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2018年01月18日

原料の不純物で反応が行ったり行かなかったりした話

合成反応において、用いたものに意図せず含まれていた不純物が成否に決定的となることがあります。野崎-檜山-岸-高井(NHK)反応におけるCr試薬中の不純物であった微量Niがカギを握っていた話は有名ですし、実は使っていた試薬は関係なくて、それに含まれていた微量成分だけが活性種だったという場合もあります。鉄触媒反応で当時ブイブイ言わせていたBolmが、実は鉄に含まれていた銅やパラジウムが真の活性種で鉄はいらんかったんや!だとわかって以降、鉄触媒反応を完全になかったことにして別な方向行っちゃったなんてこともあったり。

impurity_01.jpg

S. L. Buchwald, C. Bolm
On the Role of Metal Contaminants in Catalyses with FeCl3
Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 5586


・鉄の仮面の下に (有機化学美術館・分館)

・パラジウムが要らない鈴木カップリング反応!?(Chem-Station)


もちろん触媒や試薬のクオリティだけでなく、反応に用いる原料基質そのものの純度が一番重要であることは言うまでもありません。話は関連してるようであんまりしてないのですが、マメコガネの性フェロモンである(-)-Japonilureの鏡像体である(+)体は、(-)体の強力な阻害剤として働き、たった1%混ざるだけで活性が2/3に減弱し、混入が20%、すなわち光学純度が60%eeにまでなるとすっかり活性がなくなってしまいます。光学純度は大事だよっていう例にもよく出されます。

impurity_02.jpg

A. T. Proveaux, et al.
Identification of the female Japanese beetle pheromone: inhibition of male response by an enantiomer
Science 1977, 197, 789


Reviews: K.Mori
Pheromones: synthesis and bioactivity
Chem. Commun. 1997, 1153


Semiochemicals - Synthesis, Stereochemistry, and Bioactivity
Eur. J. Org. Chem. 1998, 1479



というわけで、今回は試薬の方ではなく、原料基質に含まれていた不純物で反応が行かなくなったり、逆に行くようになったりした話です。

J. Liu, et al.
Identification and Elimination of an Unexpected Catalyst Poison in Suzuki Coupling
Org. Process Res. Dev. DOI: 10.1021/acs.oprd.7b00342


Dart NeuroScience社ではプロジェクトのため、ニコチン酸エステル誘導体からエステルの加水分解に続く鈴木-宮浦カップリングをone-potで行う経路を確立し、6kgスケールでの合成にも成功しました。この際の触媒量は0.5%なので量としてはよろしい結果となりました。


しかし、確立したはずの工程を新しいロットの原料を用いて再度行ったところ、鈴木-宮浦カップリングが進行しないというまさかの事態が!

impurity_03.jpg

触媒量を増やすと進むことは進むので、こうなると新しいロットの原料のクォリティに問題がある可能性が大。というわけでチェックを行ったのですが、特に問題はなく、元素分析もばっちり当たり。どういうこっちゃ???


そこで、問題となった原料を再結晶したところ、当初の通り触媒量0.5%で鈴木-宮浦カップリングが進行するようになり、母液の再結晶を繰り返すごとに必要な触媒量がどんどん増えていく結果が得られました。そして母液の元素分析を行ったところ、最初の原料の段階では検出されなかったはずの硫黄成分が見られるようになりました。そこで大元の原料をさらに高精度での元素分析に付したところ、通常の元素分析での検出限界以下での硫黄成分の存在が認められました。したがって、反応がうまくいかなかったのはこのごく微量の硫黄不純物による触媒の不活性化が原因ということがここでやっとわかったのです(GC等により分子硫黄S8の存在が示唆)。

impurity_04.jpg

とはいっても一体いつ硫黄そのものが?この原料自体はメーカーから買ったもので、原薬メーカーも製法を教えてはくれません。しかし塩化チオニル(SOCl2)を使用したという情報だけは得られました。そこで、原料であるメチルエステルの合成に用いられたのではないかと考え、想定される原料の原料(カルボン酸)を用いて、SOCl2による酸クロライド経由でのエステル化を行ったところ、得られた生成物は硫黄分が含まれることが分かりました。

impurity_05.jpg

W. Tian, et al.
Investigation on the Formation and Hydrolysis of N,N-Dimethylcarbamoyl Chloride (DMCC) in Vilsmeier Reactions Using GC/MS as the Analytical Detection Method
Org. Process Res. Dev. 2009, 13, 857


実はSOCl2は平衡反応により二塩化硫黄(SCl2)を生じることが知られており、これがDMFと反応して、分子硫黄S8を副生することが報告されています。これが精製後もわずかに存在していたため、そのロットごとの硫黄残留具合で反応の成否が左右されてしまったのでした。
これを受けて、原薬の製造方法を硫黄が含まれることがないルートへと改良することで、無事安定性良く合成できるようになりましたとさ。めでたしめでたし。



