"どんなに画期的なアイデアでも、同じアイデアを持っている人が100人いても不思議ではない。こんなことを思いついたのは自分だけだと、全員が思い込んでいるにすぎない。"
という格言(この先に続きがあってそれだと意味変わっちゃうんだけど)があるらしいですが、どんなにいいアイデアを持っていても、それでいい成果が出ていたとしても、自分だけがそれをやっている保証は全くありません。そしてそれを世に出そうと思ったとき、誰かに先を越されてしまえばパーになってしまうのが研究の世界。古くはグラハム・ベルに2時間遅れで電話の特許を申請したため優位性が認められなかったイライジャ・グレイなんかが知られていますが、論文でも同じようなもので、1番じゃないと「発明者」とはなかなかなりません。むろん実用化や効率化も非常に重要なので2番以降はそういうことが重要になってくるわけですが、結局それらは1番の人の業績があって、という話になってしまいます。先行者と同じことを独立してことをやっていても、2番手になってしまえばパクりともいわれてしまい、大概の場合論文としての発表自体ができなくなってしまいます。何年研究にかかっていようがパーです。こんな感じで先に出されてしまって博士の学位がお亡くなりになってしまった話も聞きます。
さすがに論文の世界では数時間でアウトというわけではなく、ある程度時間が近ければ何とかpublishさせてもらえる場合が多いのですが(もちろん緊急事態なので大至急論文化しないといけないわけですが)、今回は無事(?)同時に出すことに成功した(と思われる)世界同時多発類似研究を取り上げてみます。
Englerin類は強力な抗がん活性をもつセスキテルペン天然物で、一時期合成がブームになった化合物ですが、この全合成が2010年のAngew. Chem.に連報で登場しました(投稿日も同じ)。被ったのはスペインのEchavarrenと中国のMa。鍵は金触媒による金カルベノイド中間体を用いたene-yne連続環化。違いはというと環化前駆体に余計な水酸基があるかないか(あと触媒種がちょっと違う)くらいで被るにもほどがあるレベル。
ちなみにEchavarrenはこの4年前にこの金触媒カスケード反応によるモデル骨格合成、そしてこの前年後半に、Englerin骨格の2級水酸基デオキシ体のラセミ合成をほぼ同じ基質で金触媒によって達成しています。って考えたらどう考えたって丸被りするだろと計画段階で100%わかると思うんですが・・・

・D. Ma et al. ACIE 2010, 49, 3513-3516
・A. M. Echavarren et al. ACIE 2010, 49, 3517-3519
他にもOrganic Lettersで2014年ネタかぶり事件が起こって(?)います。DABSOは、本来気体である二酸化硫黄SO2をDABCOとの錯形成によって固体として取り扱うことのできる便利な試薬で、ここ数年流行りの官能基、生物活性スルホン化合物の合成に使われるようになってきました。
この試薬を開発したのがイギリスのWillisなのですが、そのWillisが開発したDABSOを用いた多成分連結反応が見事にアメリカのRockeとかぶりました。有機金属試薬や3成分目の連結条件が若干違うものの基本コンセプトは同じ。これだけ見るとWillisのパクリとか思う人もいるかと思いますが、誰にでも使ってもらえる試薬を開発した以上、たとえ開発者本人であってもこうなることはしょうがないような気がします。むしろ使ってもらえたのだからありがたい?いや微妙だな。。。ちなみにお互いの論文がreferされているのでちゃんと事前に調整済の模様。

