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2018年06月13日

でっかい保護基の話

(6/13 NAPOM資料、クマリン、Fmoc等追加、6/18 熱力学的→「速度論的」に訂正、7/15 「Tsoc」追加)

有機化学における分子合成では、安全に目的分子を合成するために弱い官能基を保護しながら進めていき、しかるべきタイミングで元の状態に戻す(脱保護する)といったステップがしょっちゅうです。このため、官能基ごと、耐性、脱保護条件といった様々なパラメータを持った保護基がこれまでに無数に開発されており、保護基だけでも広辞苑レベルの分厚い本が出来上がるくらいです。最近は天然物合成も保護基を使わない短工程合成がトレンドになっていますが、そうは言っても物には限度があるでよ。


Protective00.jpg



こうした保護基の中でも、官能基そのものの修飾による保護のほか、物理的なデカさも利用した保護基もいろいろ知られています。というわけで今回は保護基のなかでもでっかいやつを中心にまとめてみました。

なお、デカさを実感してもらうために略号による省略はなるべくしていません(さすがにメチルはMeで書いてますが)。


官能基保護のための炭素系保護基でかさ高いものというとトリチル基(トリフェニルメチル, Tr)がメジャーどころかと思います。でかすぎて1級水酸基にしかはいらないので位置選択的保護に利用されます。SN2反応じゃなくてSN1反応よ。なので安定カルボカチオンを発生させる酸性条件が脱保護条件に。さらに電子供与性を上げたメトキシトリチル(MMT, MMTr)、ジメトキシトリチル(DMT, DMTr)もあり、より簡便に脱保護できるので核酸合成の分野で多用されています。アシル系だとピバロイル基(Piv)、カルバモイル系だとFmoc基が比較的大きい保護基としてよく使われます。

Protective02_TrPiv2.jpg


他のアルキル系保護基ではいうほど大きな保護基はあまりみませんが、ベンジル(Bn)のベンゼン環をナフタレンに拡張したナフチルメチル基(NAP)基があります。ただしこれは巨大さによる遮蔽や選択的導入を売りにしたものではなく、肝心なところで外れないことでおなじみのBn基の脱保護能を向上させたものです。BOMのNAP版、NAPOM基も近年鳥飼らによって開発され、NAPOM化のためのNAPOM-Clは市販もされています。同じような2環性保護基では、光照射によって外すことができるクマリン系保護基(DEACMなど)や、Fmoc基のフルオレン部分である3環性のFm基もあります。どちらも簡便に外せるため、リン酸の保護基として天然物合成の他核酸合成にも利用されています。

カルボニルのアセタール化による保護では、最近同じくナフタレンを持ったものが瀧川、鈴木らのtetracenomycinの全合成で用いられています。これも大きさよりも脱保護能によるチョイスで、単なるベンゼン環のものは最後の最後に外れなかったそうです。

Protective01_ether2.jpg
[NAPOM]
2‑Naphthylmethoxymethyl as a Mildly Introducible and Oxidatively Removable Benzyloxymethyl-Type Protecting Group
T. Sato, T. Oishi, K. Torikai
Org. Lett. 2015, 17, 3110


ナフチルメトキシメチル:穏和な条件で導入・除去可能なヒドロキシ保護基 (新技術説明会資料, PDF)

[DMN]
First Total Syntheses of Tetracenomycins C and X
H. Takikawa, K. Suzuki, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 12608.



さて、でかい保護基といえば、簡単に入れられて頑丈で脱保護にも定評のあるシリル系保護基が天然物合成では多用されます。トリメチルシリルは簡単に外れちゃいますがそれを利用したものが向山アルドール反応です。一般にはかさ高くなればなるほど頑丈になっていき、脱保護のバランスからTBDPS, TIPSが合成では用いられますが、そこまで頑丈にする必要がない場合、TBS(TBDMS)基がファーストチョイスかなと思います。ほかにもDEIPS基など様々なものがすでに開発されています。このシリル系保護基といえばE. J. Coreyにより発展した化学でもあるのですが、本人は近年もBIBS基という強烈にかさ高い、TIPSよりも外れないけどFで簡単に外せる保護基を報告しています。ちなみに究極のかさ高さを持つトリtert-ブチルシリル基自体は1970年代にはすでに開発されているようですが、嵩高過ぎて作りにくい、くっつけづらい、外せない、ということで、なんでもでかくすりゃいいってもんでもないようです。なおFmocのようなカルバモイル系でのケイ素体”Tsoc”も報告があり、最近全合成でも利用があります。

