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2017年12月06日

2017年有機合成化学論文オブザイヤーを勝手に選んでみた

気付けば2017年も終わりですよどういうことなの。
進捗どうですか

というわけで年末特番よろしく、2017年に出た有機化学系論文の俺的オブザイヤーを雑にどんどん載せていきます。「ザじゃねえよ、ジだろ」という突っ込みはテンプレ過ぎるので無視。

なお各部門3~4報で合計20報近くもあるので大してセレクション感しない模様。
しかも大半日本人の論文になっちゃってど う し て こ う な っ た。
まあオブザイヤーというよりは今年出た役立ちそうな論文類が半分占めとるのでしゃあない。

これとは別に、今年読んで驚いた・インパクトのあった・面白かったなど一番好きな論文を学生が各日ブログで紹介する参加型プロジェクトがあります。空きはもう今週しかないけど投票による優秀発表者は豪華賞品がもらえるらしいので奮って参加しましょう。参加しなくても発表者のそれぞれのプレゼン(ブログだけど)もチェックしましょう。去年見たけどかなり面白いです、分野外でも読みたくなるような感じ。

今年読んだ一番好きな論文2017 Advent Calendar 2017


あ、ワシのこれに選ばれても賞品はないのであしからず(ぉ

・構造有機化学編

2017-01-nanobelt1.jpg

Synthesis of a carbon nanobelt
Y. Segawa, K. Itami et al.
Science 2017, 356, 172

できた! 夢のカーボンナノベルト 60年前に存在予言(朝日新聞)
カーボンナノベルト合成成功!(有機化学美術館・別館)

この分野で今年の論文と言ったらまあこれですよね、カーボンナノベルト初の合成。いろんなところでもすでに大量に取り上げられてるので、うちで今頃いうこともないのでスルー(ぉ


2017-02-monoSiO2.jpg

A Stable Monomeric SiO2 Complex with Donor–Acceptor Ligands
A. Baceiredo, T. Kato et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 3935

酸化ケイ素はシリカゲルでもよくつかわれ、SiO2として表記されますが、実際にSiO2として存在していることはありません。前回書いた通り、Siは2重結合を取りづらいため、Si=Oの形として存在しておらず、オリゴマー・ポリマー化した状態でしか存在していません。UPSトゥールーズの加藤らが報告した錯体は、SiO2の単量体相当構造を持った初の安定な錯体。ここまでかさ高くしてやっとこ単離ってあたりが困難さを物語っております。


・天然物合成編

2017-03-pancratistatin.jpg

Synthesis of (+)-Pancratistatins via Catalytic Desymmetrization of Benzene
D. Sarlah et al.
J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 15656

2017年天然物合成の圧倒的第一位。Pancratistatinがたった7工程でしかもベンゼン⌬から不斉合成できちゃう時代ですよ奥さん。本当にすごいやつって「すごい」って感想より「やべえ」って方が先にくるよねって久々に。同一合成戦略でのブロモベンゼンからのlycoricidine類の全合成したアンゲの論文も合わせて読みましょう。

Total Synthesis of Lycoricidine and Narciclasine by Chemical Dearomatization of Bromobenzene
D. Sarlah et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 15049



2017-05-avenaol1.jpg

Total synthesis of avenaol
C. Tsukano, Y. Takemoto et al.
Nat. Commun. 2017, 8, 674

ストリゴラクトン類の一つであるavenaol。最大の特徴は2環性シクロプロパン環、しかも全cis配置というえげつなさ。見どころはいろいろあるのですが、全cis置換がゆえに起こる環化と、シクロプロパン環の特性を生かした開環酸化などがあります。これみるとシクロプロパンってやっぱりオレフィン相当なんだなあってよくわかります。


2017-04-spiroxin.jpg

Stereospecificity in Intramolecular Photoredox Reactions of Naphthoquinones: Enantioselective Total Synthesis of (-)-Spiroxin C
Y. Ando, K. Ohmori, K. Suzuki et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 11460

ナフトキノン2量体天然物のspiroxin Cの全合成。光照射による分子内のナフトキノンを利用したC(sp3)-Hの立体選択的酸化反応がカギ。今年の鈴木研はTetracenomycinとかもあるけど化合物の好み的にこっちというわがままセレクション。

First Total Syntheses of Tetracenomycins C and X
H. Takikawa, K. Suzuki, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 12608


・合成反応編

2017-06-nitrobenzene.jpg

The Suzuki−Miyaura Coupling of Nitroarenes
S. Sasaki, Y. Nakao et al.
J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 9423

クロスカップリングもPhotoredox等いろいろ手段が増えてきたこともあって何でもあり感がますますしますが、ニトロベンゼンまでそのまんまカップリングに使えるようになってしまいました。窒素源としてのニトロ基じゃなくてほんとに丸ごと脱離基扱い。鈴木-宮浦カップリングのほか、同年にBuchwald-Hartwigカップリングも報告しているので合わせてどうぞ。