・M. C. Willis et al. OL 2014, 16, 150-153
・B. N. Rocke et al. OL 2014, 16, 154-157.
と、このように連報で出ると「なんか偶然出す時期かぶった!」という感じがしますが、実際には事前にお互いの内容を知っていて、投稿を調整して同時に出すということも多いです。どっちかの研究が(下手したら自分の方が)丸つぶれになるリスクを考えたら、相手がやってるとわかった以上ガチで競争してもいいことないですし。特に同じ論文誌で連報の場合は大体調整の結果だと思います、back to backになって同時発明って感じにできるし。他紙で同時期に出たらさすがに偶然だとは思いますが。
つい最近出た世界同時多発同じ反応事件では、アリールケトオキシムとアルキンを用いたコバルト触媒的イソキノリンの合成があります。なんと3報がほぼ同時に登場。違いと言えば金井-松永 vs Ackermannだと塩基のアルカリ金属部位がNaかKかしか違わないし、Sundararajuもオキシムが無保護で溶媒違うとは言っても触媒種も塩基も同じだし。なんすかこれ。Referenceにしても著者自らが相手のを引用している形跡はなく、Editorによって後からこれら3報のリンクが追加されています。金井-松永組とAckermannだと投稿日が同じとはいえジャーナル違うし、AckermannとSundararajuだとそもそも投稿日がSundararajuの方が早いし・・・、これほんとに調整なしのガチで投稿日被ったパターン?ただよくわからないのが、Sundararajuの方が投稿もオンラインに載ったのも早いのに掲載ページ番号はAckermannよりも後という・・・。

・M. Kanai, S. Matsunaga et al. ACIE 2015, 54, 12968-12972
・L. Ackermann et al. Chem. Eur. J. 2015, 21, 15525-15528
・B. Sundararaju et al. Chem. Eur. J. 2015, 21, 15529-15533
さて次の例は、フルオロアレーンの頑丈なC-F結合をニッケル触媒でぶった切って、クロスカップリングに利用できるホウ酸へと変えるdefluoroborylationです。すでに合成法の確立されている含フッ素創薬分子の構造改変に利用したり、ホウ酸へ変えた後に放射性フッ素を導入することでPET(陽電子放出断層撮影法)診断薬へ変換するなどの利用が期待できる手法ですが、これがモロ被り。ただ、ニッケル触媒もリガンドも同じなのに添加剤等の違いで導入できるホウ酸エステルに違いが出るのは面白いです。これも調整の上、同じ日に論文が投稿されています。

・R. Martin et al. JACS 2015, 137, 12470-12473
・T. Niwa, T. Hosoya et al. JACS 2015, 137, 14313-14318
ところがこの論文、どういうわけか同じ日に投稿しているのに、掲載版の論文のページは連番どころかだいぶ離れてしまっています。実は今まで見てきた「示し合わせて同時に投稿」というやり方も万能ではありません。同時に投稿したってそれぞれが同じ査読者に行くわけではないので審査結果が異なることがあります。そうなると査読者の当たりはずれでacceptの時期がずれてしまい、連報にできなくなってしまうことになりえるのです(これ片方だけrejectされたらどうすんだろうね)。上の例がまさにそうですが、これだと投稿日が同じなのにページが連番じゃないので同時に出た感じが出ません。ですがこれらはreference欄にて、「この研究はOMCOS-18で発表されたもので、同時に類似の研究が○○によって発表されていた」とお互いの学会発表(当然論文発表より前)を記載して、成果の等価性をアピールしています。同じ学会で発表していたのならこういうのもreferenceに挙げておいて保険をかけておいた方がよいのかもしれません。
以上、こんな風についうっかり被った場合には同時投稿で手打ちにするパターンも結構多い、という話でした。そして最近もそんな天然物の合成の報告が登場しました。

・J. L. Wood; M. K. Brown et al. JACS DOI: 10.1021/jacs.5b13586
Hippolachnin Aという4員環を含む抗菌活性海産ポリケチドで、Carreiraが2015年に初の全合成を達成しています。そしてこの論文は2nd synthesisになるわけですが、見てわかる通り、Colorado州立大からBaylor大学に移ったJohn WoodとIndiana大のKevin Brownの両天然物合成屋の共著 & double corresponding authorという、全合成では大変珍しいパターンです。
まずはBrownの合成戦略ですが、この化合物は4員環部分とエノールエーテル部位をどうやって効率的に構築するかがカギとなります。そこでBrownらはQuadracyclaneという高ひずみ分子を利用した不飽和エステルとの形式[2+2](正式には[2π+2σ+2σ])反応とC-H官能基化を用いることとしました。
検討の結果、酸クロリドを用いて超音波による[2+2]を用いることで良好な収率とジアステレオ選択性でシクロブタン環の構築に成功しました。続いて(元)橋頭位C-Hの酸素官能基化を行ったのですが、Christina WhiteのPd触媒による手法は極めて低収率となってしまったことから、仕方なく酸化度をアルコールまで落とし、超原子価ヨウ素によるC-Hエーテル化を経て再度酸化する経路を採っています。その後はCarreiraの中間体まで持って行き既知経路を経て形式全合成を達成しています。

この経路の問題点は、せっかくカルボン酸にしている部位をわざわざ還元し、そのあとまた酸化している点と、他人の中間体にぶつかったところでしょうか。
一方のWood、こちらはどうやって合成戦略を建てたかというと、Quadracyclaneという高ひずみ分子を利用した不飽和エステルとの形式[2+2]反応とC-H官能基化による効率的全合成を目指しています。
・・・あれ、さっき見たぞ?

こちらは不飽和マロン酸誘導体とルイス酸触媒によるquadracyclaneとの[2+2]の後、片側カルボン酸のオレフィンへの変換を経て、Christina White法によるC-H官能基化により酸化度を落とさずにラクトンの形成を行っています。Brownでうまくいかなかった手法がこちらでうまくいっているのは、(元)橋頭位C-Hが反応性の高いアリル位になっているからで、Brownの場合にはC-H官能基化前にこの部分を水素添加で完全にアルカンに変えてしまったことが致命傷になったようです。そしてこのラクトン部位を用いて3工程を
さてこちらの合成の問題点はというと、最初の[2+2]のジアステレオ選択性が非常に悪いこと(再結晶したら大丈夫らしいけど)、そしてそもそも環化反応相手がエステル部位を2つもっているため、片側選択的に、かつ大幅に変換することを余儀なくされていることが大きな問題と言えます。
という、二つの全合成を達成したそれぞれのグループが、2015年6月のアメリカ国内学会でそれぞれが発表に出したところあらびっくり!原料も鍵反応もターゲットもおんなじ合成が!
と、ここまでの流れだとそれぞれのグループが調整して1報ずつ同時投稿するところですが、彼らは自分の欠点となる合成ステップを相手の合成法で補完できると考え、独立した1×2報を出すのではなく、コラボレーション全合成と合わせて1報にする戦略をとりました。そして以下が補完された全合成。こうして、鍵工程をそれぞれ[2+2]はKevin Brown、C-H酸化はWoodのルートを採用することでより完成度の高い全合成が出来上がりました。Quadracyclaneからの合成工程数は各グループでやっていたころは9段階ありましたが、コラボレート全合成によって6工程にまで削減されています(って言ってるけどエノン側の工程数無視してカウントするのずるくない?こういうのよく見るけど)

全合成屋同士のコラボレーション合成ってRB WoodwardとA EschenmoserによるVitamin B12合成を思い浮かべますが最近でもこういうのがあるんですねえ。というかこういう論文の出し方もあるのか、と思った次第。
・WoodwardとEschenmoserのVitamin B12の全合成(Stoltz研時代のNeil Gargの輪講PDF資料 at CalTech)
皆さんも3月に日本化学会年会や薬学年会がありますが、観光で遊んでばっかりじゃなく自分のやってることがポシャらないようアンテナビンビンに張って相手の動向をチェックしましょう。もしかぶっていても早めのアクションができるかもしれません。
おまけ:学会で丸被りなテーマの発表をみてしまった人の顔↓