2016年09月11日

論文中に書かれた愚痴っぽい話

科学論文というとやっぱり研究に関する難しい話ばっかり書いてる印象ですが、そこは人間同士ですので相手に何か言いたいことというものも出てきます。もちろん相手を侮辱するようなことは書けませんし、そうでなくても「紙面の都合もあるしいらんこと書くな」とはeditorによく言われることで、関係ある話ですら削られるくらいです。が、そんななかでも愚痴にも似たアピールのようなことが書かれていることもあったりするので、そんなのをなんとなく集めてみました。


1 haouamimeA.jpg

Furstner, A.et al. Chem. Commun., 2008, 2870

ドイツのFurstnerのhaouamine形式合成の論文で、Baranのhaouamine第一世代全合成(JACS 2006, 128, 3908)の中間体にぶつけておしまいになっています。ところがこの最後のBaran中間体について論文のリファレンス欄に
「論文にある合成法、書いてあるのと違って収率低すぎるんじゃあ!!!」
という文章が。もともとの論文も20%くらいの収率なのにそこからmuch lowerってどんだけ低いんだろ。ただ、

ref(27): Attempts to reproduce the end game did afford the desired product but the yields were much lower than those reported in the literature, despite considerable experimentation. However, the small amounts of product allowed us to confirm the absolute configuration assigned to (-)-1 by comparison with an authentic sample.

と後半に書いてあるようにFurstner自身も「一応絶対立体化学が合ってるのは確認できた」って書いてるし、BaranはBaranで第2世代合成(JACS 2009, 131, 9172)の方がちゃんと再現できるっぽいのでまあいいか。もっともこう言った再現性については最近特に大きく問題にされており、そうでなくても昔から「こいつの再現できない」なんて書き方はよくあるので特に珍しい話でもない気がします(それはそれでどうなのよ

で、今度はそのBaranの話。Maoecrystal Vの合成アプローチの論文(OL 2009 11 4774)が、中国のグループ(OL 2009 11 4770)の直後にBaranからも出されました。Baranが合成アプローチ段階で論文出すの珍しいなあ、と思っていたらその論文のリファレンス欄にこんなことが書いてありました。

2 maoecrystalV.jpg

ref (3): During this period, one of the corresponding authors of the preceding paper was employed as a postdoctoral associate (C.-C. Li) in this laboratory: Gong, J.; Lin, G.; Li, C.-C.; Yang, Z. Org. Lett. 2009, DOI: 10.1021/ol9014392. This work was reported in an NIH proposal (received 8/11/2008 and reviewed on 10/9/2008 by the BCMB-B study section) and a final report to the DFG (submitted 7/17/2009).

「先に出てた中国グループのPIの一人は、うちがこれやってた時にポスドクで雇ってたやつや!合成ルートもNIHのproposalに出してるし!」っていうことですが、これだけみるとなんのこっちゃ感。しかしよく見るとこの先行中国論文とBaranの論文、みると鍵反応とか設計がなんとなく似てるような?というわけで「こいつパクりやがった!」と暗に言ってるんではという話も。だから中国論文が出たのを見て大慌てで論文出したんですかねえ。ちなみに、結局maoecrystal Vを最初に全合成したのはこのルートを進めた中国のチーム(JACS 2010, 132, 16745)。一方のBaranはというとルートを大幅に変え、工程数を劇的に減らした全合成を今年論文にして雪辱を晴らして?います(JACS 2016, 138, 9425)。まああのルートをそのまま続けるのもねえ。

とまあこんな風に、愚痴というかクレームっぽいのも論文に載っているわけですが、本論に書くほど直接関係あることではないのでreferences and notes欄に書かれていることが多いです。逆に言えばこのreference欄、参考文献だけじゃなくてこういった面白いネタが転がっていることも多いのでちゃんと読んでチェックしましょう(下種

がしかし、中には本文にしっかりでているものも。

tronoharine gousei.jpg

Han, F.-S. et al. OL 2015 17 720

マレーに自生するサンユウカ属の樹皮から単離されたTronoharineは、非常に特徴的なかご型骨格を有しているインドールアルカロイドとして報告されました。で、この論文の著者であるHanらはアリルカチオンを経由する形式的[3+3]環化付加反応を鍵として4級炭素を含む骨格構築を行い、裏側にある窒素ー炭素連結ブリッジを構築したのちにかご型骨格を完成させようと考えました。[3+3]反応は検討の末うまくいきましたが、この特異な骨格の構築は非常に難航し、やっとの思いでたどり着いた環化前駆体を用いても最後の閉環反応は起こらなかったようです。

