悪いやつを取っ払う話: たゆたえども沈まず-有機化学あれこれ-
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2019年07月23日

悪いやつを取っ払う話

有機合成では、分子の「ここを変えたい!」って思ってる場所が思い通りに変わってくれることを日々祈りながらやっているわけですが(こいついつも祈ってんな)、変わらないのならともかくいらんところが変わってしまうこともよくある話。それもそれで嫌な話ですが、大変頭にくるのは欲しいものが出来ているにもかかわらず、そこで止まってくれなくて余計なことが起こってしまうパターン。いやいいからそこで止まってくれよ!って。この余計なことが起こってしまう要因はもちろんケースバイケースですが、基質分子から取っ払った用済みのパーツが、「この恨み晴らさで置くべきか」と言わんばかりに災厄をもたらしてくるパターンもあります。

祟りじゃ!祟りじゃ!と騒いだところで解決しませんので、そこは悪さをする災厄を除霊し供養せねばなりませぬ。今回はそんな悪い子を捕捉剤を使って取っ払って解決した話を。

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福山、徳山らのyatakemycin全合成のほぼ最終段階において、Benzyl基を除去する必要がありました。が、どうにも低収率。
その原因を探る中、どうやら除去した後に生じるベンジルカチオンがなんか悪さをしていそうな予感が。確かに電子豊富な芳香環やらヘテロ環ばっかしだから変にくっつちゃってもおかしくないですね。というわけで、脱保護で絶対に生じるベンジルカチオンを、悪さする前にどうにかつぶしておく必要がありました。その解決法として電子豊富なペンタメチルベンゼンをscavengerとしてド大量に放り込んでおくことでカチオン種をつぶし、目的の脱保護体を良好な収率で得ることができました。

こんな風に取り除いたと思っていたモノが悪さをすることもよくある話なので、反応機構を書くときは抜け出るものもちゃんと書いておいて生じるすべての化学種を認識できるようにしておきましょう

scavengers01benzylcation.jpg

Total Synthesis of (+)-Yatakemycin
K. Okano, H. Tokuyama, T. Fukuyama
J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 7136

他にも鈴木、大森らの場合、MOMやMEMといったエーテル(アセタール)系の保護基の除去の際、同じように収率が低下どころか多点化する目に遭っています。こちらも電子豊富な芳香環でできているカテキン類骨格なのですが、この保護基の除去によって生じるのがホルムアルデヒド(もしくは置換基がついたままのオキソカルベニウムイオン種でますます活性化されてるやつ)。同じ酸性条件でのFriedel-Crafts反応とかして変なことになりそうな予感がすごくします。そこで上述同様に電子豊富なフロログルシノールを捕捉剤としてどっさり導入しておくことで、めでたく問題解決。

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A new synthetic strategy for catechin-class polyphenols: concise synthesis of (-)-epicatechin and its 3-O-gallate
K. Ohmori, K. Suzuki, et al.
Chem. Commun., 2012, 48, 8425

Total Synthesis of Selligueain A, a Sweet Flavan Trimer
K. Suzuki, K. Ohmori, et al.
Org. Lett. 2018, 20, 2857

マニアックどころだと、強力な求電子活性種ニトロソアレンに対する付加反応で、ニトロソアレン発生のために脱離させたスルフィン酸(スル"ホン"じゃないので注意)が別れたくないらしく(ぉ、強力に再度くっついてしまうためにせっかく外部から求核剤を入れても全然効果がないといった困った話も。この場合の解決にはアゾジカルボキシレートが非常に良いスルフィン酸のアクセプターとなり、1,4-付加的にスルホンアミドに変えることで解決しています。ニトロソアレンよりも食いつきいいってことはこっちのがイケメン・美女なんだろうかね(何の話だ

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Synthesis of α‑Substituted Enoximes with Nucleophiles via Nitrosoallenes
H. Tanimoto, et al.
J. Org. Chem. 2016, 81, 559


この手の捕捉剤(scavenger)を使う反応で一般的によく使われるのがアルデヒドからカルボン酸へと酸化する際の定法であるKlaus-Pinnick酸化。リン酸Bufferやらいろいろ入っていますが、そのうちの2-methyl-2-butene等の捕捉剤は非常に重要で大過剰の使用が必要です。というのも酸化反応によって生じた次亜塩素酸やそこからの不均化生成物はさらに強い酸化力で、基質をクロロ化したりするだけでなく一気に破裂爆発することにもつながります。これの事故をほかの反応と比べても高確率の2回も見てるからほんとあぶないよ。というわけでしっかり放り込んでおきましょう。あんまり2-methyl-2-butene以外の捕捉剤使ってるのを見ない気がするけど。

scavengers04Pinnickox.jpg



さて、なにも物理的にくっつくだけが悪さではありません。静電的な配位、キレーションによって生成物自体や活性種の物性を変えてしまうということもよくあります。

前回Felkin-AnhじゃなかったFelkin-Nguyenモデルの話を出しましたが、アルドール反応での望みのFelkin型生成物の比率が、キレーション力の強いリチウムのせいでいまいち。それを解決する方法は邪魔なリチウムイオンを取っ払ってしまうこと。
そこで、リチウムイオンを強烈に捕捉するHMPAを加えてエノラートを丸裸にしておいてからアルデヒドを加えることで、目的の立体化学を持ったFelkin-Nguyen型生成物だけを得ることができるようになりましたとさ。

