「2018年論文オブザイヤーを選んでみた」あらため「2018年論文を振り返ってみた」: たゆたえども沈まず-有機化学あれこれ-
よくアクセスがあるものをまとめておきました。右バーのカテゴリ別も参照ください。

レポート・実験データ等のまとめ
・研究室に貼っておくと便利な表などをあつめてみた(現在も随時更新追加中)
・検索・計算に使える化学サイトをあつめてみた
・特殊記号の出し方・ショートカットキーまとめ
・MS WORDショートカットや特殊アルファベットの入力法まとめ
・Powerpointのショートカットキー
・出版社ごとのオープンアクセス化費用をまとめてみた(有機合成化学向け)
・ネットコンテンツを参考文献に挙げる話
・情報ソースはウィキペディア、な論文の話
・タダで読めるけど・・・-オープンジャーナルのあやしい世界
・最近のOLのはなし

材料化学・自然化学・疑似化学
・ボーイング787の窓の秘密とクロミック材料の話
・アメフラシの紫汁の謎
・タコが光ってもいいじゃなイカ!-青い毒タコ・ヒョウモンダコ科の秘密-
・やけど虫の毒と抗がん活性
・世界一大きい花の臭いの話
・竜の血の赤、虫の赤
・撤回された天然竜血分子が全合成で確かめられた話
・はじけるキャンディ・ドンパッチの話
・危険なDHMO? SDS(MSDS)の話
・水を脱水した話
・高校生が高価な薬分子を格安で作った、という話
・人工分子は天然に存在しないのか―抗がん剤分解物は妖精さんだった話―
・創薬分子が天然から採れた!!と思ったら・・・な話

有機合成化学実験
・Swern酸化の利点
・光延"反転"の話
・実験、爆発:やってはいけない組み合わせ
・モレキュラーシーブスは塩基か酸性か
・TBAFにモレシな話
・モレキュラーシーブスの乾燥法で収率が変わった話
・原料の不純物で反応が行ったり行かなかったりした話

大学講義の初級有機化学
・フィッシャー投影式をジグザグ式に変換する方法
・ニューマン投影式の理解の仕方
・R/S表記やE/Z表記など

2018年12月25日

「2018年論文オブザイヤーを選んでみた」あらため「2018年論文を振り返ってみた」

(2018 12/25: 北大鈴木研の最長C-C分子の構造を修正)
(2019 6/10:ジアゾ化試薬ADTの安全性に関する疑義と修正に関する情報を追記)

メリー苦しみますクリスマス!

昨年は年末にこんな企画を勝手にやってました。

2017年有機合成化学論文オブザイヤーを勝手に選んでみた

前回は10月くらいになってからこの企画を思いついたので上半期論文がろくに入ってこなかったのですが、今年もオブザイヤーを勝手に選ぶべく、年始から候補を集めて年末企画(?)に備えておりました!

その結果、前回以上に絞りに絞ってもなお「オブザイヤーとは一体なんだったのか」というレベルの分量になってしまったので、もう単純に2018年を振り返る論文という扱いにしました(;´Д`)

そんなわけで、めっちゃなげーぞ!覚悟しろ!


・今年の話題オブザイヤー

まあ誰に聞いても満場一致でAI(Artificial Intelligence, 人工知能)、Machine Learning(機械学習)の有機合成化学への応用でしょうね。
Abby Doyleが1月に出した「C-Nクロスカップリングを機械学習で反応性を予測」という論文に始まり、怒涛の論文ラッシュ。たった一年だけで「それぞれの基質ごと最適条件を予測」「既存の創薬分子の合成経路をAIで最適化して短縮化に成功」という論文がでてきてあっという間に人力合成が時代遅れになってしまってきた感じが・・・(;´Д`)

まあ予測だけで済めばまだましだったんですが、さらに自動合成は自動合成でコンピューター言語に対応したやつが登場し、論文にある合成法をそのままのっけて既存の創薬分子類を完全に自動合成化できちゃったりと、人間による小分子合成、反応開発の存在価値が急速に危ういものになってきております。20年近く前にコンビナトリアルケミストリーが流行ったときもこんな風に言われてたもんですが、今回のはもうそれの比ではなく、本当に終焉が現実味を帯びてきた感じがすごくします、このたった1年だけで。

