こんな風に、元々あったオレフィンの部分が相手のオレフィン部分と入れ替わってしまう反応がオレフィン・メタセシス反応で、合成戦略の大幅な拡大と迅速な工業展開、高分子合成での利用などもありその初出、とくにGrubbs触媒登場からすると極めて早くにノーベル化学賞が与えられた研究です。
さてメタセシス自体は先ほどの通り別にオレフィンに限ったものではないので、ほかの官能基でのメタセシス反応があってもいいわけです。そんななか、最近登場した「カルボニル・メタセシス」反応について今回載せてみます。
Morandiらは触媒反応によって、官能基を交換もしくは相手に渡す2分子間のShuttle反応ならびにMetathesis反応を報告してきました(てかMorandiは独立してから毎年Science本誌出す(そのうえNature姉妹紙も)程度にはやばい)。
Catalytic Isofunctional Reactions—Expanding the Repertoire of Shuttle and Metathesis Reactions (Review)
B. N. Bhawal, B. Morandi
Angew. Chem. Int. Ed. DOI: 10.1002/anie.201803797
そんなMorandiが去年報告した手法が以下のもの。オレフィンメタセシスなどで見慣れているせいで交換反応といわれると大体同じような官能基どうしでの反応な気がしてしまいますが、Morandiの場合にはPd触媒下、アシルクロリドとヨードアレーンとで・・・
Metathesis-active ligands enable a catalytic functional group metathesis between aroyl chlorides and aryl iodides
Y. H. Lee, B. Morandi
Nat. Chem. 2018, 10, 1016.
カルボニル「これってもしかして、俺たち」
ヨウ素「私たち」
『いれかわってるーーーーーーー!?』
一酸化炭素ではなくカルボニル化合物をCO源にした反応は前々からありますが、受け渡した後の化合物の成れの果てまでちゃんと相手からの官能基で修飾して着地させた話はあんまり聞かないのでへえって思った反応でした。それもだいぶ単純な触媒系で達成。
ところがどっこい、なんと全くの同時期にArndtsenが全く同じコンセプトで全く同じタイプの基質組み合わせでほとんど同じ触媒系と条件での反応を報告してきました。こわいこわい。これもまたアシルクロリドとヨードアレーンを用い、Pd触媒でカルボニルとヨウ素を入れ替える反応。
ところで、その論文公開までの時系列を追ってみると・・・・
Functional Group Transposition: A Palladium-Catalyzed Metathesis of Ar–X σ-Bonds and Acid Chloride Synthesis
B. A. Arndtsen, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 10140
Nature ChemへのsubmitはMorandiのほうが圧倒的に早いものの、査読でなんやかんや色々長くなって、結果後出しのArndtsenに並ばれた(公開日時が同じなのはすり合わせがあった?)というのが原因のようです。こういうのあるからきょうびやっぱりSubmitと同時にChemRxivみたいな公開プレプリント出しとかないと、審査でどったんばったんやってる間に出されてオワタってなっちゃうなあ、ってますます思いますわ。
さて、上記はカルボニル基と、それとは違う官能基との交換反応でした。ところが2018年後半に立て続けに登場した反応はなんとカルボニル基同士の交換反応。
つまり、元の分子のカルボニルと反応試薬のカルボニルが・・・・
カルボニル『いれかわってるーーーーーーー!?』
って結局同じやないか!!
なにこれ!?元に戻してなんの意味あるの!?アホなの!?
ってこれ出たときは思ったもんです。が、これに目をつけていたのは企業側。製薬会社大手のMerckが発表したのは、カルボン酸から容易に誘導できる酸クロリドを出発原料とし、Pd触媒による脱カルボニル化を行ったのち、同位体元素化されたCOガスを用いて再度カルボニル化するというもの。アリールハライドなどを使って段階的にラベル化したほうが重原子標識化率は確かに高いのですが、これによってラベル化分子の調製効率が飛躍的に向上できるようになりました。この方法ではSkrydstrupらの開発したCOガス代替分子COgenとCO発生系と反応系を同一容器で行えるCOwareを利用している点も面白い点です。
Palladium-Catalyzed Carbon Isotope Exchange on Aliphatic and Benzoic Acid Chlorides
D. R. Gauthier, Jr. et al.
J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 1559
COware‐COgen
COgen:一酸化炭素の簡便で安全な発生法とその利用例 (Sigma-Aldrich)
もちろんこうしたアプローチをMerck以外がやっていないはずもなく、実際この直後にBaranがBristol-Myers Squibbとのコラボとして、Ni触媒によるカルボン酸分子からの脱炭酸ー標識化CO2ガスによる重カルボン酸への再変換を、複雑な生物活性分子に対しても実証しています。これまでの手法と比較しての工程数大幅短縮と簡便化が売りです。ところで関係ないけど第5著者のJason S. Chenってあの"Classics in Total Synthesis III"の Jason Chenかなこれ。
Direct Carbon Isotope Exchange through Decarboxylative Carboxylation
P. S. Baran, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 774
ちなみに、先述のArndtsenもそれっぽい反応を報告しており、触媒反応ではないものの、銀とヨウ素を用いた古典的Hansdieker反応条件をCO雰囲気化で行い、生じるアシフトリフレートにたいしてFriedel-Craftsアシル化を行うことで、非対称ベンゾフェノン類の合成を報告しています。ただし、反応条件が条件なので脱炭酸かと思いきや、同位体実験の結果、脱炭酸ではなく単に元のカルボニルがそのまま使われていることがわかりました。そこんとこ注意。
Decarboxylation with Carbon Monoxide: The Direct Conversion of Carboxylic Acids into Potent Acid Triflate Electrophiles
R. G. Kinney, B. A. Arndtsen
Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 5085
最後の例はさておき、