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2019年08月01日

天然物の長い名前短い名前の話

(8/1ちょいちょい文章変更, 8/2化合物追加, 8/6 GaichのCanataxpropellane全合成のChemRxivリンク追加→Science誌に差し替え, 11/16 21文字と5文字に化合物追加, 2020,5/1 21文字にsinulanorcembranolideを追加, 5/7 20文字にdimericbiscognienyne追加, 11/17 19文字にisatindigotindoline追加, 2021, 3/12 オムラミドを「オムラリド(omuralide)」に訂正, 2022年10月 5文字と23文字に新たな化合物を追加)

夏休み企画ーーーーーーーーーーーーーー、って今こじつけました。

天然に存在する化合物にはいろんな名前が付けられています。構造に準じた国際規約のIUPAC名はありますが、天然有機化合物については通称名もあります。モルヒネやらテトロドトキシンやら、そのバリエーションは圧倒的。単離元の学名からとって命名されるのが多いですが正直命名に決まりもないし、ある種名付けたもん勝ちなので見つけた人の特権でもあります。でも先に見つけたのに注目されず、後から再発見した人が新たにつけた名前の方が定着しちゃったりなんてことも・・・・。

そんな天然物の名前、ものすげー長いやつとか逆にすごい短いやつとかもきっとあるはず!というわけで、そんな天然有機化合物名の最長と最短を追ってみました。

ただし字面通りの名前を追うと永遠に終わらないのでレギュレーションを設けます。dimethylとか9-hydroxyみたいな官能基を表すもの、nor, epiといった接頭辞のあるものは除外します。ただし、「chloro〇〇」という名前だけど、クロロのない「○○」という化合物が存在しない、といったような場合にはセーフとします。それとFK506といったようなシリアルナンバーなど数字のものは除外。A-Zのような識別番号も文字数にはカウントしません。ただし「~ic acid」のacid部分も名称の一部なのでそこはカウントします。

なおチョイスは複雑な多環式骨格、要は頭おかしい構造のものを中心に載せてますので、こんなもん天然にあるんかーって見てってください。描くのめっちゃしんどかった・・・


namelength00.jpg



まずはいきなり15文字
これでも大概長いと思ったんですが結構いるもんですね。サリノスポラミドとかレジニフェラトキシンとか。ビールショウスキーシンとか言ってるとめっちゃ長いと思ってたのにこれも15文字。アリサンジラクトン、いきなり「ジラクトン」というのがついてて要審議ですが、冒頭についてないので名称として認定することにします。厳しく言ってくと大概のやつアウトになるし。

namelength01-15.jpg

15文字
Arisandilactone Nat. Commun. 2017, 8, 14233.
Avrainvillamide J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 8678.
Bielschowskysin Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 1316.
Crotophorbolone Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 14457.
Ileabethoxazole Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 7845.
Resiniferatoxin J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 16420.
Salinosporamide A Chem. Eur. J. 2018, 24, 6747.


お次は16文字
むしろどんどん候補が増えてって困った困った。ウェルウィットインドリノンは後半部分のイソニトリルとかイソシアネートとかいうのを省いています。あのAとかの後にイソニトリルってついてるのはなんなん、いらなくね?って昔から。

namelength02-16.jpg

16文字
Acalycixeniolide G J. Nat. Prod. 2000, 63, 1045.(correction)
Callyspongiolide J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 6948.
Crotodichogamoin J. Org. Chem. 2018, 83, 8341.
Garcinielliptone J. Nat. Prod. 2018, 81, 2582.
Hipposudoric acid Nature 2004, 429, 363.; Chem. Lett. 2015, 44, 1738.
Laurenditerpenol Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 3074.
Leucascandrolide J. Am. Chem. Soc. 2000, 122, 12894.
Pachastrissamine J. Org. Chem. 2013, 78, 8208.
Paeoniflorigenin Chem. Rev. 2017, 117, 11753.
Welwitindolinone A isonitrile Nature 2007, 446, 404.


