というわけで、前々回の続き(?)。
アジドを自在に区別して色々とくっつけた話
前々回はアジド基をコントロールして反応させる話をしましたが、その際メインとなっていたのはアルキンとアジドとの環化によるトリアゾール環の形成です。このトリアゾール環は極めて頑丈なので、簡便に2分子(以上)をくっつけるにはもってこいの反応のため、広く多用されています。
が、このトリアゾール環、「分子と分子を簡単にくっつける」というクリックケミストリーのお題目のせいか、単なる『分子と分子をくっつけるための接合部』という雑な認識しかされていないんではという節が多々あります。まあくっつけるという目的においては余計な事されると困るからそれはそれでいいんでしょうけど、あれだけしょっちゅう見るようになって簡単に作れるようになったせっかくの複素環なのに、何にも使えない使われないというのではあんまりな話。
ですがさすがにそんなわけはありません。
クリックケミストリーが頻繁に用いられるケミカルバイオロジーやメディシナル分野においてトリアゾール環(N1位置換、つまり真ん中以外のNで置換されたトリアゾール)はアミド結合部位の生物学的等価体となることが知られており、簡便に合成でき環構造による配向性制御が可能という点でペプチドミメティクス分子のデザインでも重要な素子となっています。

T. L. Mindt, et al.
1,2,3-Triazoles as Amide Bond Mimics: Triazole Scan Yields Protease-Resistant Peptidomimetics for Tumor Targeting
Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 8957.
1,2,3-Triazoles as Amide-bond Surrogates in Peptidomimetics
CHIMIA 2013, 67, 262.
とはいうものの、さてこのトリアゾール、もっと他にも使い道は知られていないのでしょうか。
今回はそんな話をまとめました。
ところで一口にトリアゾールと言ってもclick chemistryで有名になった方は1,2,3-triazoleで、他にもNの位置が異なる1,2,4-triazoleがあります。これもこれで複素創薬分子とかであるのですが、今回は1,2,3-triazoleに話を絞ります。
剛直なイメージのトリアゾール環ですが、実は破壊することも可能です。Dimroth転位による環骨格の組み換えもその一つですが、最も汎用的に合成反応として利用できるのがRh触媒によるカルベノイドとしての反応かと思います。CuAACなどのいわゆるクリック反応で簡単に合成可能なN1置換トリアゾールは、平衡状態として環を開いたα-ジアゾイミン型を取りえます。ただしその平衡は大幅にトリアゾールに寄っており、事実上ジアゾ体として普段利用することはできません。N1位に強力な電子吸引性置換基を導入した場合のみジアゾ化体の割合が利用できるレベルで増えるので、瞬間的に生じたジアゾ体をRh触媒を使ってRh-カルベノイドへと変換、C-H挿入反応をはじめとしたさまざまな合成反応に利用することができます。
ジムロート転位 (ANRORC 型) (Chem-Station)

Reactions of metallocarbenes derived from N-sulfonyl-1,2,3-triazoles
H. M. L. Davies, J. S. Alford
Chem. Soc. Rev. 2014, 43, 5151.
トリアゾールをカルベン錯体の前駆体として用いる触媒反応の開発
三浦智也
有機合成化学協会誌 2015, 73, 1200
いきなりせっかくのトリアゾール環をぶっ壊す方法でアレですが、1,2,3-トリアゾール骨格を使って機能化したものももちろんあります。そのもっとも多いと思われる使い道として金属原子のリガンドがあります。これ言い始めると発光錯体とか話が永遠に終わらないので詳しいことは下の総説を見てもらうとして、触媒反応への適用例として代表的なものだと、FokinらによるいわゆるHuisgenクリック反応のCu触媒リガンドとして、そのCu触媒的クリックで合成したトリストリアゾールを用いて触媒にするというなんか再生産感あるものがよく知られているほか、ベンゾトリアゾールを配位子にもった安定金錯体触媒としての利用もされています(ここで挙げているのはトリアゾールそのものが金属と何らかの配位なりなんなり関与をしているものだけです)。
(Review)
Catalysis by 1,2,3-triazole- and related transition-metal complexes
P. Zhao, D. Astruc, et al.
Coord. Chem. Rev. 2014, 272, 145.

Polytriazoles as Copper(I)-Stabilizing Ligands in Catalysis
K. B. Sharpless, V. V. Fokin, et al.
Org. Lett. 2004, 6, 2853
Triazole-Au(I) Complexes: A New Class of Catalysts with Improved Thermal Stability and Reactivity for Intermolecular Alkyne Hydroamination
X. Shi, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 12100.
そのトリアゾールリガンド+金属で一番最近利用されているのがイリジウム光レドックス触媒錯体・・・なんだけど報告あんましないのでスルー(ぉ。
下に論文置いとくので読んどいてちょ(ひどい投げっぷり
Synthesis and Characterization of N-2-Aryl-1,2,3-Triazole Based Iridium Complexes as Photocatalysts with Tunable Photoredox Potential
M. Li, X. Shi, et al.
Org. Chem. Front., 2015,2, 141
さて一番広く利用されている(と個人的に思う)のが、C-H官能基化のdirecting group(配向基)。Xiaodong Shiらがどうも最初らしいですが、最近でも積極的に使っているのはLutz Ackermann (Ackermannってーと世間一般には「ミカサ・アッカーマン」なんだろうな、進撃の巨人的に)。Shiらは同じトリアゾールでも置換位置を変えることで官能基化のタイプをコントロールしており、Ackermannでは様々な金属に対して適用、最近ではα位官能基の立体化学を利用したβ位の立体選択的C-H官能基化を達成しています。

1,2,3-Triazoles as versatile directing group for selective sp2 and sp3 C–H activation: cyclization vs substitution
X. Shi, et al.
Chem. Sci. 2013, 4, 3712.

L. Ackermann, et al.
Internal Peptide Late-Stage Diversification: Peptide-Isosteric Triazoles for Primary and Secondary C(sp3)-H Activation
Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 203.
Iron-Catalyzed C(sp2)-H and C(sp3)-H Arylation by Triazole Assistance
Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 3868.
ところでさっき取りあげたXiaodong (Michael) Shi教授、気付いているかもしれませんがこのトリアゾール配向C-H官能基化だけでなく先ほどのベンゾトリアゾール金触媒、そしてトリアゾールリガンドIr錯体触媒による光レドックス反応でも登場しています。大変にトリアゾールLOVEでこれらをリガンドとした機能分子、触媒の創成に力を入れておるようです。いつのまにかWest Virginia大からSouth Florida大に移っていたみたいですが、トリアゾール界隈(どこだよ)の皆さんは要チェックや!
Xiaodong Michael Shi (University of South Florida)
と書いたところで実は折り返し地点(ぉ
あまりに長くなりすぎたので分けます。
私は現在院1年で、トリアゾール環の構造活性相関による創薬研究を行ております。
本当に単なる『分子と分子をくっつけるための接合部』という雑な認識しかしてませんでしたが、意識が革新されました。
なんだかんだで未来や将来がある芳香環なんですねー
ありがとうございます。
まあ良くも悪くもクリックケミストリーが広く知れ渡ったからではあるんですけどねえ。トリアゾールのいろんな使い方を知っていただければ幸いです。