同じことは当然薬の分子についても起こります。
Mefloquineは合成創薬化合物で、抗マラリア薬として現在も現役です。創薬化合物としては古参で、耐性菌が出ちゃってるくらい古参です。構造はこれまた古くから知られている天然の抗マラリア分子であるキニーネを模倣したものになっています。(Mefloquineにはthreo体とerythro体がありますが、今回erythro体の話しかしませんので以降はerythro-mefloquineを"Mefloquine"として表記します)
実はこのMefloquineは神経系に結構な副作用が出ることが昔から知られていました。マラリアで死ぬよりはましですから用法用量を守って正しくお使いください、なわけですが、最近になってこの副作用が光学活性なマイナス体のみに表れるもので、プラス体にはない、という報告がされたそうです。
元々Mefloquineはラセミ体として使われていたようですが、そうとわかれば光学活性なものを用意すればよいわけです。ですが、このプラスだとかマイナスだとかいうのは分子の比旋光度の符号のことなので、副作用が少ない方を今後選択的に合成していくに当たってはどういう絶対立体化学なのか(R/Sで示される絶対立体化学)をちゃんと実験的に決めないといけません。
ところがこのmefloquineの絶対立体化学決定の歴史をまとめてみると・・・・
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えーっと、要するにですね、
(11R,12S)体を
(+)だと報告しているグループが4組、
(-)だと報告しているのが2組
いるというわけです。Mefloquineキラル体の比旋光度は30くらいあるので測定ごとで0またいで符号変わっちゃうとかそういう言い訳は通じません。どういうこっちゃ?
しかし、そこは民主主義。4対2ですので(11R,12S)体を(+)とする案が賛成多数!よって本案は可決成立しました!
バンザーイ*(ノ^∀^)ノ*(ノ^∀^)ノ* バンザーイ
んなわけあるかあああああ!!!!
(#゚Д゚)≡≡≡⊃);´Д`)・:’.”
物性が多数決で決まってたまるかっちゅーねん!
どういうことなの・・・。
さて、先ほどの構造決定、内訳をみるとプラス体と主張している多数派グループはCD経験則による解析1件と全合成3件と合成的に確認しているものが大半となっています。一方少数派であるマイナス派はというと、合成的なエヴィデンスはありません。しかし塩酸塩のX線結晶構造解析とその重原子異常散乱効果によって絶対立体化学を決定しておりこちらもまた確からしいものとなっています。Reinscheid, Dittrich, Griesingerらはその少数派であるマイナス派で、過去に新たなNMR等絶対立体化学の解析手法を考案し、光学活性分子に当てはめることでその手法の正しさを確認しています。Mefloquineもその手法を用いて絶対立体化学を決定したのですが、この論文の発表前後にも(11R,12S)体を+だとする全合成グループの報告が相次ぎました。もし絶対立体化学が間違っていた場合には自分の開発した手法の信頼性そのものが危うくなりますので、今回筆者らは新たにMefloquineの絶対立体化学の決定に関する論文を発表しました。
The absolute configuration of (+)- and (-)-erythro-Mefloquine
Reinscheid, U.M.; Dittrich, B.; Griesinger, C: et al.
ACIE 2013, 52, 6047-6049
その内容は実に古典的、MefloquineそのものをMosherエステル化するというもの(正確にはアミド)。但し、絶対確実なものにするためにMosherアミド化したものを結晶化させ、その絶対立体化学を確認しています。重原子異常散乱効果だと解析次第で逆転してしまう場合が無くはないこと、Mosherエステルの化学シフト解析だと直接的ではないことから、光学活性なMosherアミドの単結晶へと導くことで疑いのないようにしています。なおMosherエステルの元となるMTPA-Clの(R)体を用いると(S)体エステルが、(S)のMTPA-Clだと(R)体エステルが得られますが、定義上の優先順位が変わるだけで不斉中心の置換基配置が反転するわけではないので原料の取り扱いに注意すれば問題ありません。そしてMefloquine Mosherアミド体のX線結晶構造解析の結果、「(11R,12S)体はやはりマイナス体である」という結論が導かれました。なお本文中ではありとあらゆる解析エラーの可能性を洗い出し(鏡像体の結晶を拾ってしまった、結晶解像度について等々)、結果の正しさを証明しています。
というわけで、なんとマイノリティーであった(11R,12S)=マイナス体とする派閥が実は正しかったということがわかりました。多数派がいつも正しいというわけではないのですね。めでたしめでたし、ちゃんちゃん。
いや、待たんかい。
3報あった全合成での(11R,12S)=(+)体っていう証明はなんだったのかと。
最初にプラス体は(11R,12S)であるといったグループはCDと経験則による解析なので、『まあ経験則だし、間違ってもしょうがないよね、てへぺろ☆(・ω<)』で済むかもしれません(そうかな?
