今年もこの時期がやってまいりました。てか恒例みたいになっちゃってるけどいいのこれ?
まあ好評らしいのでよしとしましょう。
↓いままでのやつ
・2017年有機合成化学論文オブザイヤーを勝手に選んでみた
・「2018年論文オブザイヤーを選んでみた」あらため「2018年論文を振り返ってみた」
で、早速ですが今年、
もう論文を絞るのを放棄しましたc(⌒っ.ω.)っ
いやね、絞りに絞っても各分野どう考えても10報あるし、多いやつ20報とか残っちゃったからもうオブザイヤーもへったくれもないですわ(例年そうなってるのは内緒)。まあいいや、最近論文も論文誌も増えに増えちゃったから、もう年のあたまに出た論文なんて覚えてないんすよね。そういう意味で論文一年分を丸ごと振り返るのもきょうびアリなのではというお気持ち。あと、やっぱり大口の仕事は覚えてるけどチョイテクとか地味だけど使えそうっていうやつはどうしても埋もれちゃうので、そういうのを中心に意識的に載せるようにしてます(読める論文誌の問題から制限あるけど)。
その結果、ついに今年は1回で納めることすら不可能になったので分割することにしました(;´Д`)
そんなわけで2019年論文オブザイヤーその①は「構造有機・保護脱保護・天然物」編です!
分割してもやっぱりなげーぞ、覚悟しろ!
2019年論文オブザイヤー改め2019年論文を振り返る話
②試薬・装置・反応編
③インフォマティクス・安全性・総説論説・その他おまけ編
[構造有機化学編]
Topological molecular nanocarbons: All-benzene catenane and trefoil knot
Y. Segawa, K. Itami, et al.
Science 2019, 365, 272.
ケイ素を縫い目として、スピロビ[ジベンゾシロール]からの脱シリル化を使い、痕跡となる官能基および配向性ヘテロ原子も残らない、ベンゼン環だけでできたカテナンとトレフォイルノットの合成と構造解析。ちなみに「できてるかもしれない」的なの(MSだけ)はMullenが数年前に報告。トレフォイルノットのベンゼン環が全部等価でベルトコンベアよろしく動き回れるというのがものすごく意外。こんなんやっぱし合成しないとわかりませんわね。
はい、以下感想↓
Synthesis of a Strained Spherical Carbon Nanocage by Regioselective Alkyne Cyclotrimerization
Y. Shibata, K. Tanaka, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 9349.
同じく環状フェニレン類の現時点での最小カーボンナノケージ。得意のアルキン環化3量化反応を使って合成。
同じ田中研だとメビウス型シクロパラフェニレンの方もこの年に出てるんですが、
メビウス型シクロパラフェニレンの方の論文↓
Synthesis of Belt- and Möbius-Shaped Cycloparaphenylenes by Rhodium-Catalyzed Alkyne Cyclotrimerization
K. Tanaka, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 14955.
A Long π‑Conjugated Poly(para-Phenylene)-Based Polymeric Segment of Single-Walled Carbon Nanotubes
P. Du, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 18938.
まだまだ続くよCPP。今度はシクロパラフェニレン同士をフェニレンで連結し、単層カーボンナノチューブっぽくした分子。吸収発行はCPP自体と変わってないけどとりあえずかっこいいからよし(何
An sp-hybridized molecular carbon allotrope, cyclo[18]carbon
P. Gawel, L. Gross, H. L. Anderson, et al.
Science 2019, 365, 1299.
sp2で環状はもう古い!これからはsp炭素の時代!知らんけど。
sp炭素は180°って習うと「環巻くの無理じゃん」って思うかもですが、曲げることは可能。もちろんしんどい。で、長年にわたって国内外でその合成が続けられてきた「環状アルキン」の初となる(その存在をしっかり確認できるレベルでの)合成と構造の解析。まだまだ単離とはいかないですが、ついに来たかという感じ。
Conformationally supple glucose monomers enable synthesis of the smallest cyclodextrins
S. Wakamori, Y. Tomabechi, K. Ikeuchi, H. Yamada, et al.
Science 2019, 364, 674.