↓以下、主立った論文類
Predicting reaction performance in C–N cross-coupling using machine learning
S. D. Dreher, A. G. Doyle, et al.
Science 2018, 360, 186
【解説1】
Machine learning predicts organic reaction performance (C&EN)
【解説2】
Machine Learning for Organic Synthesis: Are Robots Replacing Chemists?
N. Maulide, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 6978

Deoxyfluorination with Sulfonyl Fluorides: Navigating Reaction Space with Machine Learning
A. G. Doyle, et al.
J. Am. Chem. Soc., 2018, 140, 5004

Planning chemical syntheses with deep neural networks and symbolic AI
M. H. S. Segler, M. Preuss, M. P. Waller
Nature 2018, 555, 604
【解説】
AI designs organic syntheses (Nature)

Efficient Syntheses of Diverse, Medicinally Relevant Targets Planned by Computer and Executed in the Laboratory
M. Mrksich, S. L.J. Trice, B. A. Grzybowski, et al.
Chem 2018, 4, 522
【解説】
・Chematicaは有機合成に新たな道を拓くのか?—AIと化学の未来像を探る
(松原誠二郎, 月刊化学, 2018年6月号)

↑雑誌のワンコーナーなので図書館行くなり買うなりして読みましょう
・Chematica put the test (C&EN)
【↑の著者による2016年に出した合成経路自動探索の総説】
Computer-Assisted Synthetic Planning: The End of the Beginning
B. A. Grzybowski, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 5904
↑ReviewだけどSupporting Infoがついてて、Taxolの分子合成経路の自動探索ムービーあり。

Controlling an organic synthesis robot with machine learning to search for new reactivity
L. Cronin, et al.
Nature 2018, 559, 377
【解説】
化学合成: ロボットが機械学習で新しい化学反応を発見 (Nature Asia Highlight)

Using Machine Learning To Predict Suitable Conditions for Organic Reactions
K. F. Jensen, et al.
ACS Cent. Sci., 2018, 4, 1465

Organic synthesis in a modular robotic system driven by a chemical programming language
L. Cronin, et al.
Science DOI: DOI: 10.1126/science.aav2211
【解説】
Software directs automated synthesis-“Chemputer” could relieve humans from the busywork of routine syntheses- (C&EN)
↑Scienceの方にあるSupporting Infoの3種創薬分子の完全自動合成ムービーは圧巻。

【同じく自動合成装置を開発したMaritn Burkeによる自動合成の総説】
The Molecular Industrial Revolution: Automated Synthesis of Small Molecules
M. Trobe and M. D. Burke
Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 4192


さて、それはそれとして(現実から目を背けながら)、以下いつもの分野でのオブザイヤー論文をリストアップ!

・構造有機化学オブザイヤー

2018Year 04 Structure04longest3.jpg

Longest C-C Single Bond among Neutral Hydrocarbons with a Bond Length beyond 1.8 A
Y. Ishigaki, T. Suzuki, et al.
Chem 2018, 4, 975
↑2018年12月末までフリーで読めるようになってます。

Exceptionally Long C−C Single Bonds in Diamino-o-carborane as Induced by Negative Hyperconjugation
Z. Li, X.-Q. Xiao, T. Müller, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. DOI: 10.1002/anie.201812555

Geometrically Compelled Disilene with λ4-Coordinate Si(II) Atoms
A. Kostenko and M. Driess
J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 49, 16962

世界最長の炭素-炭素結合を目指す話:かさ高くしたり、環で縛ったり、カルボラン使ったり (有機化学論文研究所)

最長結合オブザイヤー。今年の初めに炭素―炭素単結合の世界最長記録が更新されたという報告が出て、「これで決まりやな」と絵を用意している最中にまさかの年末更新報告。母骨格が根本から異なる点もだけど最長を可能にしているのはN原子非共有電子対とC-Cσ*軌道との相互作用だそうで。
また同じく年末に現れたのがケイ素―ケイ素2重結合の最長記録。単結合にせまる結合長もさることながら、ただでさえ不安定なSi=Siなのに超配位の5配位状態になっているというもうめちゃくちゃな構造なところも注目。


2018Year 04 Structure01CPP.jpg

Expanding the Chemical Space of Biocompatible Fluorophores: Nanohoops in Cells
B. M. D. Pluth, R. Jasti, et al.
ACS Cent. Sci. 2018, 4, 1173

