・カルボニル類の極性転換の話①:カルボニル炭素を求核種にする話
さて、前回はカルボニルを求核剤として反応を逆転させる手法を見てきたわけですが、カルボニル類は通常求電子部位として働くものです。ただし、求電子部位と言っても求核剤が反応する部位は酸素などのヘテロ原子ではなく、根元の炭素原子が求電子部位になるのがごく一般的な有機化学。これを逆転させる、すなわち、炭素ではなくヘテロ原子部位に求核剤を付加させる前回と違った極性転換手段はないのでしょうか。
カルボニル類縁体の一つであるイミン類で最も知られている極性転換的置換反応はイミノエステルを基質としたN-修飾反応です。α-イミノエステルに対し、Grignard試薬や有機アルミニウムと言った炭素求核剤を作用させると、イミンの炭素ではなく、窒素上で置換が起こるというもの。
このα-イミノエステル類の極性転換的な窒素官能基化はKagan、山本嘉則に始まる結構な歴史があるのですが、日本だと三重大清水研が中心となって長らくこのケミストリーを発展させてきました。最近ではα-イミノリン酸エステルに対しても同様の反応が進行することを明らかにしたほか、N-官能基化に続くHorner-Wadsworth-Emmons反応、Michael反応による4成分連結反応も達成しています。
M. Shimizu et al.
・JACS 2003, 125, 3720
・Chem. Lett. 2014, 43, 1752
・Pure Appl. Chem., 2014, 86, 755
これをイミンではなくオキシム類でやると2発、求核剤が窒素原子上に入れられます。条件次第で1つ1つ別の求核剤を放り込むことも可能。イミノエステルにしても、基本は有機金属試薬と1,2-ジカルボニル類の環状キレーションが窒素への求核付加に重要とされていますが、反応基質や使用金属によってもこの辺は変わるようです。
M. Shimizu et al.
Bull. Chem. Soc. Jpn. 2012, 85, 1203
では、普通の求核試薬だと窒素ではなく通常のイミンと同様に炭素原子上で反応するのか、というとそう単純でもありません。上記の反応が重要なのは窒素原子選択的に反応することで、一般には選択性が問題となります。イミノエステル類でいえば、イミンの窒素上、炭素上、そしてエステル部位と三か所も反応部位があるため、1か所だけ選択的に官能基化するのは難しいのです。
石原、波多野らはこれをGrignard試薬に亜鉛を組み合わせたジンケートを用いることで、N上でもなくエステルでもなく、イミン根元の炭素選択的に反応させることに成功しました。単に二つを混ぜるだけでなく、TMSメチル基を亜鉛のダミーリガンドとすることで反応性をさらに向上させています。イミノエステルの極性転換の極性転換、と言ったところでしょうか。ちなみにグリオキシル酸オキシムの場合にはラジカル反応を利用することで炭素選択的に修飾できます。
(①H. Miyabe, M. Ueda, T. Naito, et al., JOC 2000, 65, 176-185、②M. Nagatomo, M. Inoue, et al.Chem. Sci. ASAP, DOI:10.1039/c5sc00457h)
K. Ishihara, M. Hatano et al.
・Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 2707-2711.
・Org. Lett. ASAP DOI:10.1021/acs.orglett.5b00927(2015.04.30最近続報が出てたのでリンク追加)
・J. Org. Chem. 2010, 75, 5008
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(2015.04.29追記)
年会で聞いてたのにすっかり忘れていましたが、このGrignard反応剤+亜鉛のアート錯体は和光純薬から『アルキルZ』として販売されており、気軽に使えるようになっています。
・アルキルZ試薬(グリニャール-亜鉛アート錯体)(和光純薬)
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カルボニルそのものであるケトン類では意外に極性転換的に酸素側にくっつける例はほとんどないのですが、最近Ashfeldらは求核性の高いホスフィンを用いることで、α-ケトエステルとニトロソ化合物からα-ニトロンエステルへと変換することに成功しています。ホスフィンの1,4-付加的な求核付加によって生じたエンジオールに対するニトロソの付加、ホスフィンオキシドの脱離が反応機構として提唱されています。
B. L. Ashfeld et al.
Chem. Commun. 2014, 50, 10853
さて、ここまでカルボニル類縁体のN、Oの極性転換を見てきました。このようなヘテロ原子―炭素のsp2化合物として、リンの類縁体、メチレンホスホニウムというものもあります。Wittig反応に使うリンイリドっぽい感じですが、このメチレンホスホニウムイオンは4価のリンです。反応性に関してはあまり例がなく、[2+2]、[4+2]反応なども知られているのですが、求核剤との反応では炭素原子上ではなく、リン原子上で置換反応が起こります。これまでのイミン、カルボニル類とは反応性が逆ですね。
O. Guerret, G. Bertrand
Acc. Chem. Res. 1997, 30, 486-493.
もしこの反応性を逆転させ炭素上での反応を起こさせることができれば、官能基化ホスフィンの合成、新規リガンドの開発につながるかもしれません。それを可能にする極性転換反応が最近報告されました。
D. A. Valyaev, N. Lugan
Angew. Chem. Int. Ed. ASAP DOI:10.1002/anie.201501256
Valyaevらはマンガンカルベン錯体からカルバインを経由することで、メチレンホスホニウムのマンガンハーフサンドウィッチ錯体を合成することに成功しました。この錯体はフェニル置換メチレンホスホニウムのベンジルカチオンを安定化するような構造を取っており、炭素上の求電子性が上がっています。この錯体に対し、アルコール、アミン等の求核剤を作用させると、通常のメチレンホスホニウムと異なり、炭素上で置換反応が起こったホスフィン錯体が高収率で得られました。
彼らはこの反応を利用し、イミダゾールとの反応を経て、ラセミ体ではありますが不斉点を持ったピンサー型ジホスフィンリガンドを合成し、ロジウムとの錯体形成も行っています。活性化の都合上、Ph基は必須のようですが、これまでにない形の新しいホスフィン類の合成法として使えるかもしれません。
というわけで2回にわたってカルボニル類の極性転換戦略を紹介してきました。極性を逆転させることでこれまで合成できなかった、入れられなかった官能基の導入が可能になったりと、幅がより広くなるだけでなく、極性というある種絶対感のある傾向に挑戦する基礎化学的戦略でもあります。ケトンならケトンらしくとかそういうこと言わないで、幅広い観点を受け入れていくと面白いものが見えてくるかもしれませんよ?
おまけ:藤原先生(ののちゃん)のありがたい(?)おことば
これがオチじゃなくて1コマ目ってんだからもうね。