どんどん行きます次は17文字。ゾーキサンテラトキシン(Zooxanthellatoxin)の存在感が半端ないですが、シクロプロペノン骨格を持ってるやばいのとかもしれっと混ざってます。しかも合成で構造改定されたのは絶対立体化学なので、シクロプロペノンは合ってるんかよ!ってツッコミが。カナタクスプロペラン(Canataxpropellane)も、これTaxolと同じタキサンジテルペンだって言われてもぱっと見わからんわ。

namelength03-17.jpg

17文字
Alstoscholarisine Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 16674.
Alterbrassicicene Org. Lett. 2018, 20, 7982.
Ascidiatrienolide J. Am. Chem. Soc. 1993, 115, 5815.
Aspidodasycarpine Tetrahedron 1965, 21, 1717.
Canataxpropellane Tetrahedron Lett. 2007, 48, 2721.
Eucalypglobulusal J. Nat. Prod. 2018, 81, 2638.
Euphoglomeruphane J. Nat. Prod. 2019, 82, 424.
Jungermatrobrunin A Angew. Chem. Int. Ed. DOI:10.1002/anie.201903682
Laurendecumallene Org. Lett. 2013, 15, 3046.
Lineariifolianone J. Org. Chem. 2019, 84, 5524.
Spirotryprostatin Chem. Sci., 2014,5, 904.
Symbiodinolactone Tetrahedron Lett. 2018, 59, 4496.
Zanthomuurolanine J. Nat. Prod. 2008, 71, 669.
Zooxanthellatoxin J. Am. Chem. Soc. 1995, 117, 550.

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2019.08.06追記
噂をすればなんとやら。上記のカナタクスプロペラン(Canataxpropellane)、タイミングよく(?)全合成の報告がTanja Gaichから出されました。
Concise Synthesis of Complex Taxane Diterpene Canataxpropellane by Photochemical Dearomatization
T. Gaich, et al.
ChemRxiv (Aug.05.2019) DOI: 10.26434/chemrxiv.9229217.v1

2020.05.01追記
上記の時点ではChemRxivでしたが、そのあとでScience誌に出ましたのでそっちのリンクも載せます。こうして比べるとタイトルも結構変わるのな。
Total synthesis of the complex taxane diterpene canataxpropellane
T. Gaich, et al.
Science 2020, 367, 676.
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お次は18文字
クロロププケアナニン(Chloropupukeananin)に関してはクロロのないププケアナニンがなかったのでそのまま採用。ゾーキサンテラトキシン(17文字)があまりにも巨大だったからゾーキサンテラクトン(Zooxanthellactone)がシンプルでビビる。ただしスキップジエン(それも全部cis)の嵐なので合成は地獄の予感。

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18文字
Acanthacerebroside A Bull. Chem. Soc. Jpn. 1998, 71, 259.
Candidaspongiolide J. Nat. Prod. 2007, 70, 1133.
Chloropupukeananin Org. Lett. 2008, 10, 1397.
Cylindrocyclophane F J. Am. Chem. Soc. 1999, 121, 7423.
Didemniserinolipid J. Org. Chem. 2014, 79, 6987.
Griffipavixanthone J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 148.
Haliclonacyclamine Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 1599.
Rubriflordilactone Nat. Commun. 2017, 8, 14233.
Termicalcicolanone Org. Lett. 2019, 21, 2777.
Trachelanthamidine Tetrahedron 2016, 72, 7417.
Vieillardixanthone J. Nat. Prod. 2004, 67, 707.
Zooxanthellactone Biosci. Biotechnol. Biochem. 2004, 68, 848.


19文字来ました。
ここまでくるともう無理やり長くしてない?って気も。Paecliodepsipeptideってもうデプシペプチドやんけ。Cyclodidemniserinolはシクロじゃないのがなかったのでセーフ。ついでに、シガトキシンがある時点でだいぶアウトな気がしますが一応19文字なのでカリビアン・シガトキシン(Caribbean ciguatoxin)も入れておきました。産地とか一語じゃない命名ってありなのね。地味にコチンチノキサントン(Cochinchinoxanthone)というちょっと(⁄ ⁄•⁄ω⁄•⁄ ⁄)⁄な名前のが混ざってるのは内緒。

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19文字
Caribbean ciguatoxin C-CTX-1 Org. Lett. 2018, 20, 7163.
Cochinchinoxanthone J. Nat. Prod. 2011, 74, 1117.
Cyclodidemniserinol Org. Lett. 2000, 2, 1605.
Hybridaphniphylline B J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 4227.
Paecilodepsipeptide A 有機合成化学協会誌 2007, 65, 700.
Schilancitrilactone B Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 5732.
Isatindigotindoline C      Org. Biomol. Chem., 2020,18, 2051.

