以前に論文誌が猛烈に高くなっていることを書いたことがあります。
・論文誌が高すぎて
最近はオンライン購読が多いので、この場合では1誌ごとの購読よりも複数ジャーナルのアクセス権を買うパッケージ販売がほとんどです。このパッケージ価格、2,3誌バラで購読するよりも、いらないジャーナルをバンドルした抱き合わせ商法的パッケージの方がお値段的にお得になっているので大概こういう形で交わされているのが実情です。「ならパッケージ買いの方がお得ってことじゃん?」と思うかもしれませんが、単純に単発購入が異常に高いだけです。
このただでさえ高い費用の上、毎年半端ない値上げを敢行しているために、どうにかして論文コストを下げる対策が世界的急務となっています。この改善策としてオープンアクセスジャーナルとかも一般的になってきましたが、さて現状はどうなっているでしょうか。改善したかって?いやいや全然。むしろついに論文誌購読の放棄が緊急議題に挙げられるくらいのレベルの危機的状況にまでなっています。
実は現状、この論文誌購読料に歯止めが全くかからないどころかむしろ加速してる感すらあり、学術機関なのに論文誌を読めないという事態に世界的になっているわけです。もちろん雑誌社によって差はありますが最低年10%くらいは値上げしてるんじゃないかな?特に学会誌ではない、出版社による論文誌料金の高額度合いは尋常ではありません。こういう話ではエルゼビア社がよく筆頭に挙げられていますが、事実、エルゼビアとネイチャーの購読料は他の学会誌よりもケタ一つ余裕で上です。パッケージ規模や複数年契約での購読料固定化などいろいろ各大学で状況は異なるので一概には言えませんが、少なくともうちの場合ではエルゼビアだけで年間2000万円以上が吹き飛んでいます。年間ですよ年間、しかもエルゼビアだけで。
次点はネイチャーパブリッシングでそれの2/3ちょいくらい。ただエルゼビアとNatureじゃあ論文誌の数も全然違うので一誌単価にするとNatureの方がすごく高くなるんですけどね。大学でNature本誌しか購読してなくて
『Nature ChemistryもChemical Biologyも読ませてくれない大学ってなんなんだ!』
(「・ω・)「 (_・ω・)_バァン
的なことを学生のころから言ってきましたが、大変申し訳ありませんでしたorz。なおワイリーも結構なお値段。ほかにもいろんな学会誌論文があるのでトータルしたら「塵も積もれば~」どころか『車に加えてクレーン車や飛行機も積んだら大気圏を突破したでござる』状態。よく読まれてればまあコスト的にペイするのかもしれませんがそれにしても物には限度があるでよ。
うちは小規模なのでこの程度の致命傷で済んでいます(白目)が、大規模な総合大学ともなるといろんな分野の論文を読みたい!となるわけで、結果パッケージは拡大しさらにお値段は膨れ上がることに。どっかの国立大だと1学部だけの論文誌購読で年間1億かるーく飛んでいるという話を聞いたことがあるようなないような。名大だとエルゼビアだけで2億だったっていう情報も?(「elsevier shock」(雪氷圏研究室))その上、論文誌側で全く値下げや値段を据え置く気がないので、日本だけでなく世界的に大学・研究機関側から悲鳴を通り越して暴動寸前のところまで来ています。
大学図書館から見た電子ジャーナルの現状と課題(東京大学)
じゃあ『こんな高いもんもう読めるか!いらんわ!』と言って購読をやめてしまうこともできません。古参の大学なら昔の論文は紙媒体として持っているかと思いますが、例えば、紙媒体を自分のところで全く持っていない論文誌のオンライン購読をやめてしまうと、今後の論文が読めないだけでなくこれまでの論文すら読めなくなってしまうことに。論文誌購読と言ってもデジタルデータのアクセス権を買っていたにすぎないのでそれをやめてしまえば冊子体と違って何も残らないわけです、当たり前と言えば当たり前。