論文の名前を「姓・名」の順で書いた話

scavengers07lithium.jpg

Total synthesis of actinobolin from D-glucose by way of the stereoselective three-component coupling reaction
N. Chida, et al.
Tetrahedron 2006, 62, 6926


こういったカチオン種の捕捉剤にはHMPAやDMPUの他、有名どころのクラウンエーテルもあります。oxy-Cope転位なんかでよくKHと一緒に添加されていますが、この場合は不溶なKHのK+をクラウンエーテルで捕捉、強制的に塩基を有機層に持ってくる目的で使われています。ただしoxy-Cope転位の場合、有機層に塩基をもってくりゃいいってわけでもなくNaH+クラウンエーテルだと全然加速効果がないので、カリウムイオン自体のそもそも配位力の無さも反応の鍵になっている模様です。

scavengers10VinigrolCope.jpg

Scalable Total Synthesis of (−)-Vinigrol
T. Luo, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 3440



さてカチオン種だけでなくアニオン種を捕捉する手法もホストゲスト化学の観点から同様に発展してきました。
特にハロゲンイオンの認識や捕捉は現在でも盛んにおこなわれており、そのハロゲンイオン認識を触媒反応に利用した例もあります。トリアゾールやトリアゾリウム塩のC-Hをハロゲン認識サイトにした大井-大松触媒やManchino触媒がその例です。ごく最近では完全に塩素イオンを閉じ込めてしまう分子も開発され、これを塗っておくだけで食塩水中でも金属がサビないという効果も実証されています。

トリアゾール環を機能素子として使った話 その2:環そのものを機能素子化した話

scavengers09Anioncage.jpg

Chloride capture using a C–H hydrogen-bonding cage
A. H. Flood, et al.
Science 2019, 365, 159


こんな感じでハロゲンアニオンは捕捉されてるんですが、ほかのアニオン種ってこうやって捕まえられるっけ?あんまし見たことないような。

と思ってたらありました。硫酸イオンを捕捉するものとしてチオリン酸トリアミドの捕捉能と性質がほぼ同時期に2つのグループから報告されています。先に出したのはGaleのChemCommunでアニオン種別の認識能に特化、直後に出したNagornyの方はスルホン酸触媒反応が硫酸アニオン捕捉によってさらに活性化されることをメインにしています。合成法見ると結構簡単でお安くできそうなのでこれいいかも(既知化合物なのでChemCommunの方には作り方が載ってるがアンゲの方には載ってない)。

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Anion recognition and transport properties of sulfamide-, phosphoric triamide- and thiophosphoric triamide-based receptors
P. A. Gale, et al.
Chem. Commun., 2013, 49, 874

Thiophosphoramide-Based Cooperative Catalysts for Brønsted Acid Promoted Ionic Diels–Alder Reactions
P. Nagorny, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 13424

この硫酸イオン捕捉剤を利用した最近の例がYoonらによるphotoredox反応。この手のPhotoredox反応はいつも金属錯体側のカチオン種のほうにばっかり目が行きますが、塩なのでアニオン種の影響も大きく出てくるはず。ということでYoonらはアニオン種で比較したところ、配位性の弱いborateアニオンが最もよい触媒能を示し、その他配位性、水素結合性のあるアニオン種になるとその能力が激減することを明らかにしました。その一方で、反応性の悪いスルホン酸塩触媒に対し、先ほどのアニオンバインダーことチオリン酸トリアミドを加えると劇的に反応性が向上し、低配位borateアニオン触媒を使ったときに近い値になりました。トリアミドのアニオン引きはがし能力の高さと、光触媒性能に対するアニオン配位能の影響の大きさを示す結果となっていますね。

scavengers06Yoon2.jpg

Discovery and Elucidation of Counteranion Dependence in Photoredox Catalysis
T. P. Yoon, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 6385


というわけで反応系内で悪さをするやつを取り除いて解決したりパワーアップさせたりといった例をまとめました。もちろんこんなことしなくて済むんならそれに越したことはないんですが、こういうのは想定してない事態だったりにっちもさっちも行かなくなったりしている時なので、こういった補足剤を入れてみるという解決手段を頭に入れておくといつの日か役に立つかもしれません。まあ大概こういうのは痛い目見てから学ぶんですけどね・・・。捕捉剤リストみたいなのがあると便利なんだけどなかなかこういうのはマニアックなので探すの苦労するんですよねえ。時間見てリスト作ってみるかなあ。
ほかにもいい捕捉剤scavengerありましたら情報いただけるとありがたいです。
posted by 樹 at 09:00| Comment(0) | 有機化学 | 更新情報をチェックする
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