2017年11月21日

出ないはずの?エノラートの話 その2:高周期14族元素のエノラート

↓前回の続きー

出ないはずの?エノラートの話 その1:Bridgehead enolates

前回はねじれすぎて出なそうな橋頭位エノラートの話でした。
今回はちょっと変わった典型元素エノラートのケースです。

enolate 00 基礎sila.jpg


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話は激しく変わりますが、ケトン・カルボニル化合物のなかでもα位が炭素ではなく、ケイ素やゲルマニウムとなった化合物も存在します。こうした、カルボニルがくっついたSi, Ge化合物をアシルシラン(ゲルマン)と呼び、その物性はケイ素とゲルマニウムの間でも大きな違いがあります。特に光照射による反応は顕著で、アシルシランが光照射でBrook転位をおこしてカルベンを発生させるのに対し、ラジカル的性質を持ち始める一個下周期のアシルゲルマンでは均等解列によってアシルラジカルとゲルマニウムラジカルへと分解します。アシルシランの光反応は日本だと最近は学習院の草間研がやってますね。

enolateSi 00 acylsilane-germane.jpg

H. Kusama et al.
1) Photochemically Promoted Transition Metal-Free Cross-Coupling of Acylsilanes with Organoboronic Esters
J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 3716
2) Lewis Acid-Assisted Photo-Induced Intermolecular Coupling Between Acylsilanes and Aldehydes: A Formal Cross Benzoin-Type Condensation
Chem. Eur. J. DOI: 10.1002/chem.201704776

アシルシラン総説
Acylsilanes: valuable organosilicon reagents in organic synthesis
Bolm, C. et al.
Chem. Soc. Rev., 2013,42, 8540

アシルゲルマン
New Photocleavable Structures. Diacylgermane-Based Photoinitiators for Visible Light Curing
Liska, R. et al.
Macromolecules 2008, 41, 2394

その光照射によってラジカル開裂するアシルゲルマンですが、この性質は要するに光によるラジカル開始剤としてこれらが利用できるということでもあります。実はすでにそうした利用がすでに医療面でされており、ジアシルゲルマニウムのIvocerinは歯科で実際に用いられています。何に使われているかというと、歯医者リピーター(何)ならわかるかと思いますが、詰め物作るときになんか口の中に光をピャーっと当てられてるときありません?アレです。つまり光を照射→光分解するラジカル開始剤で重合スタート→詰めたやつを固める、という治療の際の光開始剤として用いられています。もちろん昔からそういった光開始剤はあるのですが、このIvocerinは可視光領域で用いることができるほか、短時間で深くまで硬化できる優秀な光開始剤であり、すでにIvocerinを含んだバルクコンポジットレジンが市販されています。というかさっきのアシルゲルマンの論文もそうだけどこの著者がIvocerinとIvocerin入りコンポジット出してる会社の人なんですけどね。

enolateSi 01 Geラジカル開始剤.jpg

Benzoylgermanium Derivatives as Novel Visible-Light Photoinitiators for Dental Composites
N. Moszner et al.
Macromol. Mater. Eng. 2009, 294, 877

Ivocerin Initiator advances bulk fill composite (Dental Economics)
TetricR N-CeramBulk Fill - Ivoclar Vivadent (PDF)

さて、そのIvocerinですが、見ての通り合成は大変手間です。合成屋からしてみりゃ大して手間でもない気もしますが、何せジチアン使ってくっつけて脱保護しないといけないという部分がちょっと・・・。あとジエチルゲルマニウムジハライドめっちゃ高い。

そこで、「ジアシルゲルマンと言わずに全部アシル化したったら簡単につくれていっぱいラジカルだせるやんけ!」という発想から(?)、オーストリアGraz工科大のHaas, Stuegerらはゲルマニウム上の置換基すべてがアシル化されたテトラアシルゲルマンを合成、その光学特性ならびにラジカル発生を調査しています。特にIvocerinと比べて簡便に合成できるほか、可視光でIvocerinよりも格段に早くラジカルを生成できる点が売りです。このテトラアシルゲルマンも現在医療コンポジットレジンへの利用を展開中だそうです(今年の某学会で聞いた)。