『紙媒体論文誌の購入を制限しよう!』(論文のオープンアクセス化を推進すべき7つの理由と5つの提案 (日本の科学を考えるガチ議論))なんて意見もあるようですが、ここにきてデジタル化の負の面をまざまざと見せつけられるわけです。アナログ最強。しかし最近は論文誌側が紙媒体をやめてオンライン一本にしまっていることも多く、こうなるともうどうしようもありません。ちなみに年間購読権を買わなくても論文1報単位で購入することもできますが、オンラインで1報読むのに4千円はかかります。誰が買うか!ヽ(`Д´#)ノ
さらにそこへきて、日本で『電子ジャーナルが課税対象に』なるという弱り目に祟り目。批判出まくってますが、個人的にはまあそりゃ金取れるとこからは税金かけるよね、っていうか電子書籍対策今頃なのか、とは思うので批判はしません。ただ、総額うん千万~うん億に高騰してるところに消費税10%ってなったらやばい金額になるわけで多少はね?大学のお財布はいくら逆さにしても金が出てくるわけでもないし、お金は貰えないどころかどんどん減らされる一方。
結果、こんな『全く読めなくなる』という負の側面があるにもかかわらず、ついにこれまで買っていった本当に必要な主要雑誌の購読すら大規模に中止するというところまで来ています。名大がエルゼビア誌の大学としての購読をやめたことは日本でも話題になりましたがこれは何も日本だけでなく世界規模での動きです。そして上記の状況から、ここへきて各大学でもたぶん緊急会議(どれを購読するか、ではなくどれをやめるか会議)が行われていることと思います。ただ、1社のパッケージのなかでも分野ごとの強い弱いはあるものの、丸ごとやめてしまうと色々な分野の論文が読めなくなってしまう問題点も。このあたりのせいで『どの分野のがいらないか』という学部間での対立にも発展してしまう状況も多いんじゃないかとも思うので大変にめんどくさい(´・ω・`)(「うちに関係ないからこれいらんやろ」『いやいやお前のが』という不毛なやつとか)。
このような「より金持ちだけが論文を読める」という状況と論文の電子化を受け、これまでアングラであった論文の違法シェアon Webがついにほぼ公の場でも言われるようになってきました(そういやWinMXとかWinnyとかあったなあ、論文関係ないけど)。Rese○rchg○teとかも結構引っかかるよねこれ、どう考えても著者本人がupしてないやつとか。一方の論文誌側も違法uploadを取り締まりにかかるなど対立は深まるばかり、著作権問題だからまあ訴えるのは当然だけど。特にエルゼビアと学会・図書館の対立は極めて深刻で、論文誌の値段だけでなく研究者個人での論文公開時期(エンバーゴ)など様々な面についても、エルゼビア本社のあるオランダですら派手にもめてる有様。
①秘密のことばで論文を違法に「シェア」する若手研究者たち(WIRED)
②なぜエルゼビアはボイコットを受けるのか(PDF紀要:上田修一,横井慶子、慶應大)
③フィールズ賞数学者が開始したElsevier社の雑誌価格等に抗議するボイコット活動 (Current Awareness Portal)
④エルゼビア社の新ポリシーに対し、COARやSPARCなどが連名で反対声明 (Current Awareness Portal)
⑤オランダ大学協会、所属研究者に対しElsevier社の雑誌の編集責任者を退くよう呼びかけ (Current Awareness Portal)
⑥Elsevier社の言語学雑誌‘Lingua’のオープンアクセスを巡り、同誌の編集者6名を含む編集委員全員が辞職し、新しい雑誌を立ち上げへ Elsevier社も声明を発表 (Current Awareness Portal)