翻ってsp3炭素のケミストリー。環状グルコースであるシクロデキストリン(α-, β-, γ-CDが市販, α-CDは6個のグルコースで構成)。その最少記録の更新。残念ながら今年亡くなられた山田英俊先生(関西学院大)の「グルコースのピラノース環は柔らかいかも」という最近の講演タイトルが印象的でしたが、まさにそれを示す仕事。もはや椅子型は無理というかこんな変な形とれるのね。
Dodecaphenyltetracene
R. A. Pascal, Jr. et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 2831.
ベンゼン環だって柔らかいかも(何。Pascal Jrらの長年の取り組みがついに実を結び、テトラセン環上の全てのHをPhに置換した分子の合成。めっちゃねじれるテトラセン。ペンタセン版は「付加環化の収率がめっちゃくちゃ低いし("the diepoxide 10 is obtained in an abysmal 0.6%yield." Abysmalなんて単語初めて見たわ)、最後の芳香族化がうまくいかなかった」とのことなのでこの取り組みはまだ続きそうです。
Linear [3]Spirobifluorenylene: An S‑Shaped Molecular Geometry of p‑Oligophenyls
T. Moriuchi, M. Tobisu, T. Amaya, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 18238.
一方向に湾曲させるだけでなく、パラフェニレンを炭素スピロ中心で架橋させることでS型に湾曲させた形状に固定させた分子。キラル分子も合成、円偏光発光もあるよ。
Nanoribbons with Nonalternant Topology from Fusion of Polyazulene: Carbon Allotropes beyond Graphene
D. Ebeling, G. Hilt, W. Hieringer, J. M. Gottfried, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 17713.
ベンゼンだけじゃなくて拡張芳香族分子の代表であるアズレンまでグラフェンっぽくなっちゃいました。リニアのポリアズレンが異なる2つのタイプで合体した2種類のポリアズレンナノリボンの合成とSTM, AFM像、バンドギャップ解析。
Azulene-Derived Fluorescent Probe for Bioimaging: Detection of Reactive Oxygen and Nitrogen Species by Two-Photon Microscopy
H. M. Kim, T. D. James, S. E. Lewis, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 19389.
こっちはポリメってない方のアズレン。アミノアズレンにボロン酸エステルをくっつけておくと、過酸など酸化剤に反応して酸化→アミノアズレンに水酸基が生える→これが蛍光発光性を示し、二光子励起顕微鏡でのバイオイメージングが可能に。
SCOTfluors: Small, Conjugatable, Orthogonal, and Tunable Fluorophores for In Vivo Imaging of Cell Metabolism
M. H. Horrocks, C. S. Herrington, J. L. Abad, A. Delgado, Y. Hori, K. Kikuchi, M. Vendrell, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 6911.
イメージングついでにもう一つ。ニトロベンゾジアゾール型骨格の発色団の原子を変え、炭素や高周期カルコゲンを導入することで、その発光波長帯を自在に変えられる簡便合成可能で小さい発光ユニットSCOTfluor (Small, Conjugatable, Orthogonal, and Tunable)。カルコゲンいいよカルコゲン。しかしSCOTって人の名前じゃないんかい、なんかずいぶん大きく出た名前感ある。
A Tetrasilicon Analogue of Bicyclo[1.1.0]but-1(3)-ene Containing a Si=Si Double Bond with an Inverted Geometry
T. Iwamoto, K. Sugimoto, D. Hashizume, R. Kishi, M. Nakano, S. Ishida, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 4371.
An Isolable Silicon Analogue of a Ketone that Contains an Unperturbed Si=O Double Bond
R. Kobayashi, S. Ishida, T. Iwamoto
Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 9425.
安定なケトンのケイ素類縁体“シラノン”の合成 ケイ素—酸素2重結合の構造と性質 (Chem-Station)
