2015年10月17日

『生合成』的に「人工創薬分子」を作った?話 −続・トラマドール騒動 その@―

去年の今頃、こんな話を投稿しました。

創薬分子が天然から採れた!!と思ったら・・・な話

2013年、人工の創薬分子であるトラマドールが、カメルーンの植物から発見され、人工薬だと思っていたものが自然界から産生していた、ということで話題となりました。

ところがその翌年、別の研究グループの調査により、人用として市販されているはずのトラマドールが、現地カメルーンでは家畜にまで投与されるなど乱用されている実態が明らかとなり、結果として家畜の排せつ物から出たトラマドールが植物に蓄積された結果である、という報告がされました。つまり、この植物が生産していたと思われていたトラマドールは、人工の薬がまわりまわって植物に蓄積された薬物汚染の産物である、ということが報告されたのです。

tramadol top.jpg

天然から見つかった分子を人工的に作り出すのは、元ネタが分かっているという意味で容易ですが、人工的に作ったものが自然界から見つかったという例は、あることはありますが(人工分子は天然に存在しないのか―抗がん剤分解物は妖精さんだった話―)、そうそう見つかるものではありません。今回のトラマドールの件もそういう意味でNatureも取り上げるなど非常に話題を集めたものだったのですが、薬物汚染という報告が出たことから、アフリカの闇が明らかとなった上、化学的には非常にしょんぼりした感じで終わりました。

しかし、論文というものはなんにせよ所詮「・・・とワシはおもっとる」という根拠付きの自説を述べる媒体なので、反論やらなんやらというものはなんにでもやってきます。当然この「天然物じゃなくて市販の薬で汚染された結果でしたー」という論説に反対する人間もいるわけです。

そう、最初に「トラマドールを天然から発見した」と報告したグループです

そもそも「トラマドールは天然物である」と発表したグループは、植物の抽出物の分析結果からトラマドールが見つかったとし、「13C/12Cの同位体比は、市販のものと有意差と安定性はないものの、15N/14Nの比は自然からの抽出品は安定しているのに対し、市販のものはバラバラである」ということを根拠に、「トラマドールは人為汚染ではなく、自然が作り出したものである」という結論を出しました。


一方で、トラマドールが「天然生産品ではなく、人為的な汚染によるもの」としているグループは、「トラマドールは天然物である」と公表したグループの成果について、

・生合成経路が不明すぎる
・NMRやMSなどの報告はトラマドールの「存在」を示すだけであり、その起源に触れられていない
・天然トラマドールの15N/14Nや13C/12Cなどの同位体比が、市販のトラマドールのそれらの範囲内に収まっている

という疑問から調査を開始し、その結果人為的な汚染であるという結論に至りました。その詳細は前のエントリーに書いていますのでここでは詳細はパスします。

創薬分子が天然から採れた!!と思ったら・・・な話



今回、「トラマドールは天然物である」とするグループはこれらに対する反論として、

・それは人間による汚染でも見つかる、ということを示しただけ。我々は人の手の及びにくいベヌエ生物圏保護区でサンプルを採取しており、薬物汚染は考えられない
・彼らは植物から低濃度でトラマドールを得ているが、我々が保護区内で得たサンプルからは高濃度で得られており、この点も薬物汚染でかたずけるのはおかしい
・「天然から採れたというトラマドールの13Cの同位体比が合成品の範囲内である」というが、そんなことはない

なるほど、そもそも採取したのが自然保護区的な場所であれば「人為的汚染によるものじゃない」というのは説得力あります。でも同種の植物なのに地域でそんな濃度差あるって、ほんとに同種なんですかね?という疑問が。そしてなによりも「人為的な汚染が疑われる地域」のほうが低濃度で、「人為的汚染が考えられない自然保護区」の方が高濃度ってどういうことなの????逆ならわかるけど・・・?

そして彼らは天然から採れたことのさらなる証拠となる論文をPNASに発表しました。


A retro-biosynthetic approach to the prediction of biosynthetic pathways from position-specific isotope analysis as shown for tramadol
Robins, R. J. et al.
PNAS 2015, 112, 8296–8301


まず、
・生合成経路が不明すぎる
という疑問にこたえるべく、彼らは様々な植物に見られる生合成経路をつぎはぎし、アミノ酸であるL-フェニルアラニンとL-リシンを出発原料とする生合成経路を提案してきました。

tramadol returns biosynthetic route.jpg

といってもこれだけだと「ぼくのかんがえたさいきょうのせいごうせいけいろ」にしかならないわけですから、それを補強するためのデータとして「天然植物から抽出した」トラマドールの13C/12Cの放射性同位体比を、分子骨格の炭素ごとに解析しました。

tramadol isotope.jpg

この解析を通じ、C2-5の部分の同位体比が変わらないことなどを根拠にL-リシン、フェニルアラニンを提案したわけです(Pheの方は本文にはあるけどここでは割愛)。ちなみに市販品(Aldrich)のトラマドールはサンプルごとに同位体比がバラバラだった一方で、天然抽出品は2サンプルが一致したそうなので、これも「植物が生産している」証拠としています。