むろん出版社側にもある程度のもうけは必要だし、オンラインジャーナルとしての機能が増えていくと、当然サーバー運営費やら電気代やらなんやらと余計な費用が掛かってくるわけで、おいそれと値下げするわけにもいかないのはわかります。ただ、冊子体をだいぶ減らしてオンラインに注力しているにもかかわらず、いまだにカラーページ料金で高額請求するのはどうなんですかねと。
あと「論文誌の表紙や裏表紙に掲載」されるのってめっちゃ高い金払わないといけないのね(;´Д`)
『お願いです、この素晴らしい成果をぜひうちの表紙に!』
って向こうから言ってくるもんだから当然タダだと思ってたのに
『うちの表紙に載せたるさかい、金払いや。あ、裏表紙とかは普段広告枠に使ってるところだからそこの枠買い取る形でだすんで^^ あんさん金持っとるんやしええやろ?えばれるで?』(なぜエセ関西弁)
ってまさか金かかるもんだったとはしょんぼり(ちなみに論文誌側にセレクトされないと表紙になれないことは変わりません、金払えば表紙になるんだったらみんな払うわい)。そもそも、紙媒体を無くしてオンラインだけになった論文誌で『表紙になりました!』って言われても冊子体じゃないから表紙誰も見ないよね?ってか表紙って何?って感じ。
もう研究者側のアピールのための存在の場としてしか意味をなしてないので要るんですかねこの制度(´・ω・`)
そんなわけで学術および出版社側この状況を打破するため、オープンアクセスジャーナルが近年拡大しています。通常の論文誌は雑誌と同じで買わないと読めません。しかしオープンアクセス誌(OA誌)の場合には本の内容となる論文を載せる側が金を支払い、読むのはタダ、という仕組みです。「連載している漫画家が出版社に金を払って、マンガはタダで読める」というとよりわかりやすいでしょうか。こう書くと不思議な感じもしますが、少なくともこれで論文誌側はお金が入るし、タダで読めるのでこれまでの購読負担はなくなり、コンテンツ、知の専有化といったことも避けられることになります。最近ではアメリカだとNIHの助成を得た研究はこのOA誌を使って成果を報告しなければならないという風にもなっています。
しかしこれも問題が山のようにあります。これまでは売れる論文誌を作るためにそれなりのクォリティ(論文誌)を担保する必要があったわけです。売れる雑誌を作ろうと思ったら面白いコンテンツで固めるのは必須ですし、そのための掲載の競争も上がるわけです。ところが「連載している漫画家が出版社に金を払って、マンガはタダで読める」のようにコンテンツ側が払うスタイルの場合、別に出版社は読者の方を向かなくたって金は入るわけです。もっと言うと向いてても入ってくる金は変わりません。そして売れたい研究者(漫画家)志望は腐るほどいるわけで、出版社側が黙っていても需要が止まることはありません。クォリティを気にしなければ審査をザルにしても金は入るわけですし、結果、論文を金で買っている状況になるわけです。このため、有象無象のOA誌が雨後の筍のように発生し、毎日のように『投稿しませんか』というスパムがやってきます。この辺の問題は以前に書いたのでそちらをご覧ください。
・タダで読めるけど・・・-オープンジャーナルのあやしい世界
一方で完全なOA誌にせず、通常の論文誌スタイル(購読者側が支払う、投稿はタダ)に加えて、その中から自分で(料金を払って)オープンアクセスにすることもできるハイブリッド型の論文誌も広がってきました。古くからある論文誌も最近はほとんどこのスタイルになっています。これであれば質は担保できますね、めでたしめでたし。
なわけありません。そりゃオープンにした論文はだれでも読めますが、それ以外は相変わらず論文誌購読してないと読めません。より割高になってるような???
