2015年10月28日

情報ソースはウィキペディア、な論文の話

今年10月のはじめに、ABC朝日放送で『炭酸ガスと水で効率的に石油を合成した』という研究発表が報道されました。エネルギー事情は最近特に重要な問題ですから、この成果は大きな話題を集めました。

【速報】京都大学、炭酸ガスと水を使って石油合成に成功 (アルファルファモザイク)

しかし、これだけハイインパクトなトピックにも関わらず、追随する報道は全くなく、それどころか研究室からも大学からもプレスリリースがないという、いったいどうしてそんな報道をしたのかというとこからよくわからない感じになっていました(結局現時点で報道1次ソースは存在せず(朝日放送の動画はもう見れない)、まとめサイトを貼らざるをを得ない形に)。何よりも、研究者としてはその研究成果のソースである論文が一体どれなのかすら明らかにされていなかったので色々怪しい感じがどんどん強くなっていきました。

で、やっと論文の正体が明らかとなり、それは日本の国際化学論文誌であるChemistry Letters (Chem. Lett.)だったことがわかりました。


An efficient way of producing fuel hydrocarbon
from CO2 and activated water
Tadayuki Imanaka, Tadashi Takemoto
Chem. Lett. DOI: 10.1246/cl.150720


これだけでもわかる人は吉本新喜劇ばりにヽ(・ω・)/ズコーってな具合になったのですが、これが相当な論文でして。。。テレビ報道があったことも後押しして、この中身について強い批判が集まりました。

1) 「炭酸ガスと水で効率的に石油を合成と発表」のChemistry Lettersにツッコミまくる人々(Naverまとめ)
2) 「炭酸ガスと水で効率的に石油を合成」のファーストインプレッション (togetter)
3) 『炭酸ガスと水で効率的に石油を合成』:論文を読もう (隠れ家的な闇的な)

詳細は専門外ですし↑に任せるとして、でかくブチ上げたにもかかわらず突っ込みどころ満載な中身だったことに加えて、なんと学術論文にもかかわらず、その参考文献にウィキペディアが挙げられているということも判明しました(論文のref 6参照、Fischer-Tropsch processについて。読めない人は3のブログで確認してください)。

ウィキペディアと言えばいまや大体みんな検索かけて真っ先に読んじゃう、ラフに調べものするときには使っちゃうものではありますが、1)だれでも編集できるうえに 2)専門家が書いたとは限らない 3)現在残っているものが正しいという保証は一つもない という意味で確実なソースとするには極めて危ないものでもあります。そういう理由から、学生実験や雑誌会勉強会では学生に「ウィキペディアは信用するな」とか言っている教員がほとんどなわけですが、そんな中で学術雑誌がウィキペディアを公式ソースに挙げて、そしてそれをエディターが通しちゃった、という一連の流れが炎上に拍車をかけたわけです。

その結果、論文としての中身がアレな上、『ソースがウィキペディアってwwwwww』という論文を受理してしまった側にも当然批判が集まるわけで、Impact Factor値1.3の日本が誇る国産化学論文誌Chemistry Lettersはツイッター上で

「Chem. Lett.はこんな論文も通すのか」
「ウィキペディア引用するような論文通すなよ、日本化学会のレベルが疑われるぞ」
「エディターも査読も機能不全だな」
「ここまで落ちぶれたか」
「まあChem. Lett.だし仕方ないね」
「そもそもChem. Lett.って時点でお察し」
「あーChem. Lett.か・・・」
「Chem. Lett.ってもしかして査読ないの?」

といった具合のウルトラフルボッコを食らっておりました(実社会でも「あれはないわ」であふれてましたが)。IF低かろうが何だろうが化学的に、論理的におかしいものを通すのは論文として論外なんですけどね、あくまで新規性の程度で判断すべきであって。だからIF低いものほど審査ザルになるのは本来おかしいんですが。もっとも論文一個でそのjournalのクォリティを見るのもよくないんですけどね、Natureやアンゲにもゴミみたいなのもあるわけで。

さてそんな大炎上のM山レターズChem. Lett.ですが、アレな中身という論文本体とその査読についてはさておき、今日びネットデータベースも充実してきてるわけですので、『ネットコンテンツは論文の参考文献として挙げてはいけない』といったことは全然なく、むしろアメリカではそのためのルールも出来上がっているくらいです。このあたりはだいぶ前に紹介しましたが、参考にしたサイトの名称や管理人名に加えURLとそれを閲覧した年月を明記する、と言ったことが必要とされています。詳しくは↓を見てね☆(ゝω・)vキャピ

・ネットコンテンツを参考文献に挙げる話

とはいうものの、やっぱりウィキペディアをソースにするってどうよ?と思うのもよくわかります。そもそもあれが合ってるという保証ないし、いくらでも書き換えられるし、大体、同じ項目なのに言語ごとで書いてる内容違ってたりするし。
というわけで、「ウィキペディアを参考文献に挙げてるような論文wwwww」はほかにあったりするのか探してみました。