A Stable Aromatic Tetrasilacyclobutadiene Dication
P. W. Roesky, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 14987.
芳香族性を持つケイ素シクロブタジエンジカチオン (有機化学論文研究所)
だいぶ多くなってきたのでまとめてケイ素3種。うち2つが岩本・石田研になったのは内緒。
安定に単離可能なシラノン(Si=O)もですが、個人的にはビシクロブタンの縮環部位に2重結合が入った構造もなかなかにイカれてて好き。「sp2中心は結合角が120°」という教科書的な話を正面からぶっ飛ばすまさかの鋭角。
そして芳香族性を示す安定なテトラシクロブタジエンのジカチオン。
安定とはいうけどよくこんなん作るわ(誉めてる
関係ないけど、ケイ素・ゲルマニウムとか高周期元素の学会行くと、当たり前のようにSi=SiとかGe≡Geとか6配位化合物とかが出てきまくるから、「あれ・・・?Siとかの不飽和結合って簡単につくれんじゃね・・・?」って錯覚しちゃうけど騙されてはいけない。
Reversible, Room-Temperature C-C Bond Activation of Benzene by an Isolable Metal Complex
J. M. Goicoechea, S. Aldridge, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 11000.
室温で⌬ベンゼン環をぶっ壊す物騒なアルミ錯体。しかもぶっ壊した後のトリエンを官能基化して外すことも可能という優れもの。変に勘違いしちゃうんでフランクにベンゼン環ぶっ壊さないでください。
Tetravinylallene
M. S. Sherburn, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 14573.
デンドラレン類を追求するSherburnの新作アレン版。相変わらず変な反応性。この後、デンドラレンのアルキン型ファミリーの合成も報告しているので併せてどうぞ。
Unlocking Acyclic π‑Bond Rich Structure Space with Tetraethynylethylene−Tetravinylethylene Hybrids
M. S. Sherburn, et al.
J. Am. Chem. Soc. DOI: 10.1021/jacs.9b08885.
Photoresponsive spiro-polymers generated in situ by C–H-activated polyspiroannulation
J. W. Y. Lam, B. Z. Tang, et al.
Nat. Commun. 2019, 10, 5483.
これ構造有機のとこでいいの?いやいや、いれるとこがどこにしたらいいのか微妙だったし発光材料だからセーフ。AIEでおなじみBen Zhong Tangの発光性ポリマー。合成法がβ-ナフトールとアルキンを利用したC-H官能基化というのも面白い。出来上がったスピロ環モノマーユニットがドナー・アクセプター部位に分かれている点もよくデザインされてるな、と。
Origin of Shielding and Deshielding Effects in NMR Spectra of Organic Conjugated Polyynes
A. Ehnbom, M. B. Hall, J. A. Gladysz
Org. Lett. 2019, 21, 753.
構造有機そのものとは違うけど関連研究として。共役ポリイン類での環電流による遮蔽・脱遮蔽の具合をNMRとNICSで見てみた話。どれだけ共役が長くなっても遮蔽の程度は大差なく、遮蔽・脱遮蔽の境目はアルキンから2.5-3Åの場所にあるとのこと。
[保護・脱保護編]
分子合成そのものじゃないけど特に全合成とかに関連する話なのでこっちにまとめました。
The 2,2-Dimethyl-2-(ortho-nitrophenyl)acetyl (DMNPA) Group: A Novel Protecting Group in Carbohydrate Chemistry
R. R. Schmidt, J.-S. Sun, et al.
Org. Lett. 2019, 21, 8049.
新しい保護基として。元々ジメチルのないニトロフェニルアセチル基はあったものの、ベンジル位且つカルボニルα位という極めて酸性度の高いα位水素原子が悪さをすることが問題に。というわけでジメチル化しちゃえ、という話。導入の条件が割と強烈な気がするけど気にしない気にしない(ぇ。落とすときはニトロ基を還元すれば勝手に落ちる仕組み。論文では糖類での応用が中心。
Oxidative Deprotection of p-Methoxybenzyl Ethers via Metal-Free Photoredox Catalysis
S. K. Woo, et al.
J. Org. Chem. 2019, 84, 3612.
DDQやCANでの脱保護がデフォなPMBエーテルの脱保護。DDQの脱保護汚いんだよねえ、反応系が。処理後もカラムしても一回じゃ色取れないことあるし、分液でも水槽の種類ごとで違う色が落ちるという。そんなPMBをphotoredoxで、とはいってもIrなんか高くて使えないし(Irでの脱保護は既に例あり)。というわけでアクリジニウムを使った金属フリーな条件。
Revisiting the Cleavage of Evans Oxazolidinones with LiOH/H2O2
G. L. Beutner, et al.
Org. Process Res. Dev. 2019, 23, 1378.