お次はついに20文字。ここまでくると一気に減ります。なので21文字とまとめて。ジクロロリッソクリミド(Dichlorolissoclimide)は、確かにクロロじゃないやつが見つからなかったので載せましたが、クロロが一個だけのChlorolissoclimideはあるのでこれアウトじゃね?まあ描き直すのめんどくさいしセーフセーフ(セーフとは言っていない
とこんな感じで長くなればなるほど当初のレギュレーションとはいったい何だったのかという風に胡散臭くなってまいりました()
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2019. 11/16: 静岡大のスギヒラタケ不安定毒成分pleurocybellaziridine (21文字)を追加
2020. 05/01: Sinulanorcembranolide (21文字)を追加
2020. 05/07: Dimericbiscognienyne (20文字)を追加
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20文字
Bicyclomahanimbicine Org. Biomol. Chem. 2014, 12, 6490.
Dichlorolissoclimide Tetrahedron Lett. 1991, 32, 6701.
Glycocinnasperimicin Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 4372.
Liquiditerpenoic Acid J. Nat. Prod. 2019, 82, 823.
Spirostaphylotrichin J. Nat. Prod. 2018, 81, 2722.
Dimericbiscognienyne Org. Lett. 2018, 20, 6886.

21文字
Ustilobisorbicillinol Org. Lett. 2019, 21, 1311.
Pleurocybellaziridine Angew. Chem. Int. Ed. 2011, 50, 1168
Sinulanorcembranolide Tetrahedron Lett. 2013, 54, 2267.


さて23文字まで来てしまいました。ここまで勝ち抜いた猛者はほとんどおらず、見つかったのは、天然が作り出すその階段状の構造もあって広く知られた分子ペンタシクロアナモキシ酸(Pentacycloanammoxic acid)、そして全然知らなかったダークホース、ボトリオスフェリヒドロフラン(Botryosphaerihydrofuran)の二つだけでした。(初稿段階では)これらがトップタイと思われました。

----2022年10月21日追記-------
そして最初に書いた直後、小豆から単離された紫色の色素天然物として、カテキノピラノシアニジン(Catechinopyranocyanidin)が、23文字化合物として参戦!三つ巴の戦いに。
2019年論文オブザイヤー改め2019年論文を振り返る話 ①構造有機・保護脱保護・天然物編
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23文字
Botryosphaerihydrofuran J. Org. Chem. 2018, 83, 8341.
Pentacycloanammoxic acid Nature 2002, 419, 708.
catechinopyranocyanidin Sci. Rep. 2019, 9, 1484.


ところが、ここでペンタシクロアナモキシ酸の方に重大なレギュレーション違反疑惑が!(何

このpentacycloanammoxic acidという名前ですが、実は上記の単離論文Natureでは命名がされておりません。つまりno name(名無し)なのです。

じゃあこのpentacycloanammoxic acidという長ったらしい名前は一体どこから出てきたのか。実はこれ、E. J. Coreyがラセミでの最初の全合成の際、便宜上つけた名前なのです。オムラリド(omuralide)もこんな感じだったよね、天然物じゃないけど。
つまりはCoreyが勝手につけた名前であって別段オフィシャルな名前というわけではないのです。何をもってオフィシャルというかと言い出すと議論を呼んでタコ殴りにされそうですが、少なくとも単離側がつけた名前でない以上、いろいろ怪しくなってきます。実際、この天然物は数年前にBurnsらも全合成していますが、その際には「[5]-ladderanoic acid ([5]-ラダラン酸)」というIUPAC名的な呼称をしており、pentacycloなんやらという名前は一度も出てきません。

E. J. Corey, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 15664.
“We now describe the first synthesis of 1, referred to herein as pentacycloanammoxic acid methyl ester, as the racemate.”
J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 3118.