すると、大変意外なことに、いまや一流の化学論文誌(というか高IF論文)でもウィキペディアがソースに使われていることが判明したのです。

※基本的に化学研究の論文を対象にしています。化学教育分野(J. Chem. Educ.とか)になるとwikipediaを含めたネットコンテンツ引用はすさまじく多いです。

一流論文誌ってどこかって?Angewandte Chemieもそうだし、JACSやJ. Med. Chem.どころか、NatureやScienceでも見つかりました。

意外に多いなと思ったのが、『wikipediaから引用した画像』を使った論文。これでもちゃんとwikipediaはれっきとしたreferenceです。『表紙デザインのために使った』というものもあれば、『論文中で使う天然物ソースの植物写真』として引用しているものもあります。表紙はいいけど、ソース植物画像をwikipediaって大丈夫?あれ結構間違ってるんだけど。

・表紙画像を引用
1) C-H Bond Functionalization through Intramolecular Hydride Transfer (Review)
Michael C. Haibach and Daniel Seidel
ACIE 2014, 53, 5010
"**"部参照。

2) Complexity-Building Annulations of Strained Cycloalkanes and C=O π Bonds (Perspective)
Jeffrey S. Johnson et al.
JOC 2010, 75, 6317
Acknowledgementの項目参照。

・論文中使用する画像として引用
1) Orally Active Opioid Compounds from a Non-Poppy Source (Perspective)
Robert B. Raffa et al.
J. Med. Chem. 2013, 56, 4840
Figure 1の植物写真。

2) Chemistry and Biology of Acylfulvenes: Sesquiterpene-Derived Antitumor Agents (Review)
Marina Tanasova and Shana J. Sturla
Chem. Rev. 2012, 112, 3578
Figure 1のキノコの写真。

3) Challenges in aromaticity: 150 years after Kekule’s benzene (Editorial)
Nazario Martin and Lawrence T. Scott
Chem. Soc. Rev. 2015, 44, 6389
Figure 2のケクレ顔写真を引用。

4) The Phenomenon of the Styrian Arsenic Eaters from the Perspective of Literature, Chemistry, Toxicology, and History of Science−“Strong Poison” or “Simple-Minded Reasoning”? (Essay)
W. Martin Wallau
ACIE 2015, 54, 2
ref 2, Figure 1の小説表紙画像を引用

あとは「Wikipediaでも"○○××△〜"といったように紹介されている」という、なんというか「これ、ウィキペディアにも載ってるんやで」的な紹介の仕方で使われている例も見られます。

1) Correspondence on Microwave Effects in Organic Synthesis (Correspondence)
Gregory B. Dudley et al.
ACIE 2013, 52, 7918
ref 12参照

2) Rings in Drugs (mini perspective)
Richard D. Taylor et al.
J. Med. Chem. 2014, 57, 5845
ref 33参照。

3) The Woodward–Doering/Rabe–Kindler Total Synthesis of Quinine: Setting the Record Straight (Review)
Jeffrey I. Seeman
ACIE 2007, 46, 1378
ref 65参照。

ところで今まで挙げてきた通り、基本ウィキペディアを参考文献に挙げているのは大半がreview, perspectiveといった、いわゆるまとめや紹介論文です。それでも十分すごいとは思いますが、研究論文の中でウィキペディアを引用している例もしっかりあります。しかも見つかったサンプルのなかにはJACSのフルペーパーも。そしてそれらの論文では、事例の引用としてだけでなく『用語』『手法』の定義のソースとしてウィキペディアを参考文献に挙げています。今回のChem. Lett.も同じパターンですね。そして学生実験レポートでやるパターンでもあり。一番ソースにしたらいかん事項な気もするんですけど・・・。

ただしこれらの例でも、事後の改定・改編で困らないように「wikipediaには"○○〜"と記載されている」という、ウィキペディア記述文のコピーも同時に挙げています。やっぱりこういう形で保全しとかないと後々困りますもんね。

1) Evans Enolates: Solution Structures of Lithiated Oxazolidinone-Derived Enolates
Evan H. Tallmadge and David B. Collum
JACS 2015, 137, 13087
ref 26, "Isodesmic reaction"について。

2) Why the Mechanisms of Digermyne and Distannyne Reactions with H2 Differ So Greatly
Paul von Ragué Schleyer et al.
JACS 2012, 134, 8856
ref 46, "The inert pair effect"について。

3) Anti-Electrostatic Hydrogen Bonds
Frank Weinhold and Roger A. Klein
ACIE 2014, 53, 11214.
ref 3, "水素結合"について。