Strain-Promoted Reactivity of Alkyne-Containing Cycloparaphenylenes
R. Jasti, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 16348

CPP2種、というかJasti2発。リングサイズで色調を変えられ、大きなStorks shiftをもつという点を利用して細胞染色にも使ってみたでござるの巻。材料だけかと思ってたのにこういうのにもいけるんやな結構でかいのに、ってへぇボタンを押してた論文。純粋に物性と構造の話でいうならCPP内部にアルキンをぶち込んだ新規ひずみアルキンの方が好きだったりするのは内緒。


2018Year 04 Structure02dimerization.jpg

Synthesis of partially and fully fused polyaromatics by annulative chlorophenylene dimerization
K. Murakami, K. Itami, et al.
Science 2018, 359, 435

反応の方に入れようかどうかまよったけどこっちに入れました。クロロアリールの2量化といっても単なる2量化じゃなくて環化まで起こす点がsuper。シクロフェナセンのJACSフルペーパーも出てるけどあれ去年オブザイヤーにしたし、ナノグラフェンらくらく合成なので今回はこちら。なお、同グループのperspectiveが最近JACSで出てるのでこちらもどうぞ。

Polycyclic Arene Synthesis by Annulative π-Extension
H. Ito, Y. Segawa, K. Murakami, and K. Itami
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/jacs.8b09232


2018Year 04 Structure05carbene.jpg

A crystalline monosubstituted carbene
G. Bertrand, et al.
Nat. Chem. 2018, 10, 1196.

安定に取ってこれる末端カルベン。コンパクトに見えるけどAr略さず書いたら恐ろしくでかくなったのでその辺勘違いしないように。それくらい嵩をデカくしてやってなんとか取ってこれるほどにやっぱり反応性高いのねカルベン。安定とはいってもそれでも-40℃までという反応性はやはりカルベン。よーとってきたな感。



・天然物合成オブザイヤー

2018Year 01 NatProdSynth01amanitin.jpg

Synthesis of the Death-Cap Mushroom Toxin α‑Amanitin
D. M. Perrin, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 6513

ベニテングダケ毒成分のα-アマニチンの全合成。でっかい環状ペプチドの真ん中部分がトリプトファンインドールとキラルなスルホキシドで架橋されてるところが特徴。ターゲットがターゲットだからてっきりもうやられてるのかと思ってたのに初の全合成だってのが意外。まあこういう毒成分は技術的に合成できるかどうかといった話よりも、構造が天然物に近づく合成後半で(毒性が)やばいのでそういう苦労もあろうかと(例えば合成後半で担当者が毒性のせいでバッタバッタと倒れてるのにPIが締め上げて働かせた話は某国ブラック研話の鉄板)


2018Year 01 NatProdSynth02phomactin2.jpg

Isolation, synthesis and bioactivity studies of phomactin terpenoids
S. Jancar, R. G. S. Berlinck, R. Sarpong, et al.
Nat. Chem. 2018, 10, 938.

新規PhomactinシリーズQ-Vの単離、生物活性とそれらを含むphomactin類のdivergentな全合成。一時期ちょっと流行ったターゲット(phomactin A)を含めてしんどい構造のやつをまとめて仕留めるあたりは見事。


2018Year 01 NatProdSynth03plumisclerin.jpg

Enantioselective Total Synthesis of (+)-Plumisclerin A
Z.-J. Yao, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 13313

渡環型シクロブタン環を持つどうかしてる骨格の天然物合成。何がすごいって合成そのもの以上にこの原料持ち上げの物量(本文スキームにも書いてる)。ランタン-BINOL不斉Michael反応26gスケールに、LAH還元・Dess-Martin酸化160gスケールですよもう。塩化ランタンそんな高くないとは言え10mol%も使う反応をこのスケールでBINOLリガンド用意してやっちゃうマネーの力とLAH還元とDess-Martin酸化をラボでこのスケールというデンジャラスっぷり(;´Д`)
ちゃいなぱわーおそるべし。


2018Year 01 NatProdSynth04hybridaphniphylline.jpg

Total Synthesis of Hybridaphniphylline B
A. Li, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 4227

もうなんというかそもそも合成ターゲットに選んでる時点でやばいデカさ。名前もハイブリッドですよハイブリッド。[4+2]で天然でも合成されてることは簡単に予想できるとはいえ、そもそもしんどいDaphniphyllumアルカロイドをついでに他の類縁天然物も合成しつつ本体も全合成しちゃうという。ちゃいなぱわーおそるべし(本日2回目)。