A. Gonzalez-Martinez,, S. G. Boxer, N. Z. Burns, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 15845.
“Innovative synthetic efforts from Corey and Mascitti resulted in a racemic synthesis of [5]-ladderanoic acid (±)-2 and an enantioselective synthesis,”


というわけでスキャンダルに見舞われた(?)penntacycloanammoxic acidではなく、botryosphaerihydrofuran(ボトリオスフェリヒドロフラン)とcatechinopyranocyanidin(カテキノピラノシアニジン)が23文字で同点勝利ということになりそうです(2022年10月21日改訂)。ちなみに前者はJOCで構造改定の提唱がされていますが、単離大元論文のTetrahedron (Tetrahedron 2009, 65 10590)の方には22文字でボトリオスフェリオジプロディン(Botryosphaeriodiplodin)というマクロラクトンも報告されています。



さてそんなpentacyclo~等の23文字が最長天然物名かと思っていたところ、見つけてしまいました24文字、単独首位。
その名も「Danshenspiroketallactone(ダンシェンスピロケタールラクトン)」!長ぇ!そして「スピロケタールラクトン」で長くするのってずるくね?ちなみにDanshenとは生薬の丹参のこと。
というわけで現時点での暫定最長名は24文字となりました!

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24文字
Danshenspiroketallactone Org. Lett. 2019, 21, 1708.


それでは逆に短い名前の方はどうでしょう。こちらは無駄に長くして最長を目指す(?)ようなことはできません。こういう縛りプレイの方が楽しいよね、なんにしても(何の話だ
では6文字はとてつもない数があるので5文字から行ってみましょう。5文字になると突然候補が激減し、ほんとにわずかしか見つかりませんでした。それでも残った候補は割とえげつない構造をしてるやつが多いのが不思議。希少糖であるidose(イドース)も5文字です。
(2019. 11. 16: なんでこれ忘れてたんだろ、ってのを忘れてました。Nerol(5文字)を追加)
(2022. 10. 18: Equol(5文字)を追加)
(2022. 10. 22: Nopol(5文字)を追加)

namelength09-05-5.jpg

5文字
Aloin A J. Chem. Soc., Perkin Trans. 1 1990, 1297.
Canin J. Org. Chem. 1983, 48, 125.
Idose Wikipedia
Tutin Tetrahedron 1986, 42, 5551.
Nerol Wikipedia
Equol Wikipedia
Nopol Nopol(高砂香料)

5文字の次は4文字だ!ってもう名前として成立しなさそう・・・
ところがどっこいあるのです、4文字天然物。(8/2追記:さとうさんから情報いただいたAnolを追加)
それが以下のwaolanolitol。Itolの方はリアノジンと同じリアノダンジテルペンです。名前シンプルなのに構造がえぐいのぉ。


namelength10-04-3.jpg

4文字
Anol Wikipedia
Itol A Tetrahedron 2008, 64, 5743.
Waol A Org. Lett. 2003, 4451.


というわけで現時点での最短天然物名は4文字となりました。これを越えるのは3文字ですが、もう3文字とか無理があるな?
というわけで、多分これが一番短いと思います(フラグ
挑戦者求む!
posted by 樹 at 09:00| Comment(7) | 有機化学雑記 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
3文字の"天然物"といえばtinでしょう
4文字はもう少しあってzincやironやgoldなど
野暮ですいません
Posted by at 2019年08月01日 11:55
えー(・ε・`)元素単体じゃないすかつまんないじゃないすか
企画にならないじゃないすか(そこかよ
Posted by かんりにん at 2019年08月01日 23:02
anolってのがあるそうです。
https://en.wikipedia.org/wiki/Anol
Posted by さとう at 2019年08月01日 23:43
>さとうさん
うおおおおお!貴重な情報ありがとうございます!
まだあったのか・・・・ひょっとしたら3文字名もいるのかな・・・

というわけでAnolを本文に追加しました。
Posted by かんりにん at 2019年08月02日 22:20
かなり昔の記事で恐縮ですが、

>オムラミド(omuramide)もこんな感じだったよね、天然物じゃないけど

とはOmuralideとは別物なのでしょうか?
寡聞にして存じ上げませんでした。
Posted by かるぼんさん at 2021年03月12日 14:00


>かるぼんさんさん
>
>かなり昔の記事で恐縮ですが、
>
>>オムラミド(omuramide)もこんな感じだったよね、天然物じゃないけど
>
>とはOmuralideとは別物なのでしょうか?
>寡聞にして存じ上げませんでした。

うおおおおおお、これは恥ずかしい・・・・・
オムラ「ミ」ドだとずっと思いこんでました・・・
今訂正しました。ありがとうございます。
Posted by かんりにん at 2021年03月12日 22:37
でも先に見つけたのに注目されず、後から再発見した人が新たにつけた名前の方が定着しちゃったりなんてことも・・・・。

 再発見と言わないで黙っている再発見もあって...
Posted by at 2022年01月15日 22:30
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