセトニトリルに変更したらHg(OTf)2がスッと溶けたという話だった気がします。
あれ!?間違って覚えてた!?
と、確認したところ・・・・
(Tetrahedron Lett. 1983, 24, 2581 → Org. Lett. 2003, 5, 4563)
ご指摘の通り、「ニトロメタン→アセトニトリル」でした・・・
ありがとうございます。先ほど訂正しました。