Buchwald–Hartwig Amination of Nitroarenes
Y. Nakao et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 13307


2017-08-decarbonyl.jpg

Decarbonylative Diaryl Ether Synthesis by Pd and Ni Catalysis
K. Muto, K. Itami, J. Yamaguchi et al.
J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 3340

そこ抜けんのかよオブザイヤー。最近カルボン酸・エステル部位は完全脱離基扱いになってきましたが、カルボニルだけ飛んでO残してジアリールエーテルになっちゃうんすかという反応。


2017-09-amination.jpg

Transition Metal Free C−N Bond Forming Dearomatizations and Aryl C−H Aminations by in Situ Release of a Hydroxylamine-Based Aminating Agent
J. F. Bower, et al.
J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 14005

求電子的アミノ化と脱芳香族化を組み合わせたスピロ環、2環性骨格合成。脱芳香族化は先ほどのSarhahの全合成もそうですが流行りの分野の一つ。これ自体そこまでオブザイヤーかというとアレですが、トリック自体は極めてシンプル。Ts化したBocのヒドロキサム酸を用意し、酸で脱保護、そのままアンモニウム塩として求電子脱芳香族的アミノ化を一発でやってしまうというもの。実はだいぶ前に似たようなアプローチで実はやっててうまくいかなくてやめちゃってた経緯があるので論文オブザイヤーというよりはくやしいオブザイヤーだったりする
(´・ω・`)


・役に立つかも編

合成の手法、処理として使えそうなやつを集めてみました。オブザイヤーとは一体・・・


Removal of Triphenylphosphine Oxide by Precipitation with Zinc Chloride in Polar Solvents
D. J. Weix,et al.
J. Org. Chem. 2017, 82, 9931

悪名高いトリフェニルホスフィンオキシドの除去方法として2017年あつい注目をあびた論文。ZnCl2をEtOH中まぜてろ過するだけという簡便さ。JOCのアクセスランキングでも月刊1位、年間ベースでも2位につけています(なお1位は不動のNMR化学シフトまとめ論文)。


Liquid−Liquid Extraction Protocol for the Removal of Aldehydes and Highly Reactive Ketones from Mixtures
C. S. Brindle, et al.
Org. Process Res. Dev. 2017, 21, 1394

今度は亜硫酸水素ナトリウムを使ってアルデヒドを除去する方法。前々から知ってたんだけどこういうの論文化されてなかったのねって思った印象なんだけど論文化してもらえるとちゃんとわかるので助かります。例えば過剰量、溶媒量でアルデヒドを使った時なんかはこれやるとだいぶ違うので。


Simplified “No-D” NMR Methods for Routine Analysis and Organometallic Reagent Concentration Determination
T. Fallon, T. Meek
Org. Lett. 2017, 19, 5752

NMRを測定するときはほぼ重溶媒必須。ですが重水素化された溶媒は高価なので悩みの種。そこで「テトラクロロエチレン使えば重溶媒いらなくね?安くあがるんじゃね?」というわけでそれを使った方法。もちろんこのままだとLock, ShimかけられないのでTMSを使ってシムをかけています。あわせて有機金属種の分析には、2重にして内部に重水素化シクロオクタジエンを封入した特殊NMRを使うことで、反応溶液をそのまま使った分析を実現。もちろん重溶媒は内部封入なので再利用可能(割らないでね)。安くなるのはいいけど論文化した時にこれが許されるようになるかどうかが今後のカギ。全合成とかでルーティンでプロトンだけ測る(論文用フルデータとるときはあとで重溶媒使って)とかいうときにはいいかも。


Catalytic Oxygenative Allylic Transposition of Alkenes into Enones with an Azaadamantane-Type Oxoammonium Salt Catalyst
S. Nagasawa, Y. Sasano, Y. Iwabuchi
Chem. Eur. J. 2017, 23, 10276

アリル位ではなく、オレフィン部位を酸化して位置が入れ替わったエノン(enone)へと変換する手法。この間この話は書いたので詳細はそちら↓にて。

アリル位のC(sp3)-H酸化とC(sp2)の酸化の話


Beyond optical rotation: what's left is not always right in total synthesis
L. A. Joyce, C. C. Nawrat, et al.
Chem. Sci. DOI:10.1039/c7sc04249c

役に立つというよりはちょっと考える話。比旋光度での絶対立体化学の決定はあぶないっすよ、VCDとかECDとかも使いましょうよ、という話。全合成するグループごとで絶対立体化学の帰属が違ういわくつきの天然物frondosin Bについて、既存の全合成をトレースを通じ、不純物が逆符号ででかい旋光度出しちゃったり最終工程で光学純度が激減したりしてたことを明らかに。比旋光度だと数値ぶれるしCDのシミュレーション精度も上がってるし、今後これらCDスペクトルも合わせて照合する必要出てきそう。