Evans不斉補助基の脱保護条件を再検討。知らなかったけど、これ過酸のオキサイドじゃないとオキサゾリジノン自体がぶっ壊れてうまく外れないのね。そんな脱保護の反応機構と、脱保護時に発生する酸素のリスク管理について。すごい普通に使ってるけどこういう発見あるのねまだ。以下本文より抜粋↓
“In a more general sense, the lesson we took away from this work is that there is always value in asking fundamental questions about chemical processes, no matter how established they are. The consideration and contribution of data typically obtained in a process safety evaluation can provide additional insights for unexpected issues and have an impact that goes far beyond the specific process under investigation.”
A Simple Method for the Preparation of Stainless and Highly Pure Trichloroacetimidates
K. Ikeuchi, K. Murasawa, H. Yamada
Synlett 2019, 30, 1308.
今年亡くなられた山田英俊先生からもう一つ。酸性条件でのBn基PMB基導入のための試薬調製であったり、Schmidt法による糖類縮合の活性基でもあるトリクロロアセトイミデート基の綺麗な合成法。特に糖類縮合の場合には純度よく縮合前駆体の活性種を作ることが重要になるので、地味だけどすごい重要な方法。
[天然物化学・物採り編]
合成だけじゃないぞよ。物取り構造決定もやるよ。
Structure of two purple pigments, catechinopyranocyanidins A and B from the seed-coat of the small red bean, Vigna angularis
K. Yoshida, et al.
Sci. Rep. 2019, 9, 1484.
小豆の赤色はアントシアニンではない!?
吉田久美
月刊「化学」2019年7月号, P24.
小豆の赤色色素の単離構造決定。てかこれが2019年に至るまでわかってなかったというのが割と衝撃。で、結果としてアントシアニンかと思ってたらそうじゃなかったという話。いらすとやがモーニングセットなのは小豆で名古屋っていうたまたまですよたまたま(などと供述しており
E- and Z-Proxamidines, Unprecedented 1,3-Diazacyclooct-1-ene Alkaloids from Fruiting Bodies of Laccaria proxima
H. Schrey, P. Spiteller
Chem. Eur. J. 2019, 25, 8035.
Injury‐Triggered Blueing Reactions of Psilocybe “Magic” Mushrooms
D. Hoffmeister, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. DOI: 10.1002/anie.201910175.
キノコってホントに変なモンばっかし作りおるなシリーズ。ジアザベンゾシクロオクテン骨格を持つ化合物2種。これの想定生合成前駆体がトリプトファンだってんだからねえ。インドールってそんな簡単に壊れんの?
もう一つはマジックマッシュルーム本体を傷つけた時に出てくる青色の色素を探る話。その正体は幻覚作用の本体であるシロシビンの重合体。
薬物ダメゼッタイ(‘ω’乂)
Euphorkanlide A, a Highly Modified Ingenane Diterpenoid with a C24 Appendage from Euphorbia kansuensis
S. Yin, et al.
Org. Lett. 2019, 21, 4128.
インゲノール類縁天然物は山のようにあるんですが2019に出てきたどうかしてるヤツ筆頭がこれ。ポリエン側鎖からのDiels-Alder反応でできるらしいけど構造決定する方もする方である。共役ポリエン部えげつない。
[天然物化学・全合成編]
A robotic platform for flow synthesis of organic compounds informed by AI planning
T. F. Jamison, K. F. Jensen, et al.
Science 2019, 365, eaax1566
ロボット合成 + フロー合成 + AIプランニングでライブラリをドバドバ合成。
上記は共同研究ですが、JamisonはJamisonでLinezolidの途中単離精製なし連続フロー合成も報告しており、こちらも注目。
Seven-Step Continuous Flow Synthesis of Linezolid Without Intermediate Purification
M. G. Russell, T. F. Jamison
Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 7678.