さて、先ほどは不純物のせいで反応が「行かなくなった」ケースでしたが、逆に不純物のせいで「行ってしまった」場合もあります。そしてこういうのは往々にして再現できなくなってひどいことに。
(下手に行ってしまったがために(゚Д゚)<再現が取れないとは君の腕に問題が、とかいらん風に怒られるアレ)

Nicolaouらはartochamin類の生合成模倣型全合成において、鍵となるスチルベン前駆体を用い、マイクロ波照射により、脱保護とタンデム[3,3]転位に続く形式的[2+2]環化付加のカスケード反応を進行させることで目的の4員環を含む骨格を構築しました。

が、Wittig反応によって合成した原料(E/Z比が悪い)に代えて、Julia-Kocienski反応から得た同じ原料を用いて全く同じことをしても再現が出来なくなってしまいました。そして純度をさらに上げたものではより再現が困難に。

impurity_06.jpg

K. C. Nicolaou, et al.
Cascade Reactions Involving Formal [2+2] Thermal Cycloadditions:Total Synthesis of Artochamins F, H, I, and J
Angew. Chem. Int. Ed. 2007, 46, 7501


Total synthesis of artochamins F, H, I, and J through cascade reactions
Tetrahedron 2008, 64, 4736


そこで、前の工程のWittig反応によって生じるトリフェニルホスフィンオキシド(Ph3P=O)が原料に混ざっていたせいで反応がいったのでは?ということで混ぜたところ、なんとビンゴ。精製がうっとおしいことでおなじみのトリフェニルホスフィンオキシドも役に立つことがあるんですねえ。

impurity_07.jpg

T. A. Bidan
Reaction of Triphenylphosphine Oxide with ortho-Dihydroxyaromatic Compounds
Russ. J. Gen. Chem. 2001, 71, 1545


 実はこの基質における形式的[2+2]反応はカテコール状態ではなく、酸化されて出来るオルトキノンからの進行が示唆され、メチレンアセタールで保護したものやカテコール以外での芳香環では反応は進行しませんでした。カテコールとPh3P=Oが反応して環化化合物が得られるという報告がされていることから、ここからさらに酸化反応が進行、PPh3を出してオルトキノンへと変換、形式的[2+2]と芳香環の還元を経て生成物が得られるという反応機構が提唱されています。一応論文通り反応機構書いたけどPPh3は環化後の芳香環還元に使われてホスフィンオキシド再生するpathでもいいんじゃないかと思ったり。


さて、今まで見てきたのは原料の不純物によって反応が「行った・行かない」という話でした。もちろんそれも重要な話ですが、もっと重大な事故につながってしまう場合もあります。

だいぶ前にも触れましたが、金属アジドによるアジド化反応をジクロロメタン溶媒(CH2Cl2)および類縁ハロアルカン存在下で行ってしまうと、SN2反応によってジアジドメタン(CH2(N3)2)が生じます。炭素数1に対して窒素数6で気化しやすいとなると想像に難くありませんがきわめて危険な爆発性物質です。

・実験、爆発:やってはいけない組み合わせ

というわけでアジド化反応をハロアルカン溶媒でやるのは極めて危険なので避けないといけないのですが、反応条件だけ気を付けていればいいというものでもありません。

以下のOPRD論文はジアジドメタンの事故例としてよく挙がる論文ですが、この事故例はアジド化反応をジクロロメタン中でかけたために起こったものではありません。前の反応に用いたジクロロメタンの除去が不十分であったために起こったもので、このせいで次のアジド化(しかもSN2反応しやすいDMF溶媒で加熱)で残存していたCH2Cl2からジアジドメタンが発生、様々な器具を吹っ飛ばすレベルの事故につながりました。この場合反応規模がでかかったこともあるのですが、実験室レベルであってもこと露骨に危険な反応を行うときにはその前後の反応条件、ならびに抽出・溶出溶媒にも十分注意しておく必要があります。

impurity_08.jpg

R. E. Conrow, W. D. Dean
Diazidomethane Explosion
Org. Process Res. Dev. 2008, 12, 1285


有機アジド(2):爆発性 (Chem-Station)

というわけで、原料の混ざりモノで起こった話をまとめましたが、こういう再現性に問題が出た時にそういう可能性にたどり着けるかどうかもまた研究者、特に直接実験している人間の技量が問われるものでもありますね。まあでも基本的にNicolaouのように不純物が混ざってて行くようになることはそうそうないので純度は大事だよ!

posted by 樹 at 00:30| Comment(0) | 事故・爆発・毒物 | 更新情報をチェックする
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