Protective03_silyl3.jpg
[DEIPS]
The diethylisopropylsilyl group: A new protecting group for alcohols
K. Toshima, S. Mukaiyama, M. Kinoshita, K. Tatsuta
Tetrahedron Lett. 1989, 30, 6413


[BIBS]
Di-tert-butylisobutylsilyl, Another Useful Protecting Group
E. J. Corey, et al.
Org. Lett. 2011, 13, 4120


[Tsoc]
Triisopropylsilyloxycarbonyl (“Tsoc”): A New Protecting Group for 1° and 2° Amines
B. H. Lipshutz, et al. J. Org. Chem. 1999, 64, 3792
[全合成利用例]
Total Synthesis of Belizentrin Methyl Ester: Report on a Likely Conquest
A. Fuerstner, et al. Angew. Chem. Int. Ed. DOI:10.1002/anie.201805125


そのケイ素系保護基ですが、さらなる嵩高さを見せつつも、導入反応点周囲に十分な空間を担保できるスーパーシリル基(Si*)というものも存在します(CよりSiの方が原子半径でかいのでt-Bu3Siよりもでかいけど中心Siは混んでない)。物自体はだいぶ前からあったのですが、山本らはそれらをカルボン酸の安定保護基として利用したり、立体選択的アルドール反応へと展開しています。

Protective04_supersilyl.jpg
[Super silyl, Si*]
The Super Silyl Group in Diastereoselective Aldol and Cascade Reactions
M. B. Boxer, B. J. Albert, H. Yamamoto
Aldrichimica Acta 2009, 42, 3 (PDF).


一方、上のような保護基としてのケイ素とは逆に、ケイ素の保護基としての炭素骨格もあります。Tackeらは電子密度の高いdimethoxy, trimethoxyphenyl基(DMOP, TMOP)をケイ素にくっつけておくことで、ケイ素を一時的に保護しています。脱保護は簡単、酸処理するだけ。これはケイ素のα効果β効果(Siのα位アニオン、β位カチオンを安定化する、向山アルドール反応、ビニルシラン、櫻井-細見反応に重要な効果)を考えれば、Siのついたipso位炭素でプロトンを捕まえやすくなって脱Siによる再芳香族化で外れることがわかると思います。2,6位が置換されているので込み入っているといえばいえるのですが、これは導入法(ortholithiation)による理由の方が大きいのではという気も。


Protective05_TackeTMOP.jpg
[DMOP, TMOP]
The 2,4,6-Trimethoxyphenyl Unit as a Unique Protecting Group for Silicon in Synthesis and the Silylation Potential of (2,4,6-Trimethoxyphenyl)silanes
R. Tacke, et al.
Organometallics 2007, 26, 6014



さて保護基は化学変換から官能基を守る目的のほか、高周期典型元素の不飽和骨格など不安定構造を持つ分子を分解から守るためにも利用されます。こうした不安定構造分子の合成においては、これらは確かに通常不利な構造を「保護」しているのですが、基本それらを外す必要がないので「保護基(protecting groups)」ではなく「リガンド(ligand)」と呼ばれる方が一般的です。

これら保護リガンドは中心の不利な構造を外部因子から保護する必要があります。したがって、先に挙げたような「一部の箇所と機能だけ」をふさぐのではなく、丸ごと覆う必要があることから、先のようなものの比ではないレベルの巨大さを見せるようになってきます。それに加え、一般には不利な状態を速度論的に安定化する(本来の安定構造になるための活性化エネルギーを大幅に上げる)、といった目的があり、総じて分子全体での安定構造設計が重要にもなっていきます。低分子でも保護基の導入で配座が大きく変化することがよく見られますが、そういうのを積極的に利用することも目的の一つです。

