2016年09月27日

2016年ACS社説から〜元素分析・基礎化学の死・筋トレ〜

(2016年9月30日:本庶先生インタビューリンクと、Janis Louieのムキムキ映像を追加)

気が早いですが2016年ももうすぐ終わりですね、進捗どうですか?(ブーメラン

今年もいろいろな革新的な論文が出たりでなかったりしましたね。
個人的には全合成では
Ryanodolの15工程全合成(Science 2016, 353, 912)
Pallambins C, D 11工程全合成(JACS 2016, 138, 7536)
タミフル60分合成(OL 2016 18, 3426)

構造有機だと
安定ゲルマニウムビニリデン(Nat. Chem. 2016, ASAP)
2個入りポリイン・3個入りロタキサン(JACS 2016, 138,1366; JACS ASAP)
どえらく単純な分子で水素ガス、酸素ガスを使って光応答性をスイッチングするオルトキノン (ACIE 2016, 55, 7432, chem-stationスポットライトリサーチ)

反応だと
遷移金属なしの光照射だけでアリールハライドをボリル化するやつ
(Chem. Sci. 2016,7, 3676; JACS 2016, 138, 2985)
アリールアセチレンと硫黄(S8)だけでアリールチオフェン作っちゃったやつ
(JACS 2016, 138, 10351)
ニトロシルラジカルがトリプトファン選択的にぶっ刺さる遷移金属フリーClick型反応
(JACS 2016, 138, 10798)

でしょうか。なんとなく思いつくままに挙げましたけど。なんか下期の割と最近のばっかし挙げてるから上期のやつ覚えてないだけじゃないか説あるけど気にしない気にしない。

で、今回は化学論文それ自体ではなくて、その論文誌の社説、特に最近のアメリカ化学会(ACS)論文誌の2016年社説で気になったものを簡単にまとめて取りあげてみました。

(1) An Editorial About Elemental Analysis
(Gabbai, F. P. et al. Organometallics ASAP)


過去にOrganic Letters誌(OL)の『NMRデータいじってんじゃねえ!』という、実験データの恣意的ないじくりに対する激おこ社説とその顛末を紹介しましたが("最近のOLのはなし")、今度はOrganometallics誌で元素分析に対する話が上がっています。
冒頭から

”Believe I or not, questions surrounding elemental analyses in submitted manuscripts continue to occupy the forefront of echanges among authors, reviewers, and editors at Organometallics.”

というドストレートっぷり。最近はマススペクトルでHRMSさえ出してればOK見たいな風潮がありますが、あんなん混ざってても出ちゃうんで純度のproofにはなりませんし、NMRだって1:20程度の検出限界なので写らない不純物がいないことにはなりません。その点元素分析は正直に出るので、特にπ系分子や機能材料の分野では元素分析が重要とされているわけです。ただ読んでるとどうにもねつ造とか数値でっちあげるとかそういうのとは違うようです。
曰く、

・元素分析は目的物のバルク純度や、特に収率の算出にきわめて重要である。
・にもかかわらず、収率を出した後に再結晶したやつを使ったり、一回当たっただけで使ったりとかしてるのとかがあって、これはミスリーディングである。
・今後Organometallics誌は新規化合物の帰属を元素分析にて行うことを強く推奨し、それらと合わせて元素分析を行ったバッチでの収率を記載しなければならない。バルク品の純度が立証できないならその点についての正当性を明記すべきである。

だとか。てか個人的には2番目が衝撃的なんですけど。元素分析って自分でできないし常にやってるわけじゃない(ランニングコストもあってある程度サンプル溜まるか週一とか月一)し、そんなバッチ毎都度元素分析出して純度出せって言われましても無理なのでは感。まあこの辺は有機金属や錯体、構造有機業界でまた違った文化があるんでしょうけど。

個人的にはマススペクトルもそうですけど、元素分析も結果のデータ紙が割とテキトーというかぺらっぺらでなんも書いてないんですけどあれでやった証明になるんですかね、って方が。あれデータ本体出さなくてもいいから絶対適当にでっちあげてるやついるでしょ。

(2) Lost in Translation: The Death of Basic Science
(Lindsley, C. W. ACS Chem. Neurosci. 2016, 7, 1024)


世界的にもてはやされてるTranslational Science (応用を志向した境界領域研究や最先端応用研究)の過度な重視に対する警鐘を訴えるeditorial。生活に直結する課題に金が集中するのはわかるけど、そもそもそういう領域の研究者は基礎化学領域で研鑽を積んできた人間で出来上がってるんだから、そこのグラントをつぶしにかかることは将来的に応用分野の死にもつながる、というよく言われる話をこのACS Chem. Neursciで訴えているわけです。Bruce Lipshutz研で学位を取得し、Matt Shair研でポスドクを務めたガチの合成化学出身で、現在ケミカルバイオロジーをはじめとした境界領域の研究をしている(天然物全合成もしてるけど)Craigだからこそいえることだなあと思いました。実際本文中でインタビューが取り上げられてる研究者は全員天然物合成だったり有機金属反応屋だったり。

今更言われるまでもなく、基礎化学で鍛えられた人間はすべての化学の根幹を抑えているのでその後どうなろうとつぶしが聞くわけです。ですが、先端をもてはやしすぎると結局その先が就職先としてアカデミアを含めてどん詰まる(だって先端ってことは他がやってない、ってことだから)という特にバイオ関係でさんざん言われてきたことを繰り返し取り上げています。まあそういう意味では新しい警鐘というわけでもないのですが。そのなかでHartwigは「今や世界中で使われているPd触媒的C-Nカップリング(Buchwald-Hartwig coupling)だって、そもそも純粋な化学的興味で始まったものであって、実用的な応用なんて全く考えてなかった」とも言っています。無論基礎研究なんで真新しいことはそうそう出ないわけですが、インフラをないがしろにする風潮も危ないですし、大体基礎→応用はいけても応用→基礎ってなかなかいけないんですよね。見栄えばっかりもてはやしてるのはまあ学術だけじゃなくて世間一般の風潮にも言えることですけど。

まあ日本の場合、選択と集中とか研究費とかそういう話以前に、任期人員削減と根元から大学そのものをぶっ潰しにかかってるのですけどもね!!!
この先生き残れるか感。特に俺。てか生き残るにしても日本でいいのか感。

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2016年9月30日追記
朝日新聞に本庶佑先生のロングインタビューが掲載され、長期的な、ゴールのない研究に対しての金のばらまきの必要性と現状の危機が述べられていますので、併せてリンクを載せておきます。

(インタビュー)世紀の新薬、未来へ 京都大学名誉教授・本庶佑さん(朝日新聞)
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どうでもいい話としてCraigはKISSの熱狂的ファンで、地元でライブがあると自室の前に等身大ジーン・シモンズのパネルを飾ったり、バックステージ行ってメンバーに会っちゃうレベル。


Craig Lindsley Research Group (Vanderbilt University Medical Center)

In the Lab with Craig Lindsley (ACS axial)←素のKISSとの記念写真が!

ちなみにタイトルの”Lost in Translation”はソフィア・コッポラ監督の映画で、東京を舞台にハリウッドスターとその妻を中心に、現代社会における相互理解の難しさなどを描いた作品らしいです(みてないからわかんない)。”異文化、言語を丸のまま自分の文化言語に正しく移し替えるのは無理で、そうしようとすると必ず何かが失われてしまう”といった感じの意味ですが、もちろん今回の場合には”Translational Science”にもひっかけて使われています。

lost in translationとは?(戸山翻訳農場)



(3) Exercise Your Brain
(Bertozzi, C. R. ACS Cent. Sci.. 2016, 2, 430)


↓要約

筋肉.jpg

まあ要するに「アウトドアや運動でリフレッシュすることは、今ある問題の見直しや良いアイデアを生み出すのに重要」っていうことで、その教授らの例をいろいろと挙げています。まあ中には「リフレッシュ?仕事量で殴れやコラ」的なラボもあるんでしょうけど(;´Д`)

で、載っている例として
「化学科同僚とスカッシュをすることですっきりとした1日が始められるし、考えは冴えるし、ディスカッションもその間できるので、エキサイトして自分のラボに戻って研究を始められる」
「ランニングをしていたら急に素晴らしい問題解決法が降ってきた」
といった通販番組的喜びの声が多数。やってるスポーツもランニングやサイクリングにアルティメットやスキーと多岐にわたります。
中にはウェイトリフティングや元世界チャンピオンとのボクササイズまでやってて、「vividな実験アイデアのいくらかは運動の後に出てきてる」なんて人も。まあScrippsのPhil Baranなんですけどね(20年ジム通いしてるんだってさ、そりゃ年々ムキムキになるわけだ)。

なかにはそんなレベルでは収まらず、145kgのバーベル持ち上げて年齢層ランクでの世界記録を樹立してしまうC&EN誌の編集長(なお女性)がいたり、アメリカ版SASUKEのテレビ番組”American Ninja Warrior”に出演しちゃう有機合成化学(有機金属)の教授(なおこちらも女性)という、もうそれエクササイズとかリフレッシュとかいうレベルじゃないよねって人も(;´Д`)。

C&EN 2016, 94(25),40. "Warrior chemists and wannabe queens"

ちなみに後者はユタ大学のJanis Louie教授 44歳(三つ子!の母)で、ニッケルや鉄触媒による環化反応や結合切断などを行っています(The Louie's group, Univ of Utah)。Janisの例はこのeditorialに載っていないのですが、この著者(Editor)のBertozziは「ここまでの(C&EN編集長)には手をだすな」とも言ってますw





※注 現役有機化学の教授です。なにこのガチムチ。

というわけで、
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「年々データの取り扱い厳しくなるし、基礎化学やばいけど、筋肉がすべて解決してくれる」
という話でした(無理矢理まとめるな

posted by 樹 at 09:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | 有機化学雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
元素分析のオペレータです.興味深い記事をありがとうございました.

元素分析の報告書ぺらっぺら,の部分についてですが,うちはCHN分析についても検量線に関する情報をすべてユーザー研究室ごとに配布し,各依頼試料のデータも装置から出力されるレポート(ピーク面積やデイリーファクターの値など必要な情報は含まれるようなフォームになっています)を必ず添付しています.装置の仕様で測定後に書き換えたものはスタイルが自動的に変更されるようになっていますので,万が一の改ざんの証拠も残ります.入力ミスの場合はノートや天びんのプリントアウトを証拠にして備考として付記します.

どうすれば正式な証拠といえるか,についてはかなり考えてきたつもりですし,これからも必要に応じて改善していきます.

もちろんその後ユーザーがどう扱っているかまで把握することはできませんが.

数値だけの報告書に対してこれで証拠になるの?という疑問は至極真っ当です.なので私としてはこれを読んでちょっと嬉しかったです.元素分析も実験である以上,操作や条件とセットで初めて意味をなします.こういう対応は分析室のよってばらばらですので,良いアイデアや要望があればぜひまた発信していただければ幸いです.
Posted by srk at 2016年09月29日 18:24
srkさん

ありがとうございます。そんなしっかりとしたデータごと配布されているのですか!わたしいままでデータ用紙(の自分のサンプルの部分だけ切られたやつ)だったりそもそも元データの紙じゃなかったりといったのしか経験がなかったので、「あれだけグレード高いものを要求する割に結果の紙こんなんでいいの?」と昔から思っていたのです。近年の要求データの厳しさや元データを要求されたりする機会が増えてるのを考えると、国単位か学会単位で指針を出してもらいたいですね。


めんどくさいことに結果がどうでも、データシートに日本語混ざってるとそれはそれで文句言われるんですよね最近・・・

http://orgchemical.seesaa.net/article/432211661.html
Posted by かんりにん at 2016年09月30日 01:43
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