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2015年02月17日

保護基としての重水素:1次同位体効果

同じ原子番号に属していながら、中性子組成の違いから「同じ原子だけど違う」というものがあります。それらを同位体と言い、たとえばコバルト原子でも59Coは安定に存在できますが、60Coは放射性同位体として放射線をまき散らしながらニッケルへと崩壊していきます。

放射線をまき散らすようなやつは大変に困りますが、そうでない同位体もたくさんあります。重水素(Deutrium, D)は水素(Hydrogen, H)の安定同位体として化学的にメジャーな物であり、中性子を余計に一つ持っています。その結果、質量とスピン量子数で水素との違いが出てきます。

ちなみに表にあるとおり、重水素のスピン量子数は1なので1H NMRでは観測されません。これを利用して重水素交換による水酸基ピークの確認や重水素トラップ実験でのピーク消失の確認にも用いられます。一方13C NMRでは、普段デカップリングで消しているC-Hカップリングとは違うためC-Dカップリングが現れるので注意(CDCl3が3重線になっているのはこのため)。

同位体効果比較表.jpg

たとえば炭素―重水素の換算質量は炭素―水素のそれの2倍にもなり、大幅に違いが出てきます。E=hνで与えられる結合の振動エネルギーはこの換算質量が影響し、重い重水素の振動は水素のそれと比べて小さくなり、ゼロ点エネルギーが増大することになります。まあ簡単に言ってしまえば「重い原子ほど振動しないから結合が切れにくい」ということになります。その結果、同じ原子番号の物を置いたとしても、その同位体とで反応の進行度合いに差が出てきます。

同位体効果式.jpg

なお、同位体効果には反応に直接関与する1次同位体効果と、直接関与しない2次同位体効果があるのですがよく利用されるのは1次の方なので2次は今回割愛。1次での例を挙げるとE2脱離反応はその典型となります。以下のハロゲンの脱離反応では反応速度定数の比であるk(H)/k(D)が7近くにもなり、大幅な反応速度の差が見られます。これは重水素化によってC-D結合開裂がC-Hより起こりにくくなったことに起因します。

同位体効果反応1.jpg

この重水素の同位体効果は反応の律速過程を調査したりと、反応解析に用いられることが多いのですが、これを合成反応での保護基として活用した例をいくつか紹介します。

Cliveらはフレデリカマイシンの合成研究の中で、スピロ中心の構築にラジカルカスケード反応を用いるためのモデル実験を行いました。すると水酸基の保護基として用いていたメチル基からプロトンを引っこ抜いてしまう余計な反応が進んでしまい、目的の化合物と副生成物が1:1でできてしまいました。

Protecting group improvement by isotopic substitution: synthesis of the quinone system of fredericamycin A
Clive, D. L. J. et al.
Tetrahedron 1993, 49, 7917

同位体効果 clive.jpg

そこで引っこ抜かれないようにとメチル基の水素を重水素にしたCD3基を用いたところ、大幅に改善し、目的物の収率向上が達成できました。保護基としてのメチル基の反応性をさらに落とした強化版と言ったところでしょうか。

そして天然物合成における重水素の保護基としての活用法を知らしめたと言えるのが、Scienceにも載った宮下、谷野らのゾアンタミンアルカロイドの合成研究です。

Total Synthesis of Zoanthamine Alkaloids
Miyashita, M. et al.
Acc. Chem. Res. 2012, 45, 746–755


合成フラグメントであるメチルケトン部位は、下部の2環性アミン部と連結するためアルキンへと変換を行ったのですが、ここでとんでもない副反応が起こってしまいました。それは近くにいる1級アルコール保護体からのヒドリド移動によるケトンの還元。このせいで使い物にならない環化化合物ができてしまい、目的のアルキンは中程度の収率にとどまってしまいました。