2018Year 01 NatProdSynth05Stryga.jpg

A femto-molar range suicide germination stimulant for the parasitic plant Striga hermonthica
D. Uraguchi, T. Ooi, Y. Tsuchiya, et al.
Science 2018, 362, 1301

プレスリリース (名古屋大学HP, PDF)

天然物合成じゃないって?天然物ベースだし農薬つながりだからセーフセーフ。
世界的大問題となっている穀物の寄生植物ストライガ。「魔女の雑草」っていう別称は何となくかっこいいけど冗談にならないレベルで穀物が大打撃を受けてます。これを宿主がない状態で強制的に発芽させることで餓死させようというアプローチが長らく続けられてきましたが、このスフィノラクトン-7はナノスケールよりもさらに少なくフェムトモルレベルで効果を、ストライガ選択的に示す究極分子。分子自体の効果もすごいけど、この研究自体が元々のターゲット分子に含まれていた高活性の微量副生成物の発見にある点も注目すべきところ。目的物だけ取ってほか調べもせずにポイ捨てしてたらダメよ。


・反応オブザイヤー
もとよりこのブログ、自分の勉強と備忘録目的なのでこのセクションが割と重要だったりするのです。そんなわけですげー反応だけでなく後々役に立ちそうな反応やテクもそろえています。

2018Year 03 Reaction01Birch.jpg

A Practical and Chemoselective Ammonia-Free Birch Reduction
J. An, et al.
Org. Lett. 2018, 20, 3439

バーチ還元にアンモニアは不要!!クラウンエーテル+Naによる溶媒和電子の発生 (有機化学論文研究所)

今年衝撃を与えたスマッシュヒット論文といえばこれ。猛毒のアンモニアガスをドライアイスで冷やして液化させ、お高い金属Liや危なっかしい金属Naを混ぜて極低温でなんやかんや→反応終わった後もアンモニアめっちゃ臭いし大がかりで大変なことでおなじみBirch還元。芳香環の還元のほかbenzyl系保護基の除去にも多用されるのでこの簡便さは衝撃的。クラウンエーテルを結構な量使うので原料合成としては使いづらいけど、たかだか数mg以下のモノのためにアンモニアボンベ引っ張り出してなんやかんやする必要がなくなることを考えると、大スケールよりも先端での合成や全合成最終段階といった小スケール系で威力を発揮する感じがします。金属Naそのものよりも自然発火性がなくて使いやすいと最近噂のNa分散体が使えるという点もミソ。NaHみたいに油まぶしてるだけかなと思ってたんだけどシリンジでも吸えるのね。こりゃ便利。アルカリ金属インゴットをもんじゃコテで切り刻んで伸ばし伸ばししてくの結構好きなんだけどなー(聞いてない)

金属ナトリウム分散体については以下参照↓
金属ナトリウム分散体とは(神鋼環境ソリューション)
SD(金属Na分散体)の新規用途への展開(同上, PDF)
Sodium Dispersionの新展開(とある化学の超ガテン系)
Revisiting of Benzophenone Ketyl Still: Use of a Sodium Dispersion for the Preparation of Anhydrous Solvents
(↑ベンゾフェノンケチルでの溶媒蒸留を金属Na分散体を使って安全に行う論文)
K. Okano, A. Mori, et al.
ACS Omega 2018, 3, 12703


2018Year 03 Reaction02N3Protect.jpg

Transient Protection of Organic Azides from Click Reactions with Alkynes by Phosphazide Formation
S. Yoshida, T. Hosoya, et al.
Org. Lett. 2018, 20, 4126

反応性が高いのにこれまで保護のしようがなかったアジド基を保護するという新手法。それもアリールアジドを優先的に保護できる選択性付き。一方を保護してそのまま保護されてない方のN3をクリック→S8で脱保護することでジアジドでも選択的に利用が可能に。


2018Year 03 Reaction05DBU.jpg

Breaking the Base Barrier: An Electron-Deficient Palladium Catalyst Enables the Use of a Common Soluble Base in C−N Coupling
S. L. Buchwald, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 4721
【解説】
All about that base
K. Geogheghan
Nat. Chem. 2018, 10, 487

クロスカップリングの塩基って大概の場合有機溶媒に溶けない炭酸塩やアルコキシドなどの無機塩基だったものを、可溶なDBUなどの有機アミンの利用を可能にしたC-Nカップリング。一気にやれることが広がりそう。


2018Year 03 Reaction04epi.jpg

Epimerization of Tertiary Carbon Centers via Reversible Radical Cleavage of Unactivated C(sp3)−H Bonds
G. He, P. Liu, G. Chen, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 9678

カルボニルα位やベンジル位でもなんでもない周りになんにもないC-Hをエピらせるというすごいやつ。もう何でもなんでもできそう。試薬が試薬なのによーアジド入らんな感。


2018Year 03 Reaction03suzuki.jpg

Suzuki−Miyaura Coupling of Simple Ketones via Activation of Unstrained Carbon−Carbon Bonds
G. Dong, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 5347

今年前半は割とGuangbin Dong祭りが繰り広げられてた気がするんだけどもその中から1報。鈴木―宮浦カップリングをハライドとじゃなくケトンとやってしまうというもの。適用範囲めっちゃ広がりそう。それにしても条件複雑すぎてよくこんなん見つけてきたな。


2018Year 03 Reaction05Oxidation.jpg

Revisiting Sodium Hypochlorite Pentahydrate (NaOCl·5H2O) for the Oxidation of Alcohols in Acetonitrile without Nitroxyl Radicals
T. Hirashita, et al.
Synlett 2018, 29, 2404

アルコールの酸化をジアソー(次亜塩素酸ナトリウム5水和物)で。TEMPO酸化の共酸化剤としてよく使われますが、ニトロシルラジカルなくても酸化起こるのね。地味に見えますが、お手軽試薬でしかも2級アルコール選択的に酸化できる手法は貴重。なお、ジアソーの総説は去年のオブザイヤーにも出しましたが改めてリンク貼っておきます。

Sodium Hypochlorite Pentahydrate Crystals (NaOCl·5H2O): A Convenient and Environmentally Benign Oxidant for Organic Synthesis
M. Kirihara, Y. Kimura, et al.
Org. Process Res. Dev. 2017, 21, 1925



2018Year 03 Reaction07TCOFlow.jpg

Large-Scale Flow Photochemical Synthesis of Functionalized trans-Cyclooctenes Using Sulfonated Silica Gel
A. Darko, S. J. Boyd, J. M. Fox
Synthesis 2018, 50, 4875

Rapid Production of trans-Cyclooctenes in Continuous Flow
F. P. J. T. Rutjes, et al.
ChemPhotoChem 2018, 2, 898

最近はclick反応にもよく使われるようになったtrans-シクロオクテン。よく利用される合成法の一つが、cisのシクロオクテンを光で異性化→cisとtransが混ざるので硝酸銀を混ぜたシリカゲルカラムを通す→trans体は銀シリカに保持されるのでcis体だけ出てくる→光異性化→以下繰り返し→最後にシリカ銀からアンモニア水などでtrans体をはがしてゲット、というもの。Cis/transの比が悪い場合にはこれをバッチ反応でやるのは実にしんどいので連続リサイクルフロー化した手法が過去に報告されているのですが(J. M. Fox, et al. J. Am. Chem. Soc., 2008, 130, 3760)、それをさらに改良し大量に使える硫酸銀担持シリカカートリッジによる合成法が登場。そして別のグループであるRutjesからはシリカを使わず硝酸銀水溶液との液-液2層系としたリサイクル連続フローシステムが提案。


2018Year 03 Reaction06catTCO.jpg

Trans-Cyclooctenes as Halolactonization Catalysts
K. Asano, S. Matsubara, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 13863

で、そのtrans-シクロオクテンをなんと触媒として利用したハロラクトン化反応が登場。本当にtrans-シクロオクテンそのものが触媒サイクルになっているかどうかはまだわからないそうですがいずれにしてもこんなん触媒になるんだってなった今年の論文筆頭。なおこのtrans-シクロオクテン触媒分子は光異性化じゃなくて脱離で合成。


Nuances in Fundamental Suzuki−Miyaura Cross-Couplings Employing [Pd(PPh3)4]: Poor Reactivity of Aryl Iodides at Lower Temperatures
A. C. Bissember, et al.
Organometallics 2018, 37, 1745