そしてこのハイブリッド型OA誌になっているにもかかわらず、その購読料はオープンアクセス制度の影響を完全に無視した上昇を見せており、まるで改善の気配は見えません。
もっと問題なのは、これまで論文誌は図書館・図書部門側がその費用を使って購読していたのに対し、OA誌の掲載料は研究者側が支払うことです。つまり余計に研究費を取られるわけです。OA誌の掲載料も雑誌によってピンキリですが、日本学会誌のChemistry Lettersでも10万弱(※11/27訂正:Chem. Lett.は5万円でした、なおBCSJは10万円)、出版社誌のNature Communicationsに至っては50万も払わないと載せてくれません。もちろんこれは論文一報のお値段です。その結果現状、通常の購読料に加えて、『知の専有はよくないよね^^』というお題目で研究者からも論文代をむしり取る、出版社がより儲けられるシステムと化してしまっているという感じがします。研究費だけでなく論文発表にもこの異常な高額を要求される流れは『貧乏人は研究すんな』と言われているような気がしてならないのですが。なんか金持ちだけが研究して論文出すという状況は中世にタイムスリップしてるような・・・?
という話で終わると、まあどこにでもある出版社に対する文句の話だけになるので、ちょっと毛色を変えて。
まあ出版社側もオンラインジャーナルとしての機能が増えていくと、当然サーバー運営費やら電気代やらなんやらと余計な費用が掛かってくるわけで、おいそれと値下げするわけにもいかないのはわかります。オンラインともなれば全世界からインターネットを通じて大量のアクセスが来るわけで、これまでのように本を刷っておしまい、とはならず、24時間365日世界中の高アクセスに堪えないといけません。その上論文コンテンツが増えれば増えるほど管理する容量も増えていくし、最近はSupporting Informationのデータ量もうなぎ上り、ビデオコンテンツすらある状況です。アクセス制限・許可といったセキュリティ対策もしないといけないし、某国でよく見られる論文のロボット一括大量ダウンロードの対策もあるし。
そんな状況で、例えばOA誌は「論文投稿者から掲載決定時にだけ金を集める」という集金スタイルで長いことやっていけるのかというのはちょっと疑問に思います。これまで雑誌購読料を1機関から数千万×世界各地でかき集めてきていることを考えると、掲載論文という圧倒的に数の少ないものから金を集めるスタイルは、仮に1報50万だったとしても結構収入源としては心もとないなあという気も。腐るほどあるスパム論文誌はたぶんこういう首が回らない状況になったらサーバーごと落としてドロンする(死語)んだと思いますけどね。まあそういうところは論文絞らないで無制限に受け入れるだけだからいいのかな?仮に夜逃げ同然で消滅しちゃったらどう担保するんだろ、自分の成果が発表されたことの証明って。
そう考えると個人的には遠い将来、オープンアクセスジャーナルは投稿時にだけ集金するのではなく、年会費的に毎年掲載費や維持費を請求する、というスタイルになっていくんじゃないかと勝手に想像しています。こうすれば運営費も安泰だし。年間維持費を滞納したらオープンアクセス不可にして『こいつのこの論文は料金滞納により読めません』という半ばさらし者にするスタイルとか、充分あるんじゃないかなあと。もしくはRetraction?
え、全然研究者のためのオープンアクセスになってないって?現状でも大してない(なってないというか負の面がデカすぎる)ですけど、何か?
まあ学会じゃない商業ベースの相手に学術成果発表の場を任せるとこういうことになる、ってことなんでしょうけどそうは言っても今更出版社から奪い返したとしたって全然解決になってないし。
とりあえず要は『金くれ』ってことです、論文に限らず色んな問題これで解決するし(/・ω・)/
追記
最近のケムステで大きく取り上げられている日本の化学ジャーナルをどうにかしようという話があります(日本発化学ジャーナルの行く末は?-Chem-Station-)。投稿ももちろん考えないといけませんが、そもそも日本のジャーナルでありながら、これを大学として購入してるところって国内にどれほどあるんですかね?学生のときにいたところはありましたが、今の場所は購読していません(研究室としては冊子体購読してるけど)。
ところでCL、BCSJを盛り上げようIF上げようという運動するんなら、大学が投稿論文のIF値で給料とか業績の評価するのまずやめてくれませんかね?今日び若手は任期とかある中で業績出さないといけないから、そういうことされると出さないよ?