Development of a Terpene Feedstock-Based Oxidative Synthetic Approach to the Illicium Sesquiterpenes
T. J. Maimone, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 3083.
作るもん多すぎィ!形式全合成が多いとはいえ、C-H酸化、C-C切断などを駆使し、同じ出発物質からここまでをまとめてやってしまうあたりがさすが。個人的にはcedrolが構造のわりに意外と安くてびっくり。いやまあ高いけど。たまにそういうのあるよね、すっごく複雑なのにめちゃくちゃ安いやつって。
A Concise Total Synthesis of (±)-Vibralactone
H. M. Nelson, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 57, 1724.
都合市販から5工程で作っちゃうやつ。収率低い?さっさとできちゃえば問題ナッシング。というわけで、あまりにも短すぎてここに全工程を書くことができてしまったくらいなので、間で一体どうなってるのか考えてみてから論文を読んでみましょう。
Scalable Total Synthesis of (-)-Vinigrol
T. Luo, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 3440.
これそんなスケールで作れちゃうの・・・?(困惑)チャイナパワーおそるべし(知ってた)
間で割とそんな綱渡りするのっていう工程もあるのが見どころ(やってる方はたまったもんじゃないけど
13-Step Total Synthesis of Atropurpuran
J. Xu, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 3435.
これそんな早く作れちゃうの・・・?(困惑)チャイナパワーおそるべし(本日2度目)
(論文発表という意味では)2番目の全合成にしてここまでのbrush up。
Synthesis of (±)-Idarubicinone via Global Functionalization of Tetracene
D. G. Dennis, M. Okumura, D. Sarlah
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 10193.
テトラセンも天然物合成の原料ですよ論文。Sarlahお得意の脱芳香族化官能基化を駆使して全合成。
という風に書いてはあるんだけど、実際SI読んでみると本当に原料として使ってるのは、テトラセンの酸化で得られて市販されてるキノンだったりするの、表現としてどうなん。
Concise asymmetric synthesis of (−)-bilobalide
M. Ohtawa, R. A. Shenvi, et al.
Nature 2019, 575, 643.
超官能基高度密集天然物(しかもtBu基ある)、bilobalideの短工程全合成。大変に無駄のない合成。ラストの水酸基導入のエグさがよく伝わる論文でもあります。
Stereochemical Revision, Total Synthesis, and Solution State Conformation of the Complex Chlorosulfolipid Mytilipin B
P. Sondermann, E. M. Carreira
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 10510.
嫌がらせのようにハロゲンの入った天然物ミチリピンの全合成と大幅な立体化学の改訂。都合半分くらい訂正に。何が恐ろしいってこれ実質1人で全部やってるってことなんすよね・・・。
Concise total syntheses of (–)-jorunnamycin A and (–)-jorumycin enabled by asymmetric catalysis
D. J. Slamon, B. M. Stoltz, et al.
Science 2019, 363, 270.
A Scalable Total Synthesis of the Antitumor Agents Et-743 and Lurbinectedin
D. Ma, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 3972.
イソキノリン天然物2種。最初のjorunnamycin類、そこで一気に不斉作んのかよって段階で一気に多環式ユニットを構築。有名な抗がん活性天然物Et-743(エクテナサイジン743)の合成の方もグラムスケール合成を達成。光照射によるカテコールユニット構築がカギ。この反応、別の人からだいぶ昔に聞いてたんだけどいろいろ反対にあってボツにされたらしく、なんだかなあと思いながら論文読んでた思い出(白目
Total Synthesis of Herquline B and C
J. B. Cox, A. Kimishima, J. L. Wood
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 25.
Concise Total Synthesis of Herqulines B and C
P. S. Baran, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 29.
Total Syntheses of Herqulines B and C
C. S. Schindler, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 3409.
2019年開幕、正確には2018年末に勃発したHerquline全合成祭り。大村天然物の一つでありながらいまだ全合成がなかったものが一気に3グループから出てくるという。コワイヨーコワイヨー。
特に重要なのはWoodの論文。大村単離の後2015年あたりに生合成遺伝子解析をTangが報告、Herquline Bの未決定だった絶対立体化学を報告したうえ、そこからHerqulin Aへの変換を報告というバックグラウンドがあったので、それに従って全合成してみたら"TangらのいうHerqulin B"はHerqulin Bではなく、しかもHerqulin Aへの変換ができるという条件に付してできたのはHerqulin AではなくHerqulin Bという大変ややこしい話に。
要するに
TangがHerquline Bだと言っていたもの → 新しい天然物だった(Herquline Cと命名)
TangがHerquline B→Aが出来たと言っていたもの → Herquline C→ Bが正解。AとBのHPLC保持時間が全く同じ(分子量も同じ)なため勘違い?
