2015年10月20日

人間由来の『天然物』の話 −続・トラマドール騒動 そのA完結編?―

(2015.10.21こっそりタイトル変更)
冒頭から関係ない話ですが、月刊化学11月号の某記事のreferenceに載りました
・*:.。..。.:*・゜ヽ( ´∀`)人(´∀` )ノ・゜゚・*:.。..。.:*
あくまでreferenceなのですが、いやーただの私的ブログが偉くなったもんです(*´ω`)
よろしければどこに載ってるか探してみてください(販促

by カエレバ


さて本題。前回までのあらすじを簡単に改めてまとめます。

創薬分子のなかにトラマドールというものがあり、鎮痛剤として使用されているのですが、これは人工合成分子として開発されたものであり、自然界には存在しないと思われていました。

ところが、アフリカ・カメルーンの植物S. latifoiusの根から、自然界に存在しないと思われていたこの人工鎮痛剤が発見されたという報告が登場しました。人工分子が自然界から見つかることはありますが(人工分子は天然に存在しないのか―抗がん剤分解物は妖精さんだった話―)、非常にレアであることから大変な話題を集めました。

しかし、この報告に疑問を持ったグループが独自に調査を行った結果、この植物から採れるはずのトラマドールは非常に少ないか全く採れない、さらには同じ植物なのに地域差、季節差があったり、しかもどういうわけかこの鎮痛剤を哺乳類が接種した際に生じる代謝物まで見つかるという非常に不可解なことに直面しました。

そしてさらに調べたところ、現地の一部地域でトラマドールの用法外過剰摂取が横行していただけでなく、人間用の鎮痛剤のはずであるトラマドールを、馬や牛といった家畜に投与してオーバーワークさせていたという大変に想定の斜め上を行くブラックな実態が明らかとなりました。これらの結果から、「植物から採れた」というトラマドールは、植物が生産しているのではなく、家畜などがジョボジョボブリブリした結果、その排泄物に含まれる人工トラマドールが水ごと植物に吸収された環境薬物汚染の結果である、という結論を導き出しました。(創薬分子が天然から採れた!!と思ったら・・・な話)

tramadol returns returns 1 トラマ.jpg

トラマドール自体は割と簡単に手に入るもののようですが、スポーツ界でもこの鎮痛剤の乱用が問題となっており(危惧されるプロトン内での鎮痛剤「トラマドール」の乱用 安全なレースシーンを目指す動き/サンスポ内「週刊サイクルワールド」)、スポーツのみならず生活の中でもこんな薬物汚染があるのかと恐ろしくなる報告でした。

で、これで終わったかとおもいきや、ところがどっこい、最初に「トラマドールは植物が生産する天然物である」とするグループは「それは人が住んでる地域での話であって、我々が採取したのは人の手の入らない自然保護区内だから関係ない」とし、さらに独自の追加分析と植物の生合成についての考察を発表し、改めて「トラマドールは確かに植物が生産する」と主張しました。
このように、人工?鎮痛剤トラマドールの『天然物かそうでないか』論争はさらに混迷を増してきた、というのが前回までの流れです。("生合成"的に"人工創薬分子"を作った?話 −続・トラマドール騒動 その@―)

そこへきてつい最近、「トラマドールは天然物ではなく薬物環境汚染の産物である」とするグループが、これらの主張に対する返答として「植物から見つかった」トラマドールの起源についての調査結果を発表してきましたので、今回はそれを紹介します。


Synthetic Origin of Tramadol in the Environment
Michael Spiteller et al.
Angew. Chem. Int. Ed. DOI:10.1002/anie.201508646


ワイリーサイエンスブログにも本論文の紹介が掲載されていますので、こちらもぜひご覧ください。

<論文紹介> カメルーンの木の根から見つかった鎮痛剤トラマドール / 「人工」説を主張するグループが新論文を発表、論争に終止符か? (ACIE Hot Paper)(ワイリーサイエンスブログ)

「トラマドールは天然物である」としていたグループは確かに分析結果を報告したのですが、その分析に使ったサンプルは、たった一つの根っこのサンプルからのものであったことから、「天然物である」とする根拠として疑問であると、この「天然物ではなく人工品による汚染である」とするグループは考えました。そこで植物から採れたトラマドールが人工品である証拠をつかむ必要があるとし、調査を開始しました。