A chlorine-free protocol for processing germanium
K. M. Baines,T. Friščić,J.-P. Lumb, et al.
Sci. Adv. 2017;3: e1700149

ゲルマニウム使ってるニッチな人だけが得する話。通常ゲルマニウムを用いる場合、原料はGeCl4が一番安く、加工しやすいソースですが、湿気にすごい弱いのが問題。かといって金属Ge自体は使えないし、といった問題を解決。金属Geや酸化物のGeO2をカテコール還元またはオルトキノン酸化を利用し、溶媒ちょっと混ぜて物理的にゴリゴリするだけで安定6配位ゲルマニウムへと変換。これを原料として問題なく修飾反応を実証しております。


・総説編

総説にオブザイヤーもなにもない気がしますが、なんとなく使えそう役立ちそうというシリーズを上げてみました。

Sodium Hypochlorite Pentahydrate Crystals (NaOCl·5H2O): A Convenient and Environmentally Benign Oxidant for Organic Synthesis
M. Kirihara, Y. Kimura, et al.
Org. Process Res. Dev. DOI: 10.1021/acs.oprd.7b00288

次亜塩素酸ナトリウム5水和物(NaOCl·5H2O)、いわゆるジアソーの総説。書いてるのもジアソーの会社なので安心。取り扱いや酸化反応として有用性がまとまっています。再酸化剤などで比較的よく使うものなので重宝するかも。

Toxicity of Metal Compounds: Knowledge and Myths
K. S. Egorova, V. P. Ananikov
Organometallics 2017, 36, 4071

総説というかOrganometallics誌のチュートリアルなんですが、金属化合物の毒性に関する5つの「あやしい伝説(Myth)」について解説しています。その5つとは
①毒性の計測は容易である ②重金属化合物は軽金属より毒性が強い
③毒性は金属化合物の構造や組成と常に関連性がある
④金属類は直接触らないようにすれば大丈夫
⑤ナノ粒子はみんな毒

という、いずれもよく聞く話。さあ読んで確かめてみよう。


Flash Vacuum Pyrolysis: Techniques and Reactions
C. Wentrup
Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 14808

むかーしの論文ではよく見るけど一体どうやってやってるのかが全然わからなかったFlash Vacuum Pyrolysisの総まとめ論文。最近ほとんど見ないけど光反応といい電気化学反応といい、昔からのものが最近またリバイバルしてる感もあるので、こういう機会に勉強しておくといいネタになるかも。


The Hitchhiker’s Guide to Flow Chemistry
K. Gilmore, P. H. Seeberger, et al.
Chem. Rev. 2017, 117, 11796

SeebergerによるFlow合成化学の入門用総説。タイトルはSF小説の"The Hitchhiker's Guide to the Galaxy(銀河ヒッチハイクガイド)"をもじったものとおもわれ。


Synthetic Organic Electrochemical Methods Since 2000: On the Verge of a Renaissance
P. S. Baran,et al.
Chem. Rev. 2017, 117, 13230

Baran最近お気に入りの電気化学反応の歴史と2000年以降の発展をまとめたP90にも及ぶ総説。歴史的流れは結構ためになるのでそこだけでも(ぉぃ)読む価値はあるかと。さっきも書いたけど電気化学反応もまた流行りだしてるので情報は持っておくとよいと思います。


・おまけ:論文撤回編

なんやねんこのコーナー。
というわけで最後はデータ不備やねつ造とは違う理由で目を引いた論文撤回パターン。

Retraction Statement: “Overexpression of miR–708 and its targets in the childhood common precursor B-cell ALL”
Pediatric Blood & Cancer 2017, 64, e26498

"The decision to retract was agreed upon following notification that the paper substantially duplicates a prior study already published in Chinese. The authors were not aware that publication in another language would constitute a duplicate publication"

中国語で書いてた論文を英文に書き直してまんま投稿したというパターン。上述のコメントにある通り、これが多重投稿に当たることを認識してない人結構いる気が。Accountだとなんか許されてる感じあるけどどうなんすかね。


Retraction: Multifunctional tin dioxide materials: advances in preparation strategies, microstructure, and performance
Chem. Commun., 2017, 53, 10232

関連の話:そこまでやるか?ー不正論文驚愕の手口(Chem-Station)

"Following an investigation, the Executive Editor has established that the acceptance of this article was based on at least one fake reviewer report.
The report(s) were submitted from email accounts provided to the journal for recommended reviewers – by the corresponding author – during the submission process. We later determined that the email accounts used do not belong to the named reviewers."

うーんこの
(なお、上の撤回通知の著者欄は撤回論文の著者ではなくjournalのエディター。すなわち、著者の同意の有無に関係ない問答無用の撤回。)

posted by 樹 at 11:00| Comment(0) | 有機化学雑記 | 更新情報をチェックする
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