ということが明らかになりました。ここまで書いてても大変頭がこんがらがる話。ある種天然物合成の重要性を見せつけた論文。
ところで、この論文WoodとBaranほぼ同時なんですよねー。すごい偶然だなー・・・・
うーーーーんこの
ちなみにBaranはJACSのassociate editorだけど偶然だぞ!
まあWoodの方がだいぶ中身濃いから3か月かかったのも仕方ないね( ˘ω˘ )
Total Synthesis of (-)-Alstofolinine A through a Furan Oxidation/Rearrangement and Indole Nucleophilic Cyclization Cascade
X. Qi, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 4988.
その逆に、天然物合成の意義とはいったい何だったのかオブザイヤー論文。
インドールアルカロイドのalstofolinine Aの全合成論文で、カギとなる反応は彼らが開発したaza-Achmatowicz転位反応なのです・・が・・・
おわかりいただけただろうか、奇妙なことが起こっていることに(怪談番組風)
ということにいち早く気付いて指摘した論文がこちら。↓
Structure Validation of Complex Natural Products: Time to Change the Paradigm. What did Synthesis of Alstofolinine A Prove?
A. G. Kutateladze, T. Holt,
J. Org. Chem. 2019, 84, 8297.
そう、見ての通り、上記Qiらのアンゲ論文では転位後のビシクロ環骨格形成の際、なぜか無関係のはずのアミノ基絶対立体化学が逆転していたのです!その上Holtらはγ-ラクトン部位の立体化学にも疑問を持ち、その結果、計算化学的なNMR結果とは大きくずれることが判明。そこでγ-ラクトン部位の立体化学のexo/endoが逆であるとも指摘し、正しい天然物骨格を再提唱しました。
それを受けてのQiらの回答がこちら↓
Corrigendum
X. Qi, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 10381.
【要約】
メンゴメンゴ, 間違って書いちゃったテヘペロ☆(ゝω・)v
合成品は天然物ともあってるし書き方間違っただけだからセーフセーフ
と、指摘内容丸ごと同じな訂正が返ってきました。間違っちゃったテヘペロっていうけど、結果還元の面選択性完全に逆転してるし(理由の説明は一切なし)、不斉中心に関するすべてが間違ってたってことじゃんよこれ。
ところで、そもそもこんな構造のミス、天然物と合ってたってんなら単離文献と見比べれば済むだけの話で、なんでこんなことになったのか大変疑問です。が、これも結局元の文献自体に大きな問題があることもHoltらのJOCでは併せて指摘しています。
↑の図が単離文献で記載されてるとおりのalstofolinine Aの構造式なのですが、2環性骨格で、炭素結合ではなく外側のC-Hにのみ立体化学の楔が記載されています。知らなかったんですが実はこれ、つまり十字方向に結合を伸ばした書き方で1つだけ立体化学を記載するやり方は、IUPACでは許されない立体化学の表記法なのです。よく考えると確かにそうで、Fishcer式で考えたら縦はdown横はupで規定されているわけで大変に混乱と誤解を招きます。
“Three plain bonds and one wedged bond, with one pair of plain bonds separated by 180°or more and the wedged bond positioned within that largest space between plain bonds” (ST-1.1.4, IUPAC Reccomendation)
Graphical representation of stereochemical configuration (IUPAC Recommendations 2006) (OPEN ACCESS)
J. Brecher
Pure Appl. Chem., 2006, 78, 1897.