クロスカップリングの反応性はAr-I > Ar-Br。なのにPd(PPh3)4を使った鈴木-宮浦反応の時、なぜか低温反応だとAr-Iの方が劇的に反応性が落ちるという謎現象とその解析について。こう言うnegative resultsを基にした論文はすごくありがたい。


Concerted nucleophilic aromatic substitutions
E. N. Jacobsen, et al.
Nat. Chem. 2018, 10, 917.
【解説】
Meisenheimer Complexes in SNAr Reactions: Intermediates or Transition States?
A. J. J. Lennox
Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 14686

講義でMeisenheimer中間体を経由するってならったはずのSNAr反応が、実はそんなんじゃなくて協奏的に進行しててMeisenheimer錯体は経由しない、という論文。Meisenheimer錯体自体がないわけではないのでそこは注意、ただニトロとかついてる系など限られているだけで。これ教科書変わっちゃう話では。こういう基礎的な話も割と結構ひっくり返ること多いんですよね最近。


・危なくないオブザイヤー

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An Isolable and Bench-Stable Epoxidizing Reagent Based on Triazine: Triazox
K. Yamada, M. Kunishima, et al.
Org. Lett. 2018, 20, 2015

Intrinsically Safe and Shelf-Stable Diazo-Transfer Reagent for Fast Synthesis of Diazo Compounds
M. Ma, et al.
J. Org. Chem. 2018, 83, 10916

Bench-stable 試薬オブザイヤー2種。最近は論文で出す新試薬もbench stableで売っていくスタイル多いけど1,3,5-トリアジン骨格のやつでまとめました。一つは安定な過酸ソースTriazox。オレフィンのエポキシ化に問題なく使用可能。もう一つはジアゾ移動のための試薬。特にこの二つはこれまでに使われてきた試薬類が危なっかしいものばかり、mCPBAは純粋に精製すると危ないし(なので市販品は2,3割カルボン酸が混ざってるし湿ってる)、ジアゾ移動に使うTsN3などのスルホニルアジドも系内でそのまま使うならまだしも単離して取ってくるのはちょっと・・・。工業化や市販化など詳細な安全性はこれからでしょうけど、どちらも安定な固体として使えるのがうれしい。実はジアゾ化試薬は同じようなデザインをちょっと前に考えてたことあったんだけどこんなすぐ出されたんじゃ手を出さないでいてよかった・・・。

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2019.06.10追記

上述のジアゾ化試薬ですが、追加情報があり、安全性試験のDSC測定がウルトラ雑で、実際には「全然安全じゃない」という指摘論文が現れました(TsN3と同じくらいらしい、って安全じゃないじゃん)。そしてそれを受けて元論文の訂正も出されています(しかも大昔のBull Chem. Soc. Jpn.に類似化合物のDSC測定があったというおまけまでついてる)。

Diazo-Transfer Reagent 2-Azido-4,6-dimethyl-1,3,5-triazine Display Highly Exothermic Decomposition Comparable to Tosyl Azide
J. P. Hallett, P. W. Miller, J. A. Bull, et al.
J. Org. Chem., 2019, 84, 5893


Correction to Intrinsically Safe and Shelf-Stable Diazo-Transfer Reagent for Fast Synthesis of Diazo Compounds
M. Ma. et al.
J. Org. Chem. 2019, 84, 7541.


ADT : Intrinsically SafeではなかったDiazo-Transfer Reagent (とある化学の超ガテン系)
至高のDizao-Transfer試薬はどれだ?(とある化学の超ガテン系)

というわけでこのADTは安全オブザイヤーから脱落したわけですが、タイトル前面に安全性打ち出しておいて、それが完全否定されたのにcorrectionで済ますのはいかがなものかと思うのですが。正直retractものだと思うのだけども。
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2018Year 02 Reagents03Waser.jpg

Cyclic Hypervalent Iodine Reagents for Azidation: Safer Reagents and Photoredox-Catalyzed Ring Expansion
J. Waser, et al
J. Org. Chem., 2018, 83, 12334

危なくなくなったわけではないけど前よりは危なくなくなった話。超原子価ヨウ素アジド試薬のZhdankin試薬を改良し、その熱、衝撃、摩擦に対する安定性と反応への適用性を確認。


2018Year 02 Reagents02iodine2.jpg

Safer Synthesis of (Diacetoxyiodo)arenes Using Sodium Hypochlorite Pentahydrate
K. Miyamoto, M. Uchiyama, et al.
J. Org. Chem. 2018, 83, 14262

で、また超原子価ヨウ素ですが、非環状のλ3型超原子価ヨウ素試薬類の、より安全な作り方。Oxoneの代わりにジアソーを使うことで達成。さっきのTriazoxみたいに安全性を考慮した反応や試薬合成の需要どんどん増えてるなあ。


2018Year 02 Reagents03N3Phe.jpg

Synthesis and Explosion Hazards of 4‑Azido‑L‑phenylalanine
M. B. Richardson, G. A. Weiss, et al.
J. Org. Chem. 2018, 83, 4525

で、今度はアブないヤツ。いかにもペプチドとかに導入してクリックしちゃいたくなる4-アジドフェニルアラニン。それの合成法がなぜかまともなものがなかったのでちゃんと作れるようにしたら、なんとこれが爆発性をもっていたという。炭素数的には問題ないんだけど、炭素数だけで安心しちゃだめよ、っていういい例。


2018Year 02 Reagents03NBS.jpg

Identification of an Unexpected Impurity in a New Improved Synthesis of Lesinurad
A. Halama, et al.
Org. Process Res. Dev. DOI: 10.1021/acs.oprd.8b00316

爆発とかそういうのはないんだけど、気を付けようオブザイヤー論文。NBSでブロモ化したはずなのにクロロ化もされちゃったでござる事件の話。再結晶したら解決。ウチもなぜか欠片も使ってなかったはずの臭素が入った(MSで判明)ってことあったからなあ。市販の試薬きたないヤツわりとあるから(そもそも買われた段階で製造からだいぶ経ってるやつもあるし)ちゃんと再結晶とか蒸留とかできるやつはしておくのが吉。関係ないようなあるようなだけどNBS、水で分解するっていうわりに再結晶溶媒が水なのほんと不思議。


・分析オブザイヤー

Rapid Structure Determination of Microcrystalline Molecular Compounds Using Electron Diffraction
T. Gruene, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 16313

The CryoEM Method MicroED as a Powerful Tool for Small Molecule Structure Determination
B. M. Stoltz, J. A. Rodriguez, H. M. Nelson, T. Gonen, et al.
ACS Cent. Sci. 2018, 4, 1587

小分子のX線結晶構造解析で話題となった2報。自前の結晶解析装置・システムによる前者とCryoEMによる後者。どちらも粉体クラスの微小結晶で、しかもきわめて短時間で構造決定を行ってしまえるというもの。1日近くは測定自体に最低かかってたしそもそもそのための単結晶作成が大変な難問だったのに、そのうちNMR並みのルーティン分析になっていくんかしらねえ。

個人的にはこれら論文の経緯として、前者のアンゲ論文が出た直後に後者のプレプリントがChemRxivに登場したところが最近のトレンドだなあと (実際後者論文の最後の方にpreprint以後の更新点の項目あり)。査読で無理難題出されて足止め食らってる間に先に出されてオワタってなるのが一番アホらしいもんね。論文数の激増と投稿加速の流れからすると投稿前プレプリントの利用は今後ますます増えていくんだろうなあ、とすごく思わされた論文でもあります。


Exposing the Origins of Irreproducibility in Fluorine NMR Spectroscopy
A. D. Gossert, A. Togni, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 9528

最近ますます増えるフッ素化学に関連。19FのNMRは存在比100%なので13Cと違って測定が楽ちん。でもその値がずれまくるという問題が。その原因と解決法を探る論文。


A Practical Beginner’s Guide to Cyclic Voltammetry
J. L. Dempsey, et al.
J. Chem. Educ. 2018, 95, 197

最近ますます熱い電解反応。もちろん機能材料の時でも測るけどその酸化還元電位を測る分析であるサイクリックボルタンメトリーに関する論文、というより初心者向けのガイドなので持っておくといいかも。


・総説オブザイヤー

The DARK Side of Total Synthesis: Strategies and Tactics in Psychoactive Drug Production
S. D. Townsend, et al.
ACS Chem. Neurosci. 2018, 9, 2307

Chemical Interventions for the Opioid Crisis: Key Advances and Remaining Challenges
K. D. Janda, et al.
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/jacs.8b09756

オピオイドクライシス等々の薬物関係2報。そのアカデミックな合成からヤバイ闇合成まで歴史的に見ていき、直面する問題を考える総説。


Cubanes in Medicinal Chemistry
M. Kassiou, et al.
J. Med. Chem. DOI: 10.1021/acs.jmedchem.8b00888

分子サイコロのキュバン。きわめてひずんだ構造から主に物性メインでの研究が開発時には進行していましたが、ベンゼン環のbioisostere(生物学的等価体)としても着目されるようになりました。そんな誘導体の合成例まとめなど。


3d Transition Metals for C-H Activation
Lutz Ackermann, et al.
Chem. Rev. DOI: 10.1021/acs.chemrev.8b00507

3d遷移金属を用いたC-H結合活性化の総説。それはそれでまあ流行りだからいいとして、そのボリュームたるやなんと驚きの250ページ越え。ASAP段階でファイルサイズが80MB越えてるし、reference番号に至っては2017番到達。もう本じゃんこれ!


・その他読み物オブザイヤー

Changing demographics of scientific careers: The rise of the temporary workforce
S Milojević, et al.
Proc Natl Acad Sci USA 2018, 115, 12616

研究者コミュニティにおける同期の減少速度が分野に寄らず50年前より大きく加速、大体5年で半分いなくなってる、という恐ろしい調査結果。Half Life of Cohortsというグラフがなんとも(白目)。


Dos and Don’ts: Thoughts on How To Respond to Reviewer Comments (Editorial)
F. P. Gabbaï, and P. J. Chirik
Organometallics 2018, 37, 2655

The Five Stages of Rejection (Editorial)
P. Shiv Halasyamani, W. B. Tolman
Inorg. Chem. 2018, 57, 9, 4789.

みんなrejectされてるかーい?(白目
というわけでreviewerに対する対応等々。どうかしてるコメント、お前こっちの事情分かれや、とか山のようにもらうわけですが、『うるせー!』ってキレたら最後やで(でもすげー言いたい)。アンガーマネジメント。


ダッシュ,プライム (田野村忠温)
『数学セミナー』2018年8月号 P54

「’」の読み方についてのコラム。
「SN2’反応」は『SN2プライム』って習ってた(というか「ダッシュと呼んではいかんと言われた」)マンとしては
(゚Д゚)<最近の若者はSN2ダッシュと読んでおりケシカラン!
とか思ってたけど実はそもそもどっちでもよかったという話。歴史的な流れが載ってて面白かったです。図書館とかに置いてるはずなので気になる方は探してみましょう。


「G.N.ルイスはなぜノーベル賞を受賞しなかったか」を巡って (廣田襄)
『近畿化学工業界』(近畿化学協会誌) 2018年8月号 P1

ルイス酸ルイス塩基、ルイス式でおなじみのルイスのはなし。すごい成果を出したら自動でノーベル賞取れるとお思いで?科学だって人間社会、薄汚い話やら工作やら人脈がモノを言うのは変わらんのよ。そしてやっぱりコミュ障は損しかしませんね(白目)。近畿化学協会の会誌(オンラインだとパスワードがいるらしい)なので紙媒体で読みたい場合にはご近所の会員捕まえるかもしくは入会しましょう(今から入会してもこのバックナンバー読めないじゃんというツッコミはやめたまえ)


・Correctionオブザイヤー
なんやねんこのコーナー。まあRetractionの企画は今年の真ん中位にやっちゃったからしかたない(勝手に投稿したことをなかったことにしようとした話)。

Correction to “Catalyst Selection Facilitates the Use of Heterocyclic Sulfinates as General Nucleophilic Coupling Partners in Palladium-Catalyzed Coupling Reactions”
M. C. Willis, et al.
Org. Lett. 2018, 20, 3148

Willisおなじみのスルフィン酸を用いたPd触媒的クロスカップリング。で、これの何に対して訂正がかかったかというと、なんと「ホットプレートの温度コントロールがポンコツで、思ってた温度じゃなかった」というもの。結果、実際の温度はだいぶ変わるという目に遭って100℃で行くと思ってた反応は実は120℃でした→図表総とっかえ、という憂き目に。冷却もだけど設定目盛りは鵜呑みにしちゃだめだぞ!ちゃんと温度計は確認!


以上、2018年論文オブザイヤーでした!あーしんど(;´Д`)

posted by 樹 at 09:00| Comment(0) | 有機化学 | 更新情報をチェックする
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