同位体効果 norzoanthamine1.jpg

「中程度でも取れたらええやんけ、力技や!」というやり方で終わらないのが彼ら。この中程度の収率を高収率へと改善するためのとった手段が同位体効果を利用した保護。つまり副反応がヒドリド移動であるならば、それが移動しないように重たいものに代えてやればいいのです。というわけで重水素化Wittig試薬を用いて誘導した化合物を用いて脱離反応によるアルキンへの変換を行ったところ、副生成物の生成は大幅に抑制でき、目的化合物の収率は66%から81%にまで向上しました。
こうして収率よく得られた目的化合物の重水素化された部位は、元々カルボン酸へと酸化する部位ですので、余計な脱保護(脱重水素化)のための寄り道をすることなく、酸化によってすべての重水素がとり除かれたのち、各種抗がん活性ゾアンタミンアルカロイドへと誘導されています。

同位体効果2 norzoanthamine2.jpg

最近でも複雑なインドールアルカロイドの全合成で、この重水素による同位体効果は大きな効果を見せています。

Total Synthesis of Oxidized Welwitindolinones and (−)-N-Methylwelwitindolinone C Isonitrile
Garg, N. K. et al.
JACS 2012, 134, 1396−1399


強烈にひずんだうえに官能基の混みいっているこのWelwitindolinoneアルカロイド骨格を持つ分子を官能基化するため、分子内の官能基を配向基としてC-Hをアミノ化する手段へと行きついたのですが、困ったことにそのC-Hアミノ化の酸化条件に、配向基のカルバメートが耐えられず、酸化反応が起こってしまい収率が低下するという問題がありました。

同位体効果3 Garg全合成1.jpg

そこで重水素化還元剤を用いて2級アルコール根元を重水素化し、同様のC-Hアミノ化を行ったところ、望まない酸化副生成物を抑えることができ、目的の環状カルバメートを2倍近い収率で得ることが出来ました。違うのはHかDかだけなのですが劇的に変わりますね。めでたくC-Hアミノ化された化合物は脱保護の後酸化されて重水素を抜いたのち、天然物へと誘導されています。

同位体効果3 Garg全合成2.jpg


・・・・と色々見てきましたが、やはり『そんなこと言われても同じ水素でしょ?実感わかないわ』という感じはぬぐえません。そんな貴方と初学者に向けたわかりやすい1次同位体効果のデモンストレーションとして以下のような実験系が提案されています。

Visual Isotope Effects: Demonstrating the Primary Kinetic Isotope Effect in the Chromium(VI) Oxidation of 2‑Propanol‑d8 and Methanol‑d4
O'Leary, D. J. et al.
J. Chem. Educ. 2013, 90, 1044−1047


これはクロム酸化を、普通のアルコールと重水素化アルコールを用いて比較実験するというもので、酸化されれば当然対応するカルボニル化合物が出来上がります。しかし、重水素化アルコールの場合には先ほどのGargらの例と同様、同位体効果によって酸化反応の進行速度は遅くなります。するとどうなるか、6価クロム(黄色)が酸化反応によって3価になると色が変化し青色になります。つまり、酸化反応が進めば進むほど反応溶液の色が青色に変化していくわけです。これによって反応の進行度合いの差を目で確認することででき、普通のアルコールが青くなる一方で重水素化アルコールの方は黄色いまんまという重水素の効果を実感できるのです。

同位体効果 可視化実験1.jpg

この結果はリンク先の論文トップ写真でも確認できますが、この実験は動画としてYoutubeに公開されています。こうしてみると時間変化で色にどんどん差が出ていくのがよくわかり、同位体効果をバッチリ実感できます。



これはクロム酸化の律速過程が最後の脱プロトン化による酸化段階にあるため、1次同位体効果がばっちり出た結果によるもの。なるほどこれなら視覚的にもはっきりしてわかりやすいですね。

同位体効果 可視化実験2.jpg

という感じで、律速過程の調査や標識実験での利用に注目が行く重水素ですが、こんな感じで同位体効果を利用した保護基としての活用法も行われています。立体障害もないですし選択肢の一つとして頭の中に入れておくといいかもしれません(『脱保護』には酸化反応などを経ないといけないのでそのへんはちょっとめんどいですが)。
それにしても反応剤としての重水素試薬って結構あるんだなあ。

総説と概説
速度論的同位体効果を利用した反応機構解析(同位体の化学)
松尾 淳一, 化学と教育 2013, 61, 244-247.


The Deuterium Isotope Effect
Wiberg, K. B., Chem. Rev. 1955, 55, 713-743
posted by 樹 at 13:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 基礎有機化学 | 更新情報をチェックする
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