ただしこのやり方、縮環部では許される方法です(bicyclo[2.2.0]など, ST-1.1.4参照)。が、橋頭位が存在する場合には、環の外側置換基に立体化学を記載することは"wrong"とされており、IUPACでは許されない立体化学の表記法なのです(IUPAC ST-1.1.3, ST-1.1.4およびST-1.3.3参照)。橋頭位のある2環性骨格の外側に楔を打ってしまうと、その解釈の仕方次第で向きが逆になり、今回のようなことになってしまいます。つまり上の図のdownC-Hを「bicyclo[3.3.1]nonane骨格」を基準としてdownと考えると橋頭位は上側になりますが、downのC-Hを「もとの通り置換基のついてる炭素中心基準」で考えると橋頭位は下側にならないとおかしいわけです(この時、炭素鎖が完全に直線になってしまっていることが混乱を招き、かつ発覚しにくくなる原因)。
"When depicting substituents at bridgehead atoms, some chemists have been tempted to depict the substituent atom using the wedged bond style that is opposite to the one used for the bridging bonds, apparently on the assumption that “if the bridge goes ‘up’, then the other substituent must go ‘down’." (ST-1.3.3)
ということはこれ、Kamの単離の時点で提出構造間違ってたのでは???という可能性。
まあそうだとしてもQiの方もまじめにやれよってのは変わらんわけで。描き方もちゃんとIUPAC的に橋頭位に立体化学かいとけばこんなことにはならんかったのに・・・(ブテノリドの還元の選択性はどうなんですか、という話の解決にはなってない)。
(2019. 12. 24, IUPACのリンクと併せて文章の記載変更と訂正, Kamの提出構造の画像変更))
こんな風にわずか一年の間にすったもんだがあったわけですが、描き方はちゃんと誤解のないようにしっかり描きましょうね、という話。なおNMRのシミュレーションですが、これも年々ますます進化しており、今年も機械学習を使った3次元構造の予測に関する報告がありました。天然物合成に限らず、ますます合成屋いらなくね?圧力が業界的にも強くなっており、合成化学の意義を各々しっかり考えないといけませんね。
IMPRESSION – prediction of NMR parameters for 3-dimensional chemical structures using machine learning with near quantum chemical accuracy
D. R. Glowacki, C. P. Butts, et al.
Chem. Sci. DOI: 10.1039/C9SC03854J
以上「①構造有機・保護脱保護・天然物編」でした。まだまだ続きます!
2019年論文オブザイヤー改め2019年論文を振り返る話 ②試薬・装置・反応編
一番誤解が少なくなるような
下手に立体的に書いた方がよっぽど混乱するような気が…
Qiも立体的に書こうとしてミスってるわけだし
T.-S Kamが書いた構造がNot Acceptableの理由が良く分からないです
橋頭位についてる置換基の立体だけ明示するのは一般的ですよね?
>
>間違ってEnter押してしまって上の文が少し変ですが…
>
>T.-S Kamが書いた構造がNot Acceptableの理由が良く分からないです
>橋頭位についてる置換基の立体だけ明示するのは一般的ですよね?
もし単離元Kamの構造、書き方を正しいとするなら、bicyclo[3.3.1]で外のmethyne水素がdownなら、橋頭位は上になり、合成したQiが最初に報告した構造と同じになるはずです(そもそもこの時点で提出構造を間違えていたといわれればそうなのかもしれませんが)。
そもそも、JOCのref欄にもありますが、十字に出そうが何しようが、立体化学を一つしか書かないこと自体がIUPAC的にnot acceptableなのです(下記のST-1.1.4参照)。ただし橋頭位がない2環性の場合にはKamのでもOKです(bicyclo[2.2.0]など)。
じゃあ橋頭位がある場合はどうかというと、ご指摘の通り立体化学の記載は一つでいいのですが、縮環部置換基(外側)に立体化学を記載する方法は"Wrong"とされており、「橋頭位側に立体化学を記載する」のが正しいやり方とされています(ST1.3.3参照)。すなわち、橋頭位に一つだけ立体化学を書くこと自体は正しいですが(そういう意味でJOCのrefのrefereeの指摘もなんか違う気がする)、その立体化学は外側じゃなくて橋頭位になるべきなのです。
http://publications.iupac.org/pac/2006/pdf/7810x1897.pdf
ただ、よく見返したらHoltも「Kamの描き方は間違ってて、"橋頭位に立体化学を付けるか"立体的に描くべき」という風な書き方だったので、十字の立体化学の話と併せてこの辺は後で修正します。
ありがとうございます。
うちの会社の構造式描画ルールだとIUPAC ST-1.3.3の左から3番目(Not Acceptable)の構造が推奨されてるもので、
Kamの書き方には全く違和感を感じませんでした。
修正しないといかんですねえ