4) Coordination Polymers Versus Metal-Organic Frameworks (Perspective)
Kumar Biradha et al.
Cryst. Growth Des. 2009, 9, 2969.
Perspectiveなので研究論文ではないものの、ref 10にて"Coodination Polymers", ref 12で"Coodination Polymerization"にウィキペディアを引用, さらに本文2ページ目左で"MOFs (Metal-Organic Frameworks)"についてもウィキペディアからの定義を引用。

5) Upgrading a microplate reader for photobiology and all-optical experiments
Florian Richter et al.
Photochem. Photobiol. Sci.2015, 14, 270.
7ページ目右実験項, "CAN-bus protocol"のソースとしてウィキペディアを挙げている。

中には「IMFが出したGDP」をWikipediaから参照したとか、概念とその評価のための式のソースをWikipediaから出してる、なんてのも。IMFのなんてオリジナルから引っ張ってくればええやんけと思うんですけど。しかもNatureにScience。。。

1) Global conservation outcomes depend on marine protected areas with five key features (Research article)
GrahamJ. Edgar et al.
Nature 2014, 506, 216.
GDPについて「Extended Data Table 2」を参照。

2) Tracking cancer drugs in living cells by thermal profiling of the proteome (Research article)
Mikhail M. Savitski et al.
Science, 2014, 346, 6205
本文8枚目, ref 38付近。アンフォールディング平衡について。


というわけで、その良しあしとかはおいてといて、
「ソースにウィキペディアwwwwww」
は今日び別にm9(^Д^)プギャーと馬鹿にするようなことでもなくなってきているのは事実のようです。したがってChem. Lett.がウィキペディアソース論文を通したこと自体は後ろ指を指されるようなことでもないわけです(論文の中身もまともだとは言っていない)。

しかし、じゃあなんでもいいのかと言えばそんなわけもなく、以前にも上げましたが、ソースにするならばその所在、管理者、ならびに「この時には引用した事柄があった」ということを示すため(読者が読んだころには違う記述がされている可能性が、サイトの消滅を含めて大いにあるため)に参考にした日時を明記することは、自分の論拠を明確にするためにも重要なわけです。

・ネットコンテンツを参考文献に挙げる話

この観点から今回のChem. Lett.論文を見てみると、referenceには

"Fischer-Tropsch process, Wikipedia, the free encyclopedia 2015"

としか書かれていません。ネットコンテンツ引用のマナーから考えると、4万歩譲ってWikipediaを参考文献に挙げていることそのものをOKとしても、

・ソースの用語は書いてあるがそのURLが書いていない。
・いつその事項を確認して引用したのか、その年月日が書いていない。


というのはやはり引用の仕方として問題でしょう。Wikipediaソースについて別にエディターがコメントを出したり、外野が要求しているようなretractをやる必要もないでしょうけど(中身のクォリティについては知らんけど)、今後こういったことが多くなることは明らかなので、日本化学会としてネットソースに対する方針は早急に明確にしないといけないのではないでしょうか。

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2017.7.30追記
このChem. Lett.の論文ですが、ページや巻号が1年も決まらずオンラインに載ったままという異常状態が続き、そして2016年末にこっそり撤回されました。そしてその撤回通知も半年以上たった今でもオンラインのみで、正式なpublishがされていません。さらには撤回通知をもって論文本体もuploadされなくなりました。「撤回」って論文本文までなかったことにするもんじゃないでしょ。

科学的にアレなものがアクセプトされるのはどこの論文誌でもあることなのでそこまで言いませんが、こういう騒動が起こってからの対応があまりにも学術誌としての誠意ある対応とは程遠いものと言わざるを得ません。アクセプトしたんなら責任もって巻号つけて正式publishすべきだし、一年ネットだけで放置して忘れたころにretract、そして撤回しておきながらその通知も相変わらずオンラインだけでこっそりというのはさあ・・・・。

オンライン版だけで撤回された論文もちゃんとページつけてretractionを通知し、本文もSupporting Infoとして残すアメリカ化学会とは雲泥の差の対応ですわ。
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というわけで、年々ネットソースが論文のreferenceに登場するようになって、ついには一流論文誌にもWikipediaが出るようになっていた、という意外な流れを紹介しました。ウィキペディアって学術関連では1次ソースを探すためのものとしては使えるんだけどそれそのものを参考文献として挙げちゃうのかーという結果でなんかもんにょり(´・ω・`)

将来は、「wikipediaを参考文献に挙げてはいけない」ということも爺さんの小言みたいな扱いになっていくんでしょうかねえ。でもやっぱり保全の聞かない&2次以下ソースを論拠のベースに使うのはやっぱり不安・・・。つーか、こういう偉いとこが使いだすと「レポートにウィキペディアはあかん!」とか言いづらくなるなあ。まあwikipediaとかからのコピペチェックすればいいんだし、ウィキペディアが間違ってればもろともみんな滅びるわけですけどね( ◠‿◠ )☛


↑さすがにこれはやりすぎな気が。
posted by 樹 at 10:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 化学とネット・PC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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