まずは14C(炭素14)による調査を行いました。14Cはβ線を放出して14Nへと変化する一方、宇宙線などの放射線を受けると14Cに戻ることがわかっています。通常は14C←→14Nは平衡状態にあり、また代謝もあって存在比は変わらないのですが、死亡したり土中に埋もれたりすると14Cがどんどん減る方向になるので、その14Cの量から年代測定を行ったりもできます。

tramadol returns returns 14C.jpg

もし、トラマドールが人工合成品、特に石油製品を原料として合成した場合、14Cの存在量は大幅に少ないはずであり、これは天然物ではありえない、と考えたのです。そして実際、カメルーンで出回っているトラマドールを調査した結果、その14C含有率が自然界比と比べて圧倒的に少ないことがわかりました。ここで、植物から採れたトラマドールが同じように低い14C量であれば、植物トラマドールは人工品由来であることが明確になるわけです・・・・・・が、残念ながら植物中のトラマドールは極めて微量で、その他の不純物との分離も困難であったため、正確な値を出すことができませんでした。


そこでアプローチを変更し、「天然物である」と主張しているグループが提唱した生合成仮設を参照にし、重水素でラベル化したアミノ酸のフェニルアラニンを、植物に取り込ませる実験を行いました。もし、植物が本当にフェニルアラニンから生産しているのであれば、重水素化されたトラマドールが観測されるはず・・・・ですが、ラベル化フェニルアラニンは植物に取り込まれたものの、予想したラベル化トラマドールは全く見られませんでした。それどころか、それ以前の問題としてトラマドールそのものが全く見つからないということがわかり、自然由来説はますます怪しくなってきました。

tramadol returns returns 1 生合成実証.jpg

そこで彼らは、「天然物である」と主張するグループがトラマドールを採取したという現地カメルーンの国立公園を調査したところ、最初に報告された植物S. latifoiusだけでなく、ほかの植物からもトラマドールとその哺乳類代謝物が発見され、それどころか公共の井戸水からもそれらが検出されるという事態に。

さらにこのグループが最初に調査した北部の町からは、この植物のみならず土壌ならびに地下表流水からもトラマドールとその代謝物が高濃度で検出され、その州都であるマルアでは流入する川を含めて、広域にわたってトラマドールと代謝物で水が汚染されているという衝撃的な実態が明らかとなりました。そしてこの土壌中から高濃度で検出されたトラマドールの14C比は、まさに石油由来、すなわち人工合成品としか考えられないほどに低いこともわかりました。川の周囲には特に木は見られないことから、トラマドール生産植物から漏れ出たという説はかなり否定的であり、以上の結果から「カメルーンで植物から検出された鎮痛剤トラマドールは、人工品によって汚染された水を植物が吸収したためである」ことがほぼ確実となっただけでなく、その環境汚染の度合いは極めて深刻であることも明確となりました。「家畜の排泄物を植物が吸収したため」という前回の考察がだいぶかわいく思えるとんでもない結論ですな・・・。


しかし、汚染範囲が尋常じゃないんですけど、どんだけトラマドール使ってんのよここらの人、そこまで気軽に手に入るもんなの?これ。リポビタンDやモンスターエナジーじゃあるまいし・・・(;´・ω・)

にしても、疲れ切った家畜を元気にさせるのに使ったり、スポーツマンも使ったりするくらいの薬が、川や井戸水に高濃度で含まれるって、まるで↓↓






回復の泉.png

まさかゲーム内の泉も・・・!?
(((;゚Д゚)))ガクガクブルブル



と、冗談では言えますが実態はそんな軽い話じゃありません。

トラマドール自体は確かに鎮痛作用がありますが心臓発作や臓器機能障害などといった副作用も知られています。そしてこのカメルーン、乾季には水が干上がり、ますます水中トラマドール濃度が上昇していきます。さらにこれらの川は完全に生活用水となっており、飲み水・料理として使われるだけでなく、川沿いの道はその人たちの家畜も利用しているのです。つまり、まわりまわって再び、知らず知らずのうちに人体へと戻ってきていることが容易に推察されます。こんな薬を微量とはいえ常用的に摂取する環境が体にいいわけがありません。薬物による環境汚染は近年ますます深刻になっており、筆者らもトラマドールの適応外使用の規制処置、および長期服用による影響の調査を緊急に行うべきと提言しています。

用法用量を守って正しくお使いください!飲み過ぎダメゼッタイ(乂'ω')

by カエレバ
posted by 樹 at 10:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 有機化学雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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