さらに、これらは不利な分子構造を維持するため、外から見たらほとんど保護基にしか見えないようなレベルで外周を丸ごと保護基で覆うことも多々あります。ということは、コアとなる不安定構造とは別に、保護リガンド自体の溶解性、結晶性を担保しておかないといけないなど考えることはたくさんあります。こうした構造有機化学における保護基、リガンドは研究グループごと独自のデザインによるものが多く生み出されており、ある種構造有機化学のもう一つの顔ともいえるような気がします。

以下に無数にある巨大保護基の中でも有名なでかいやつを上げました。バカでかいはずのアダマンチル(Ad)基とかメシチル(Mes)基すらめっちゃ小さく見えるから困る。

Protective06_Bulky1.jpg
[Mes*]
Reaction of (E)-Bis(2,4,6-tri-tertbutylphenyl)diphosphene with Tetrachloro-obenzoquinone
R. Schmutzler, M. Yoshifuji
Heteroat. Chem. 2001, 12, 300


[Tbt]
Heavy Ketones, the Heavier Element Congeners of a Ketone
R. Okazaki, N. Tokitoh
Acc. Chem. Res. 2000, 33, 625.


A New Family of Multiple-Bond Compounds between Heavier Group 14 Elements
T. Sasamori, N. Tokitoh
Bull. Chem. Soc. Jpn. 2013, 86, 1005.



こうしてみるとRind基が小さく見えるように錯覚してしまいますが、これも反応点の両ペリ位(みたいな場所)が4級炭素となっており、やっぱり嵩高いものはかさ高いのです。かさ高さによる保護と溶解性を持たせることが目的での4級炭素ですが、実際Rind基を導入する際に必要となるこれらに囲まれた芳香環部位のBr化には、8等量近くのBr2を使ってオーバーナイトで加熱してやっと一個入るレベルです。

Protective06_Bulky2.jpg
[Terphenyl series]
Multiple Bonding in Heavier Element Compounds Stabilized by Bulky Terphenyl Ligands
E. Rivard, P. P. Power
Inorg. Chem. 2007, 46, 10047.


[Fc*]
The Synthesis and Properties of Bimetallic d-π Electron Systems Containing Metallocenyl Substituents of Fe or Ru, and π-Electron Spacers of Heavier Main Group Elements from Group 14 or 15
T. Sasamori
有機合成化学協会誌 2014, 72, 1279


[Rind groups]
縮環型立体保護基によって安定化された発光性ジシレン化合物
松尾司
TCIメール2014, No.163 (PDF)


Synthesis and Structures of a Series of Bulky “Rind-Br” Based on a Rigid Fused-Ring s-Hydrindacene Skeleton
T. Matsuo, D. Hashizume, A. Fukazawa, H. Tsuji, K. Tamao, et al.
Bull. Chem. Soc. Jpn. 2011, 84, 1178


Fused-Ring Bulky “Rind” Groups Producing New Possibilities in Elemento-Organic Chemistry
T. Matsuo, K. Tamao
Bull. Chem. Soc. Jpn. 2015, 88, 1201.


[Helmet-like bidentate ligand]
A stable silicon-based allene analogue with a formally sp-hybridized silicon atom
S. Ishida, T. Iwamoto, C. Kabuto, M. Kira
Nature 2003, 421, 725.



そろそろ省略しないで書くのにも限界が来てますが、最初に登場したトリチル基をさらに巨大にしたTrm基も報告され、不安定化学種S-ニトロソチオールの単離結晶化に成功しています。さらに2,6位にとんでもなくでかい置換基のついたBmt基は、全体としてボウル状となって化学種の下面を丸ごと物理的に保護するリガンドとなっています。

Protective06_Bulky3.jpg
[Trm]
Synthesis and crystal structure of a stable S-nitrosothiol bearing a novel steric protection group and of the corresponding S-nitrothiol
K. Goto, T. Kawashima, G. Yamamoto, et al.
Tetrahedron Lett. 2000, 41, 8479


[Bmt]
Synthesis of Highly Reactive Organosulfur Compounds
R. Okazaki, K. Goto
Heteroat. Chem. 2002, 13, 414.