しかし、立体化学、構造の分かっているものから初めてターゲット分子の構造を明らかにするのが全合成の主たる目的の一つである以上、間違ってもらっては困るのです。
いったいどういうことなのか、最初の合成例を見てみましょう。Zhi-Xiangらはプロリンを用いた不斉アルドールを鍵反応としてMefloquineを合成しており、その絶対立体化学は中間体のMosherエステル解析によって決定しています。が、
えーっと、光学純度70数パーセントのくせに、なんで光学的純粋なMefloquineの比旋光度より大きい値をたたき出してるんでしょうか。わけがわからないよ。そしてこの人らは(11R,12S)=(+)体とした一番最初のグループ(CD経験則で決定した人ら)を参考に絶対立体化学の決定を行っています。うーん・・・・。
えー、気を取り直して次行ってみよう!
Coltartらはカンファースルタムを不斉補助基としたヒドラゾンのジアステレオ選択的Darzens反応を開発しており、Mefloquineの合成にもそれを応用しています。Darzens反応後の生成物のX線結晶構造解析によって中間体の絶対立体化学を決定し、(+)-erythro-Mefloquineの全合成によって、これが(11R,12S)であると報告しています。
が、
なんと最終体(光学活性Mefloquine合成体)のデータが何一つない、というね。なにそれ。
Experimental sectionには「合成したものは前の人のデータと完全に一致しました(キリッ」っていう一文のみ。全合成って中間体はともかく最終体のデータが一番重要なんじゃないの?それないのに載るってそんなのありかよ!有名人のでもJACSでもわりにあるけどさ、
ちなみに残る一つの全合成、野依不斉還元を使って不斉を出しているのですが、こっちの論文はColtartの論文以上に合成品データがない上、旋光度に関する記述そのものが全くなかったので話になりませんでした(eeしか議論してない)。
これら全合成はすべて中間体の時点での絶対立体化学決定を行っており、その後とepi化などについての議論は全くされていません。まあデータがないからそれ以前の問題な気もしますが。なおこのGriesingerらのACIE論文ではAbstractで「過去の3例全合成は間違いである」とバッサリ切り捨て、本文中でも「こういった単純分子の全合成による立体化学決定は正しく行えない」と断じています。これでは『構造決定』を目的の一つとした全合成が「全合成(ドヤッ」じゃなくて「全合成(笑)」になってしまいます。
無論合成化学的には未だ証明がされていない(?)ので(11R,12S)=(-)体とするこの結論が間違っている可能性もなくはないです(薄いけど)。合成化学者のみなさん、是非この分子のキラル合成にチャレンジして、今度こそ合成化学的に証明していただきたいとおもいます。
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(2013/7/2追記)
と、書いて早々にHallらによるmefloquine全異性体の不斉合成が報告されました。
今度はちゃんと合っているようで(別の天然物全合成を通じて絶対立体化学の確認をしている)、合成的な証明がこれで初めてされたことになります。
たぶん。
Concise Synthesis and Antimalarial Activity of All Four Mefloquine Stereoisomers Using a Highly Enantioselective Catalytic Borylative Alkene Isomerization
Hall, D. G. et al. ACIE DOI:10.1002/anie.201303931