と、ここで衝撃的なニュースが!
なんと1999年にこの化合物を単離構造決定したこのグループが、15年の時を経てこの化合物の構造に誤りがあるとして新たな構造を提唱してきました。

tronoharine revised structure.jpg

※2016/9/12 追記修正
Tronoharine構造改訂前と後の水酸基立体化学が逆になっていたので修正。ところで気づいたんですが、これ単離の大元文献(TL 1999 40 5409)には、同じ論文中で同じ天然物に対して水酸基upとdown両方記載してあるんですけど、なんだこれ。


その結果、特にウラ面にあった架橋部位、もっというと4級炭素の位置も大幅に変わってしまいました。トリプタミンから考えるとまあこっちのが妥当かね感。ところがこの構造改訂は彼らにとって致命的、架橋部位、4級炭素の位置が変わってしまったことで今までさんざん努力してやってきたルートが使えなくなってしまいました。

After extensive investigations of several different strategies, we have established an efficient pathway for construction of the 6/5/6/6/7 pentacyclic core of 1 (提出構造体). However, during the course of our efforts toward the installation of the last six-membered ring, we noted in a very recent report by the same group the structure of tronoharine
was corrected to 2, in which the quaternary carbon is located at C-7 and the double bond is shifted to between C-2 and C-3.


Unfortunately, our preliminary investigation showed that the transformation was ineffective under an array of ordinary conditions. Here, although other methods remain to be investigated, we decided to terminate our efforts because, at this stage, Kam and co-workers declared that their originally proposed tronoharine 1 was misassigned and corrected the final
structure to 2(構造改訂体).


要約:パトラッシュ、僕はもう疲れたよ

もうこの文章からするこのウワアアア<('A`<)感。そもそもこの論文のタイトルからして

Synthetic Study toward the Misassigned (±)-Tronoharine

というので著者グループの気持ちがむんむんに。
論文の形ではどんなに提出した構造が間違ってた場合でも"proposed"とか"putative"とかを使うのが一般的です。確かに構造改訂した当の韓国グループはその論文内で"misassigned"って言っていますが、なかなか他人に"misassigned"なんて「お前間違ってるやないか」感を出させる単語は使わないような。。。。

もっとも提出構造(間違ってるって言われた構造)を実際に合成してみない限り、違うとは言えないわけですが(ねつ造疑惑でおなじみのHexacyclinolの時もこんな変な形でRychnovsky, Porco Jrを批判してた人もいましたけど)、無理な構造出されて合成しろって言われても無理なもんは無理ですし、少なくともやる気は全く起こらないですよね(;´Д`)

Heacyclinolの顛末について
The Heacyclinol incident (Pittsburg大, Wipf研)

という感じで愚痴っぽいというかクレームというか、そういう感じの気持ちが伝わってくるものを集めてみました。研究をやってる以上よそのグループのやったことにヽ(`Д´#)ノこの野郎!!!と思うことはよくあるわけですが、まあでもいうて論文ですのでお上品にそれを伝えられるような(読者にお察しいただけるような?)表現を心がけたいものです。論文書くって難しいね!

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by ヨメレバ
posted by 樹 at 09:00 | Comment(4) | TrackBack(0) | 有機化学雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
haouamineの[4+2]ですが,マイクロウェーブにかける前にフラスコをTMSClで洗ってシリカを殺しておくのが鍵だと聞いたことがあります.これをするとしないとでは収率が全く違うらいいです.
Posted by ken at 2016年09月12日 03:20
>kenさん

ありがとうございます。その話は初めて聞きました。でも空のフラスコのシリカをつぶしとくってのもよくわからないような?そんな混ざるもんなんですかね。
Posted by かんりにん at 2016年09月13日 00:15
横から失礼しますが、おそらくフラスコのガラス表面の水酸基(Si−OH)を潰すという意味ではないかと。
Posted by ぴーぴーぴー at 2016年09月15日 00:30
>ぴーぴーぴーさん

あーなるほど、そういう意味ですか。勘違いしてました、ありがとうございます。
Posted by かんりにん at 2016年09月15日 13:12
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