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2017年03月20日

提出構造と分子量が違ってた天然物の話

異論が多すぎて怒られる気がしますが、天然物化学は昔から大まかに物取りと合成の2つがあります(ケミカルバイオロジーとかは今回の話と関係ないのでスルー)。天然資源から抗がん活性とか抗菌活性といった生物活性を指標にしたりして有用な成分を見出し、精製・単離し、新しい天然有機化合物を見つけてくるのがいわゆる物取り研究者の役割。ごくわずかにしか取れないような成分を様々な合成手法を駆使してその分子構造を決定していきます。で、それを構造既知なものからどんどん人工的に合成を進めていって構造を確実なものにする、もしくは提案された構造が間違っていることを示して本当の分子構造を明らかにするのが合成屋の役割なわけです。

で、合成屋が死屍累々を乗り越え合成した合成天然物分子と、同じく物取りの人が死屍累々を越えてとってきた天然サンプルを比較することで、構造が合ってるかを見ていくのですが、一番メインとなるのは合成品とのNMRでのデータの比較です。大概の場合は構造異性体なのでひたすらに立体化学を変えたり側鎖や官能基の場所を変えたりすることでどうにかなります(簡単とは言っていない)。
が、この際、考えてみたらNMR以外のデータ(比旋光度は別として)はかなりスルーされている場合が多いような気がします。特に質量分析の場合は全合成しても話に出てこないし、単離論文と異なる分析手法で行っていることもよくある話(装置の問題もあるけど)。なんとなく「出て当たり前」みたいな感覚なのかもしれません。しかし、この質量分析が決定打となって構造改訂が行われることもごくたまにあります。

というわけで質量分析の値が構造と違っていたために起こった構造改訂の話を。

Chida, N. et al.
Total synthesis of stevastelins B3 and C3: structure confirmation of stevastelin B3 and revision of stevastelin C3
Tetrahedron Lett. 2005, 46, 389
Total Synthesis of Stevastelins: Structure Confirmation of Stevastelins B and B3, and Structure Revision of Stevastelin C3
Bull. Chem. Soc. Jpn. 2006, 79, 921


慶應の千田らは天然ゴム漿液から大量にとれるキラルソースであるL-クェブラキトールを出発原料に、環状デプシペプチド天然物であるステヴァステリン類の全合成を行いました。が、このうちのステヴァステリンC3の提出構造のデータは天然サンプルとは一致しませんでした。ここまではまあペプチドとかそういうのはpHとかでも変わるし、どっかアミノ酸とかのD,L違うのかもとかいろいろあるわけです。しかし、その単離文献にはそもそもの提出構造分子量614とは合わない数値の分子量598が[M+H]+として報告されていました。提出構造と報告質量の差は614 – 598 = 16であり、酸素原子1個分が明らかに余計です。分子量違うんだから当然NMRだって違います。

stevastelin1.jpg

そこで天然サンプルを分解して解析を行ったところ、アミノ酸部位に問題はなく、非アミノ酸フラグメントがデオキシ体であることを明らかにし、さらに全合成を行うことで、デオキシ体が真のステヴァステリンC3であることを明らかにしました。

stevastelin2.jpg


こうした「提出構造と分析で得た分子量が異なっていた話」は最近でも挙がっています。



中国人民大学のLiらは鉄触媒によるアルデヒドと不飽和エステルとのカルボニル化-過酸化カップリングを鍵反応としてクラヴィラクトンA, Bの全合成を達成し、併せて全合成例のなかったクラヴィラクトンDの全合成を行ったものの、その構造は天然からのものとは一致しませんでした。さらに水酸基の位置を変えたものや、p-キノンではなくo-キノン体を合成したものの、どれも天然物との一致は見られませんでした。そのためLiらは真の構造は立体異性体ではないかと提唱しています。

Total Synthesis of (±)-Clavilactones A, B, and Proposed D through Iron-Catalyzed Carbonylation–Peroxidation of Olefin
Li, Z. et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 4164

clavilactone1.jpg

一方、慶應の高尾らもこれまでに連続開環/交差/閉環オレフィンメタセシスを鍵反応としたクラヴィラクトンAの全合成を達成していますが、クラヴィラクトンDの全合成を始めるにあたり、とても重要なことに気づきました。

クラヴィラクトンDの単離構造解析のマススペクトルm/z 302の帰属は(M+)つまり分子イオンピーク単体となっています(上図)。が、問題はその分析手法。単離論文ではCI (化学イオン化法)が用いられています。このCIやFAB、ESIといった質量分析の手法は基本的に分子イオンそのもの(M+)として検出されず、[M+H]+や[M+Na]+といった付加体もしくは[M-H]-といったネガティブピークとして観測されるのが一般的です(EIは(M+)で出る)。であれば、CIを用いて観測されたというこのm/z 302のピークを(M+)として帰属するのは疑問なわけです。そこで高尾らはこれを[M+H]+の質量と考え、それはすなわち分子イオンの質量はプロトン1つ分少ない301、すなわち302 = 301 + 1 = [M+H]+であると考えました。そして、窒素側に照らし合わせてこのクラビラクトンDには窒素原子が1つ含まれ、水酸基OHではなくアミノ基NH2を持ったものが真の構造と考えました。

clavilactone2.jpg

Total Synthesis and Structural Revision of Clavilactone D
Takao, K.; Yoshida, K.; Ogura, A. et al.
Chem. Eur. J. DOI: 10.1002/chem.201700483

そして実際の合成によってさらなる構造改訂を行い、最終的にはそのp-キノン部位置換基の位置が異なったアミノ置換体を正しいクラヴィラクトンDと決定しました。

というわけで、初の全合成を目指すんなら単離データはNMRだけじゃなくて質量分析とかもちゃんと確認してから合成スタートさせないと、という話でした。類縁体合成してその中でなんか一個違うってんならしょうがないけど、NMRと違ってこれって開始する前から明確にわかる話だからこれは研究開始してから気づくと凹む話ですねえ。まあ究極例には質量どころか何一つ合ってなかった話もあるのですけど、こうなったらもうわかりようがないからしゃあない。

・構造改訂と論文引用の話

ちなみに質量分析関係ないですが、合成を始める前から「この構造はおかしい!」と看破し、いきなり構造改訂体を全合成した人を僕は知っています(アカデミアにいかなかったけど)。

posted by 樹 at 13:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 有機化学 | 更新情報をチェックする
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