そんな不安定化学種の保護リガンドで、最近登場したのがこれ、環状で固定された芳香環が三方に張り出したトリプチセンを活用したもの。以前同グループで報告したトリプチセン、トリプチシル基を保護基とした化学をさらに発展させ、骨格を増強したTrp*基です。先ほど見てきたリガンドは芳香環sp2炭素によるものが多かったですが、このTrp, Trp*はsp3炭素によるもの。それも芳香環が直交して固定されているために普通のベンジル位のような立体電子効果による反応性はなくなるので、sp2型とは違う反応性、安定性を持ちます。

Protective07_Trp1.jpg
[Trp*]
Synthesis of a Peripherally Extended Triptycyl Group as an Aliphatic Steric Protection Group and Its Application to the Kinetic Stabilization of an Aliphatic Sulfenic Acid
M. Yukimoto, M. Minoura, et al.
Chem. Lett. 2018, 47, 425.


The Synthesis of a Novel Bulky Primary Alkyl Group and Its Application toward the Kinetic Stabilization of a Tetraalkyldisilene
M. Yukimoto, M. Minoura
Bull. Chem. Soc. Jpn. 2018, 91, 4, 585


箕浦、行本らはこの新たに生み出したTrp*基、ならびにそこからメチレンを増やしたTrp*CH2基を使って、Si=Siジシレン化合物ならびに不安定化学種であるスルフェン酸(R-S-OH)の単離結晶構造解析を報告しました。Trp*基三次元的過ぎてBCSJのジシレンの方は省略なしで見やすい形で描くのがもはや不可能なので勘弁してくださいTrp*×2つにTrp×2は無理っすスルフェン酸は極めて不安定な化学種で通常であればあっという間に酸化、自己反応を起こしてしまいますが、Trp*で保護しておくことで安定化合物として取ってくることができるようになっています。実際自己反応性は全くなくなっていることが実験によって確かめられています。その構造がこちら↓

Protective07_Trp2.jpg


もうどっちが本体かわかんねえなこれ。



さて、今まで散々「これは外さないから保護基じゃなくてリガンド」と言ってきましたが、本当に外した例を最後に紹介します。時任研では重原子ベンゼンであるゲルマベンゼンのGe上にある重要な保護基Tbt基をカリウムカーバイドを用いて除去することに成功し、ゲルマベンゼニルアニオンを安定な化合物として高収率にて発生させ、その構造を解析することに成功しています。現在もこのアニオン種を用いた様々な展開がされており、今後はこうした不安定化学種の脱保護による物性解析も研究トピックになっていくのかなあと思いました。

Protective08_Tbt-Ge.jpg

Germabenzenylpotassium: A Germanium Analogue of a Phenyl Anion
Y. Mizuhata, S. Fujimori, T. Sasamori, N. Tokitoh
Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 4588.



ちなみに、これまで見てきた様々な保護基を活用した不安定化学種や環状無機化合物の国際シンポジウム(IRIS-15)が、今月末の6/24から京大宇治キャンパスで開かれます。もう発表の方は締め切ってますが、著名な研究者による講演が目白押しですので(Keynote講演はRobert West)興味のある方は京都観光ついでに参加されてみてはいかがでしょうか。

IRIS-15 (The 15th International Symposium on Inorganic Ring Systems)
2018年6月24ー20日
京都大学宇治キャンパス


発表も参加もできなくてすいません代わりに宣伝しますので許してください何でもしま(ry

posted by 樹 at 09:00| Comment(2) | 有機化学 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「それに加え、一般には不利な状態を熱力学的に安定化する」の「熱力学的」は「速度論的」ではないでしょうか。
Posted by at 2018年06月16日 17:09
うわしまった。すいませんご指摘の通りです。
先ほど修正しました。ありがとうございます。
Posted by かんりにん at 2018年06月18日 10:35
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