ちょうど一年前くらいに、博士論文がネットで公開されるようになることについて、
『ネットアクセスのしやすさも手伝って、粗探しされてネット上にさらされたりしやしないかとちょっと心配』
と書いたんですが、まさか一年もたたずににそれが現実になって各地で山火事大炎上になるとは思いもしませんでしたねえ(白目
これでまた博士論文非公開とかにならなきゃいいんですけど。
博士論文のネット公開化と引用の話
コピペ、他人の文章などを剽窃するのは論文でなくても色々な世界で問題になっているらしいですね。それもあって最近は文章コピペチェッカーみたいなものまで開発されて大学等でも導入が進められています。
しかし、文章と違って図表に関してはそういう検索をかけづらいこともあり、なかなか図表のコピペチェックは困難です。特に生物を扱う分野では写真を多く扱うために問題になるようですが、有機合成化学の分野でもこれに無関係とは言えません。論文中は別にやったことを示すだけの自作のスキームだらけなのでコピペもくそもないですが、問題は実験項(Experimental section)の部分、特にNMR表にあります。
一般的なNMRの図には、サンプルのチャートの右側部分に測定ファイル、コメント、測定日時や使用溶媒、その他測定条件を載せたパラメーターが記載されます。

でも実際に投稿されてる論文の実験項を見るとこのパラメーター部分やファイル名なども載っていないNMRチャートを多く見かけます。たぶんパラメータ部分を非表示にすることでチャート部分を大きく表示できるからなのだと思いますが、実際見るといったい誰がいつその測定チャートを測定し、どんなファイル名なのか等の情報が全く分かりません。『いつ、どこで、だれが、どうやって、どんな(コメントを付けたか)』という情報はデータの所有権を明確にするうえで非常に重要なのですが、この情報がないチャートを載せるとそれが全く分かりません。要するにそれを後で誰かがパクったとしてもわからないのです。文章と違って検索をかけることもできないし、同じ化合物なら「同じ風なチャートが取れて当然やん?うちらちゃんととったで」と言われてしまえばおしまいなわけです(元データ見せてみろやって言ったところで「なくしちゃった☆(ゝω・)vテヘペロ」で済まされかねないし)。
ここまで『そんなことするやつおるかいな』とか『そんな深刻なこと?』とか思われてるかもしれません。実際私もそんなこと想像だにしていませんでした。
でも実際にそういう論文の査読を経験してるんですよ、実験項の実験方法だけをちょっと変えてデータ部分をNMR図を含めて丸々パクるという論文を。
自分でもよくこれ気づいたもんだと思いますが、結論を言うとNMRの化学シフトだけでなく元素分析の値がすべてパーフェクトに一致したり、NMRのフェイズ調整やベースライン調整の変になってる部分+不純物も完璧に同じという限りなくクロに近い状況。そのパクられた元論文のNMRチャートにはパラメータなど測定者などを示す情報は一切載っていませんでした。
結局editorもそれを支持してrejectになりましたが、もう一人のreviewerはこの論文にminor revisionという結論を出していました。確かに論文自体を見ているだけならまあそんなもんかとは思いましたのでしょうがないとは思います。実際論文査読で実験データまでしっかりチェックするのは本文の査読よりも大幅に労力を要するのでそこまで詳しくは見てられないし、ましてや難癖をつけるために穴が開くまでみたとしてもそんなコピペの事実にまではなかなか行きつかないでしょう。圧倒的に本文パクるよりばれないし、既知化合物を作るようなストーリー作って本文書いて、実験データ部分をそこからパクってしまえば論文が出来上がってしまうので色々恐ろしいものがあります。
下を見だしたらキリがないですが、少なくともそういうものに自分のデータが利用されないようにするためにNMRのパラメータを表示したものを論文に投稿しておいた方がいいと個人的に思います。本気で相手がパクる気ならどうせその部分も切り取られるんでしょうけど切り取りの手間なども考えるとパクられにくくはなるはずです。公的書類とかだとコピーすると透かしが映って複写がばれるとかいうのもありますが、研究者などもこういったコピペ防止対策のようなものを図表データなどに仕込んでいかないといけなくなってきたのかなあと思う今日この頃です。写真とかも所属機関の名前とか仕込んたりしとかないといかんようになったりするんかしら。