1)モレキュラーシーブスは塩基か酸性か
2)モレキュラーシーブスは脱水剤か貯水剤か
3)TBAFにモレシな話
モレキュラーシーブスは合成化学者にはご存知の通り脱水乾燥剤として利用されているので、溶媒の脱水に用いたり系内で生じる有機低分子を吸着させたりといった使われ方をされていることがほとんどです。蒸留するよりも水分が少なくなるということで、実験の危険性回避で蒸留をできるだけ避けるようになってきている昨今ますます利用されている感があります。
Drying of Organic Solvents: Quantitative Evaluation of the Efficiency of Several Desiccants
D. B. G. Williams, M. Lawton,
JOC 2010, 75, 8351
しかし何でもかんでもモレシを入れれば乾燥できるわけではありません。3Aや4Aなどモレシごとで吸着できる穴のサイズが異なるので、目的に合ったモレシを選択しないと溶媒そのものが吸われてしまうことにもなります。また、モレシの添加はあくまで脱水であって、蒸留とは全く別であるということはちゃんと理解しておかないといけません。特に含窒素系のものは溶媒が空気酸化されたものも入ってたりしてるので当然そんなのはモレシでは除けません。
・乾燥剤の種類と乾燥能力(+再生法と乾燥対応表) (ナカライテスク)
それだけではなく、なぜかアセトンはモレシを入れると水分が増えるという謎現象も報告されています。これは、以前も書きましたがモレシが基本的に塩基性であるためで、アルドール反応、Claisen縮合等を繰り返し、2量体由来のメシチルオキシドができてしまうため、その際の脱水反応で水がどんどん増えていくと報告されています。さらには3量化したイソホロンもできるとか書いてあるブログやらなんやらも。というふうに「アセトンにモレシは水増える」って論文にはあるんだけど、各種メーカーのデータだとアセトンのモレシ脱水の表もあったりするんだよなあ。どうなってるんだろほんとのところ。
(Jul/6/2016:イソホロンあたりの図と文章を修正)


Desiccant efficiency in solvent drying. 3. Dipolar aprotic solvents
D. R. Burfield, R. H. Smithers
JOC 1978, 43, 3966
1)モレキュラーシーブスは塩基か酸性か
そんなモレシは、ただ入れただけでは水は吸ってくれません。というかもう空気中の水をたっぷり吸った状態で置かれていて機能は低下したままですから、加熱などで吸着された水分子をふっとばし活性化してから用いられます。そんな活性化法と収率について面白い論文があったので紹介します。
すっかり湿気てしまったモレシを(´つヮ⊂)ウオォォと元気にさせるためには基本的に熱をかけて吸着された水を追い出してやる必要があります。ガスバーナーでの加熱や減圧下でのヒートガン加熱などがよく用いられてきた気がしますが、一般的な溶媒乾燥では2000年前後くらいに登場した電子レンジ加熱メソッドが知られるようになりました。
・モレキュラーシーブスの種類と主な用途(東大)
(゚Д゚)<電子レンジなどで手抜きをするとは最近の若者はけしからん!わしらのころはバーナーで夜通し(以下略
などという
とはいうものの、目に見えて違いがわかるわけではないのでどの方法でどれだけちゃんと活性化されたのか、ほんとに効果は変わんないのかはぼんやりとしたままなのも事実。加熱しすぎるとモレシ溶けて穴が埋まって不活性化するとかなんだとか、その他いろいろ都市伝説的なのもあったり。
そんななか、モレシの活性化方法で反応収率を比較している論文がありました。
Advances and mechanistic insight on the catalytic Mitsunobu reaction using recyclable azo reagents
J. Košmrlj, T. Taniguchi
Chem. Sci 2016 Advanced Article DOI: 10.1039/C6SC00308G
論文の目的自体はジアゾ試薬を鉄-フタロシアニンによって空気酸化させる触媒的光延反応とその反応機構についてのすさまじく詳細な報告(Supporting Infoがなんと210ページ!)なんですが、それはスルー(ぉぃ
この反応の条件検討で脱水剤の検討が行われており、モレシ添加が極めて重要であることが分かりました(モレシなし、各種硫酸塩だと0%)。さらなる収率向上のため、論文のいうところのモレシ活性化の"traditional methods"を様々試したところ、劇的な差が見られました。不活性のままは論外、オーブンも大して上がらずマイクロウェーブ1000Wでもそれほどでもない結果(逆に言うとオーブン加熱はマイクロ波活性化以下なのかという感じ)。もっとも結果が良かったのは高熱をかけるシリーズのヒートガンやバーナー。簡便性からこの論文ではヒートガン活性化を採用しています。溶媒中の湿気だけではなく、鉄フタロシアニンでの空気再酸化によって水が系内で発生するため、この結果の改善は反応中間体が水に対してきわめて不安定だからではないかと述べています。ほんとに脱水だけなんだろうかという気はしますが、実際ここまで差が出ているので活性化法は結構重要なんだなということがわかります。

脱水溶媒としてストックしておく程度の水抜きであるならレンチンで十分な気は私自身もしていますが、反応系に放り込むような、シビアに脱水を要求するような場合には楽はしないでちゃんとした活性化法をした方がよさそうですね。もっとも論文のはマイクロウェーブ1000Wなので厳密には電子レンジとは異なるわけですが。
(※各種論文誌の規約には『出力がいろいろありすぎるし信頼性に問題あるからマイクロ波の実験に電子レンジの使用は認めない』といったことが書いてあるはずです。論文で電子レンジを使っていないのはこの辺が理由です。まあマイクロ波反応が流行ったときに「電子レンジ」を使ったような低クォリティ論文の洪水を防止するためにこう書くことになったんじゃないかと思います)
初めて論文ベースの、経験的な話ではない話としてこういうのを見た気がしますが、こういうのも論文として出てくるのはありがたいですね。