2013年05月13日

人工分子は天然に存在しないのか―抗がん剤分解物は妖精さんだった話―

天然vs人工というのは昔から根深いもので、「天然=体にいい」「人工=害毒」と決めつける風潮はなかなか消えません。極度の天然志向が高じて「人工薬・農薬は害悪である」とまで言ってしまうのも結構います(それをビジネスにしてるのも多いから困る)。

有機分子の話でいうと、天然に存在する分子と全く同じものを作ってくればそれは人工だろうと天然のそれと同等なわけで、植物等天然由来で賄ったらどえらく希少&高額になってるのを合成化学的に解決している例は山ほどあります。逆に天然に山ほどあるもしくは合成が費用対効果でペイしない場合には天然のものを市場供給に使うことになります、モルヒネなんかは現状それです。同じものであれば合成か天然かはコストやニーズによるのであって効能に差はありません。

しかし困るのが、それが「天然に、自然に存在しないもの」である場合。こうなると比較のしようがありません。薬害うんