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2018年11月13日

アリルGrignard試薬だけ違う話

順調に実生活でこれの中の人であることが広まりつつある管理人ですおはようございます(白目)

さて、有機マグネシウムハライド試薬ことGrignard試薬(R-Mg-X)は有機合成において最も一般的な試薬の一つであり、
窒素・アルゴン雰囲気下での初めての反応として使うことも多いかと思います。ハロゲン化物(R-X)に対して活性化した金属マグネシウムを作用させて酸化的挿入、もしくはiPrMgBrを用いた交換反応によって一般的には調製しますが、Me, Et, Ph, H2C=CH, HC≡Cなど汎用的なものの場合には買っちゃったほうが早いか。

1GrignardAllyl10Intro.jpg

使用用途としては、単純に言えばカルバニオン(R-)ソースなので、カルボニルに炭素ユニットをぶっ挿したり、銅触媒を併用して不飽和ケトンに1,4-付加したりするのによく使われます。また、クロスカップリング的にはNi触媒による熊田カップリングにも用いられます。ただ、その詳細な反応機構は有機リチウム種と同様簡単なものではなく、会合状態や選択性に影響する場合もあれば、Grignard試薬の場合にはジアルキルMgとMgX2とのSchlenk平衡が存在し、こう言った化学種が影響することもあります。まあなんにしても様々な種類のアルキル、アリールユニットを持った試薬の調製例が知られていますし、信頼度の高い反応として幅広く利用されております。



ところで、


GrignardAllyl01Aizen.jpg


ちなみに過去の藍染シリーズ(?)↓
・光延"反転"の話
最近Woerpelらは、Grignard試薬のなかでもアリルGrignard試薬類の反応性に着目した研究を続けて報告しており、今回はそれを中心にした話です。

K. A. Woerpel, et al.
Allylmagnesium Halides Do Not React Chemoselectively Because Reaction Rates Approach the Diffusion Limit
J. Org. Chem. 2017, 82, 2300


Additions of Organomagnesium Halides to α-Alkoxy Ketones: Revision of the Chelation-Control Model
Org. Lett. 2017, 19, 3346


Mechanistic Insight into Additions of Allylic Grignard Reagents to Carbonyl Compounds
J. Org. Chem., 2018, 83, 10197


(Short review)
Reactions of Allylmagnesium Halides with Carbonyl Compounds: Reactivity, Structure, and Mechanism
Synthesis 2017, 49, 3237



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01.07.2020追記
WoerpelがついにアリルGrignard試薬だけで総説を出してしまいました。上記の論文含めた反応機構の総まとめ論文になります。

Reactions of Allylmagnesium Reagents with Carbonyl Compounds and Compounds with C═N Double Bonds: Their Diastereoselectivities Generally Cannot Be Analyzed Using the Felkin–Anh and Chelation-Control Models
K. A. Woerpel, et al.
Chem. Rev DOI: 10.1021/acs.chemrev.9b00414

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学部の有機化学では『カルボニルに対する付加反応で一番反応性が高いのはアルデヒドで、ケトン、エステル、アミドになるにしたがって反応性が悪くなる』と習うはずで、Grignard試薬の反応も当然それに従います。
が、プレニルを含めたアリル型のGrignard試薬はそんな常識をガン無視し、全く選択性を出すことなく、アルデヒド:ケトン=1:1で反応してしまいます。

1GrignardAllyl05KetoneAldehyde.jpg

実際同位体効果を見ても、メチルと違い、アリルはほとんど同位体効果の影響を受けていません。Hammet則のρ値を比較してもメチルとアリルでは反応形式が違うことが見て取れます(比較が2つしかないからこれだとメチルが変なのかアリルが変なのかわかりませんが)。

1GrignardAllyl08Isotope.jpg


また、Grignard試薬の反応で基質のカルボニルα位にエーテルなどの酸素官能基がある場合、α-キレーション(と世間的には言われているけど、Woerpel的にはそれとは違うなにか)による影響で配位官能基のない基質よりも早く反応することもよく知られています。付加の立体選択性にも大きく影響する反応機構なのですが、これもアリル型Grignard試薬は知らぬ存ぜぬを通し全く選択性が出ません。こういったことをされると合成戦略めちゃくちゃになるので困るんですけど・・・。
実際、化学選択性どころか、α-キレーションコントロールモデルで反応で高い立体選択性が発現するはずのケトンへの付加でも、アリル試薬はほかのGrignard試薬と比較して圧倒的に低い選択性、下手するとほとんど選択性がない場合すらあります。

1GrignardAllyl04chelation.jpg

一方、溶媒を非配位性の塩化メチレンに替えると選択性が改善しています(論文の条件では、Grignard試薬溶液のTHF, etherを完全に飛ばしてCH2Cl2で置換した上で反応させている)。まあアリルに限らず、Grignard反応の場合塩化メチレンなど非配位性溶媒に替えると付加選択性が大幅に変わり逆転することすらあるので、選択性が出ない場合には検討事項に入れておきましょう。
ちなみに、CH2Cl2に替えても上述のα位の配位性官能基の有無による反応速度の差は出なかったとのことなので「非配位性溶媒にしてキレーションが復活したから」という理由ではないようです。

1GrignardAllyl09Stereo2.jpg

なお、プレニルGrignard試薬は通常基質にはリバース・プレニル基として導入され(6員環遷移状態型での進行)、強烈にカルボニル基周辺がかさ高くなった場合にやっとプレニル基として反応するようになるので、プレニル基を入れたいと思っている場合には注意です。

1GrignardAllyl07Prenyl.jpg


こうしたアリルGrignard試薬の斜に構えた協調性のない反応性は、不飽和カルボニル化合物に対する共役付加においても見られます。ケトン・チオエステルのα,β,γ,δ-不飽和化合物に対するGrignard試薬の反応性は、銅触媒無しでも1,4-付加が進行することが最近明らかにされていますが、アルキル、アリール等々そろって1,4-付加してるというのに、アリルGrignard試薬は空気を読まずにno reaction。なお、α,β,γ,δ-不飽和ケトンの場合でも、普通のGrignard試薬は同様に銅なしでも1,4-付加をするのですが、アリル、メチルなどは1,2-付加になり、やはり周りに流されない孤高の存在感を出してます。

1GrignardAllyl06Michael.jpg

Regioselective 1,4-Conjugate Addition of Grignard Reagents to α,β–γ,δ-Dienones and α,β–γ,δ-Dienyl Thiol Esters
E. Amoah, R. K. Dieter*
J. Org. Chem. 2017, 82, 2870



こうした圧倒的に異なる反応性は他のところにも表れています。通常こうしたGrignard試薬などは禁水系で反応が行われ、当然基質中に丸出しの水酸基やアミドNHなどがあれば反応性は劇的に低下します。ところがどっこい、アリルGrignard試薬はそんな酸性水素など意に介さず、普通に反応が進行します。それどころか水が入っていても反応するというタフさ。

1GrignardAllyl03NH.jpg

1GrignardAllyl02Water.jpg

Ultrafast Grignard addition reactions in the presence of water
G. Osztrovszky, T. Holm, R. Madsen
Org. Biomol. Chem. 2010, 8, 3402.



じゃあなんでアリルGrignard試薬だけこんなに違うのかといったことは当然疑問に思うわけです。Grignard試薬自体は早い平衡のη1型であり、η3型では観測されていないということは分かっています。しかし、そもそも会合状態やSchlenk平衡など、考慮しないといけない要素があまりにも多く、Grignard試薬の反応機構は実際のところよくわかっていません。ただ、アリルGrignard試薬の反応は拡散律速(つまり基質に触れたとたん即反応する)であることが言われており、この辺の反応性の違いが影響した結果と考えられています。
ちなみに1電子移動での反応機構もよく言われますが、これは試薬よりも基質に大きく依存し、Woerpelらはラジカルクロックの結果から「脂肪族アルデヒド」への付加は1電子移動での反応は含まれないとしています。

Evidence that Additions of Grignard Reagents to Aliphatic Aldehydes Do Not Involve Single-Electron-Transfer Processes
D. A. L. Otte, K. A. Woerpel
Org. Lett., 2015, 17, 3906


なお、「アリルGrignard試薬だけ」と過激に書きましたが、アリルほどではないにしてもメチルやベンジル型のGrignard試薬も割と通常のGrignard試薬とは違った反応を示す場合があるので、こちらも留意しておきましょう。

というわけで、アリル付加だけ変な結果を出しても「なん・・・だと・・・?」とかならないで、こういった前例を知っておけば
(゚Д゚)<なんでそんなんなるんや!君の腕ガー
みたいに報告会で言われても反撃可能なのでしっかり武装しておきましょう(ぉ

posted by 樹 at 09:00| Comment(0) | 有機化学 | 更新情報をチェックする
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