そして同位体比に大きな差が出ている部分については、生合成的な結合生成がが起こっている個所であるとしました。結合切断・生成時には同位体効果(重い同位体原子だと結合切断・生成が起こりにくい, 保護基としての重水素:1次同位体効果)によってその比が変化することがその根拠です。なるほどなるほど。

ただこのグラフだと、C5-C6間(アルドール反応)の比の差については記述されているのですが、同じ理屈で結合生成が起こっているとしているC2-C1間(エナミンアルドール反応)の差については触れられていません。同位体効果による差が出るなら、C5-C6間とC1-C2間の差の出方・傾向が逆になっているのはなぜなのか気になります。あとC1"もだいぶずれてる?

そもそも天然物と合成品の放射性同位体比って、標識実験をしてるわけでないなら出自をそんな風に判断していいほどの評価法なんでしょうかね、よくしらないんですけど。仮にその評価法が妥当だとしても、人工品としての比較対象に、なぜ現地カメルーンで流通しているトラマドールではなく全然関係ないアルドリッチ社のトラマドールを使ったのか、謎です。あと、そもそも最初の論文で「13C/12C比は人口品と天然品では有意差と安定した値がみられなかった」って言ってたような?


そして彼らはこの自説を元に、「生合成」模倣型のトラマドール全合成に乗り出しました。鍵反応は最後の分子内エナミンアルドール環化による骨格構築です。その全合成経路は下の通りで、トラマドールが、エピ体との7:3混合物で10%ではありますが、全合成できたと報告しています。

tramadol returns biomimetic synthesis.jpg

Biomimetic synthesis of Tramadol
Boumendjel, A. et al.
Chem. Commun. 2015, 51, 14451



鍵工程を前報で「分子間アルドール」および「分子内エナミンアルドール」として強調しているにもかかわらず、前者の分子間アルドールの工程を実際の全合成では無視しており、それはbiomimeticと言っていいのかと思う人もおられるかと思いますが、生合成模倣型全合成にはよくあることなのでスルー。
それはそれとしても、合成について、鍵反応の直前の過ヨウ素酸開裂反応がマルチグラムという大スケール(ほぼ10g)で行われているにもかかわらず、最後の工程の環化・還元になって突如反応スケールが1/50にまで一気に縮小している点も気になります。

これも、「まあ、チャンピオン収率が出たスケールがそれだから」と言えばまあ通る話ではあるのでスルーするとしても、一番問題なのはこの最終工程、分離前の粗生成物重量が記載されているにもかかわらず、そこからの精製によって得た純粋な生成物の重量が、同時に生じた副生成物を含めて全く記載がないのです。トラマドール本体にしても「エピ体との7:3混合物」というのはNMR比ですし、そもそもこれでは10%という低収率で得られたという主張すら根拠がないことになります。目的物は当然として、生合成模倣を謳うなら副生成物がどの程度とれたかを明記する必要があるのではと思いますが・・・(この反応系なら主生成物はMannich成積体およびそのアミン脱離体じゃないのかと気がするんですが)。なお一応書いておきますが、ここで何か否定されるとしても、それは「これは生合成経路とは異なる」ということであり、「やっぱり生合成的には得られない」ということでは決してありませんのでご注意ください。逆にできたからって「生合成的に得られる」という結論にもならんのですけど。


またデータの中身は別として、論文としても、自分の成果のインパクトを主張するため、本文で

"This discovery was highly publicized and covered by the major worldwide press.(reference)"
「我々の発見は世界の大メディアから話題を集めた」

と述べた上、そのリファレンスに「自分の論文(人工分子トラマドールが自然から採れた)が取り上げられた記事」(中にはweb onlyの記事も)を挙げています(そのくせ反論論文を取り上げた記事は挙げない)。こういう単に取り上げただけのソースをリファレンスに使うのは通常の論文ではやらないことです。もうなんか必死だな感が逆に。


ということで、昨年『「人工分子が自然界から採れた」と思ったら薬物汚染の結果だったので天然物じゃありませんでした』で終わったと思われたトラマドール騒動は「・・・・なわけなくて天然物だし、生合成経路に乗っ取った全合成もできたで!」と続いており、まだまだ議論が起こりそうな予感です。正直これ、別のグループが自然保護区内の植物からの抽出を検討しない限り堂々巡りになるだけのような気もしますけど。

と思ったらつい最近さらなる議論を巻き起こしそうな話が出てきたようなので、次回はそちらを紹介しようと思います。まだ続くんかこれ・・・。
↓に続く
人間由来の『天然物』の話 −続・トラマドール騒動 そのA完結編?―

by カエレバ
posted by 樹 at 14:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 有機化学雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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