さてその合成法がこちら。

enolateSi 02 Tetraacyclgermane.jpg

M. Leypold, G. Gescheidt, M. Haas, H. Stueger et al.
1) Tetraacylgermanes: Highly Efficient Photoinitiators for Visible-Light-Induced Free-Radical Polymerization
Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 3103
2) Synthesis, Spectroscopic Behavior, and Photoinduced Reactivity of Tetraacylgermanes
Organometallics 2017, 36, 3624

合成に使えるゲルマニウムソースとしては最安のGeCl4からスタートし、アシルフルオリドを用いることで連鎖的に脱シリル化-アシル化を起こす工夫がなされているですが、それはさておきこの合成、反応中ゲルマニウムを含んだエノラートがなんども発生していることになります(論文中もこの表記)。隣が炭素だったらなんら取りあげる必要もない話ですが、ケイ素やゲルマニウムが絡んでくるエノラートってそんな簡単に出せるものでしょうか。

前回挙げた通り、2重結合が2重結合であるためには構成原子同士でのp軌道の相互作用、重なりが非常に重要となります。前回の橋頭位オレフィンの場合はねじれによってその形成が困難になるパターンでしたが、SiやGeといった第三周期以降の高周期元素の多重結合ではそもそも炭素に比べて結合距離が長くなって、隣の原子との相互作用が薄くなってしまいます。その結果、π結合エネルギーが小さくなり、2重結合が非常に不安定となります。計算上でもC=Cが65kcal/molであるのに対し、ケイ素を含むエチレン型分子のSi=Cではその半分近くの38kcal/mol、Si=Siともなると半分以下の25kcal/molにまで低下していることからもその不安定さがわかるかと思います。そのため、20世紀半ばまでは「第三周期以降の元素を含む安定二重結合は存在しない」という"double-bond rule"なんてものも教科書に記載されていたそうです。

高周期典型元素の多重結合化合物の化学の新展開
岡崎 廉治
TCIメール 2000, 105 (PDF)

しかし、化学の発展ともにその常識は打ち破られ、1980年代にはWestらによる初のSi=Si化合物の報告とほぼ同時期に、Brookらがアシルシランからの光Brook転位を利用した初のSi=C結合化合物、すなわちこの場合シリルエーテルを安定化合物として単離することに成功しています(ただし安定といっても不活性ガス雰囲気下での話)。

なお、こうしたエノラートはケイ素の場合でシレノラート(silenolates)、ゲルマニウムの場合でゲルメノラート(germenolates)と呼ばれます。

enolateSi 05 BrookSi-silenol ether.jpg

A. G. Brook et al.
1) A solid silaethene: isolation and characterization
J. Chem. Soc., Chem. Commun. 1981, 191
2) Stable solid silaethylenes
J. Am. Chem. Soc. 1982, 104, 5667

とはいうものの、捕捉された分子としてでは活性種であるエノラートの真の形を見ているわけではないので、そこはやはり生のエノラートを見る必要が出てきます。が、共有結合で安定化された(安定とは言っていない)中性分子としてではなく、エノラートそのものの単離は当然容易ではありません。長らく溶液状態での観測にとどまっており、こうしたシレノラートそのものが実際に安定物質として単離、構造決定されたのは意外と最近、2003年になってのことです。

Ottosonらはカリウム塩の結晶としてシレノラートを初めて単離し、その構造がエノール型ではなく、Siがsp3構造となったα-シリルアニオン型(ケト型)であることを明らかにしました。確かにSi=C結合の取りにくさを考えたら確かにそうよね、という感じです。
ところが2010年にBravo-Zhivotovskii, Apeloigらが単離構造決定したLi塩としてのシレノラートはエノール型を取っていました。カウンターイオンがその安定構造に大きく影響しているのはまあなんでもそうですが、Si=C構造も取れるようになるんですねえ。Liのイオン結合力おそるべし。

enolateSi 03 silenolate.jpg

The First Isolable 2-Silenolate
H. Ottosson et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2003, 42, 1640

