というわけで老害は老害らしく、研究室で汎用されるエバポの使い方の注意事項について。
※これは個人の感想も含むので各研究室流派があるかと思うのでとりあえずこんな人もいる程度に聞いといてください。
日ごろ使ってる人には今更ですが、溶媒を留去するのにほぼ毎日使うロータリーエバポレーター通称エバポ。ポンプで減圧し、水浴で温めつつ、フラスコを回転させることで低温で溶媒を取り除く装置です。
で、日常的に使いまくるし、大量に溶媒があるときにはさっさと全部飛ばし切りたいという風に思うことはしょっちゅう。10グラムスケール以上の合成になると濃縮だけでかなりの時間を取られるのでここが律速に。
エバポって普通に入れると結構な角度でフラスコを取り付けないといけないので意外と溶媒入れられないんですよね。でも思い切り入れてまとめて濃縮したいと思って、エバポ側の角度を変更して一杯ナスにいれられるようにしている人も多いかと思います。
しかし、エバポ側を急にすると図のように、上の冷却塔で冷やされた溶媒がダイレクトでコネクタ部分に当たってしまいます。分解すればわかりますが溶媒が元のフラスコに戻るようなことはないのですが、これの何が問題かというと、真空を保持するためのパッキン部分が有機溶媒等々で常に浸されたような状態が続いてしまうのです。パッキン自体はある程度溶媒耐性はありますがそれでも寿命は縮まります。あれ単なるスーパーで買えそうなゴムパーツだと思ってる人いるでしょ?めっちゃ高いからなアレ!!
というわけで、冷やした溶媒がパッキン部分に当たらないよう、冷却塔はまっすぐ立てましょう。写真からだとわからないけど前後もちゃんとみてまっすぐ立ててください(冷却管のらせん具合が、まっすぐ立てた時にちゃんと適切な位置で凝縮液が落ちるようになってるので)。循環冷却式じゃなくて投げ込み冷却型でも同様です。
パッキンの持ち具合としてはメーカーにも依りますが、角度を急にしてた時は1年持たなかったけど、ちゃんと真っすぐを保持してた場合には3年は余裕でもったような気がします。お金は大事だよ!
次は飛ばした溶媒の凝縮の話。普通の蒸留や還流と同じで冷却塔では蒸気が冷やされ、冷却管周りで結露・液化して落ちていきます。冷却塔も結構縦に長いので、時間がかかる溶媒留去で少しでも時間を短縮するため、結構冷却塔の上でぽたぽたと溶媒が落ちてくるくらいまで減圧・加熱をする場合がありますが、その冷却塔の先には減圧ポンプ直結の管があるので、そこまで攻めた冷却をすると完全に飛ばした溶媒を集めきれず、ポンプの方まで溶媒が行ってしまいます。間にトラップを挟んだとしても限界はあり、ポンプを痛める原因にもなります。
エバポの説明書には「冷却塔の3/4までの間で」といった割と攻めた書き方がされてましたが、個人的には『はっきりと結露する部分が全体の半分を越えない』ことをラインにしています。なぜかというと、特に大スケールで長時間やっていると冷却の冷媒の温度がどんどん上がっていってしまうため、最初半分に抑えていてもエバポ後半には半分よりも確実に上の方まで行ってしまいます。特に冷媒循環式でない投げ込み型の冷却塔の場合は顕著で、すぐにあったまってポンプにどんどん溶媒が吸われてしまいます。こういうことを考慮し、控えめに飛ばしましょう。あと長時間回す場合には冷媒の温度も要チェック。
さて凝縮の話の次は取り除いた溶媒の話。取り除いた溶媒は下についてる丸いフラスコことエバポ玉に溜まります。これも大スケールだといちいち減圧やめて玉の中の溶媒捨ててまた取り付けて減圧開始が面倒になり、限界までため込む人もいます(長時間回しっぱなしで単純に忘れてるだけという場合も多々)。
が、これもよろしくないです。そもそも全体が減圧されてる以上、沸点の低い溶媒がエバポ玉にあった場合そこからも飛んできてしまうので留去効率は下がります。それとヘキサンや酢酸エチルみたいな軽い溶媒ならいいですが、クロロホルムやジクロロメタンの場合、玉が劇烈に重くなります。減圧してるうちはまだよくても、解圧した瞬間に耐え切れなくなって自然落下(で粉砕粉々ハロゲン溶媒飛び散って真っ青)ということもよく聞く話です。なのでエバポ玉の半分くらいまでにしておくのが安全のためです。合わせて、エバポ玉と本体を止めるクリップ、プラスチック製のものも多いですが、割れたのを使うのはやめときましょう(あれけっこうすぐ割れちゃうんだけどね)。また、溜まった溶媒はさっさと捨てて空にしましょう。解圧後の落下が一番怖いので。
ちなみにいちいちフラスコを取り外さずともサンプルを供給できる「ちゅうちゅうエバポ」については以下を参考にしてください。この辺は最近はビュッヒのエバポでもデフォルトでついてたりしますね。
・菅先生の談話会夜ゼミ(東大福山研)
という話で終わってもなんか説教だけっぽいので、エバポを使った反応例もまとめてみました。
Formal synthesis of (-)-morphine from D-glucal based on the cascade Claisen rearrangement
Chida, N. et al.
Tetrahedron Lett. 2008, 49, 358
Synthesis of (-)-Morphine: Application of Sequential Claisen/Claisen Rearrangement of an Allylic Vicinal Diol
Chida, N. et al.
Chem. Eur. J. 2013, 19, 264–269
2工程目(one-potだから1工程目?)のp-アニシリデンアセタール化は通常Dean-Starkを使って酸性還流条件で行いますが、ものによってはそれに耐えられないことも。でも生じる水やメタノールを取り除かないと反応進まないし副反応も。といった場合に、高沸点溶媒を用い、減圧してメタノールを飛ばしながら(一般的な条件より)低温で反応をかけています。
Simplified Preparation of Dimethyldioxirane (DMDO)
D.F. Taber et al. (checked by Wood, J. L.)
Org. Synth. 2013, 90, 350-357
反応自体ではないですが、蒸留精製にエバポを用いてる例。エバポのフラスコ側トラップをドライアイスアセトンで冷やしながらDMDOを集めるということをやっています(写真載ってるけど回転しながらだと擦れそうで怖い)。
A Simple and Versatile Reactor for Photochemistry
Poliakoff,M.; George*,M. W. et al.
Org. Process Res. Dev. 2016, 20, 1792−1798
最近報告された反応で、回転させているフラスコ壁面に噴霧し、光照射を行うことで効率的に光反応を行うシステムです(図に関してはリンク先の写真を参照のこと、Supporting infoにも写真あり)。
ええ、この時点で分かるかもしれませんが、これ純粋に『回転機能だけ』を使っているので冷却も減圧も関係ありませんw
といったところで。共通器具は皆が使うものなので大切に使いましょう。