Isolation of Silenolates (R3Si)2Si=C(OLi)Ad with a Doubly Bonded Silicon Atom
D. Bravo-Zhivotovskii, Y. Apeloig et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 4084

そして先ほどテトラアシルゲルマンを合成したHaasらは2015年、ケイ素より一つ周期が下、結合距離などを考えるとより出しにくそうなゲルマニウムを用い、カリウム塩の環状ゲルメノラートを初めて安定結晶として単離することに成功、その構造は(溶液状態においても)シレノラートのそれと同じくゲルマニウムアニオンのケト型を取ることを明らかにしました。なお、先ほどのテトラアシルゲルマン合成の中間体カリウムゲルメノラートもケト型として結晶が得られています。面白いのは、ケト型として単離されたゲルメノラートでも、求核剤との反応位置は逆サイドの置換基の種類によって、同じTIPS化であっても大きく変わるということです。ゲルメノラートならびにシレノラートのHOMOはα位典型元素に見られてはいますが、この差は立体的な要因によるものと考えられています(アルキル、特にアダマンチル基がでかすぎてエノール型として求核剤と反応できない)。

enolateSi 04 germenolate.jpg

Stable Germenolates and Germenes with Exocyclic Structures
M. Haas, M. Leypold, H. Stueger, et. al.
Organometallics 2015, 34, 5291

じゃあケイ素のヤツはどうなのよということですが、このゲルメノレートの前年と今年2017年に同グループは同じような環状基質を用いてケイ素エノラート、シレノラートのカリウム塩の単離構造決定に成功しています。注目すべき点は、先ほどのゲルメノレートが置換基に関わらず全てケト型であったのに対し、シレノレートの構造はカルボニル逆サイドの置換基がアリールかアルキルかで大きく異なっていることです。アリール置換基の場合、アリールイプソ位らへんとの相互作用が示唆される構造が見られ、エノール型を取っているのに対し、その相互作用のないアルキル(アダマンチル)基ではケト型となっています。

enolateSi 06 cyclic silenolate.jpg

M. Haas, M. Leypold, H. Stueger, et al.
1) Stable Silenolates and Brook-Type Silenes with Exocyclic Structures
Organometallics, 2014, 33, 5956
2) Reactivity of Cyclic Silenolates Revisited
Organometallics 2017, 36, 3765


さて、エノラートの一番の使い道は求核剤との反応で、特にアルドール反応がメジャーな利用法です。こうした14族エノラートも上に挙げた通り、メチル化などには実例がありますが、アルドール反応としての利用が出来るかどうかこれまでわかっていませんでした。Leypold, Stueger, Haasらはこれまでのシレノラートの研究をアルドール化学へと展開し、分子内での反応として初めてシラ・アルドール反応を実証しました。もっとも、その後の骨格転位の半端なさの方がインパクトでかい気がするんですがそれは。ちなみにこの転位反応の中間体としてシレン(Si=C)分子が挙がっており、ほんとにそんな不安定なやつ経るんかいなという感じしますが、計算化学的に支持されてるんだからしょうがない(それ以外に考えつかないし)。

enolateSi 07 sila-aldol.jpg

Synthesis of Structurally Complex Silicon Frameworks through the First Sila-Aldol Reaction
M. Leypold, H. Stueger, M. Haas, et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 8089

以上、アシルゲルマニウムの光ラジカル開始剤の話に始まり、14族エノラートの話をしてきました。前回同様「なんや、エノール型やなくて結局ケト型のα-アニオンやんけ」と思う人もいるかと思いますが、個人的にはSi, Geといった2重結合を作りにくいような環境、また前回のような極めてねじれた橋頭位を介する場合であっても、選択的にカルボニル隣接位にアニオンを生成させることが出来るという点が重要ではないか思います。隣接基関与、立体電子効果ってすごいなあ。

posted by 樹 at 10:00 | Comment(0) | 有機化学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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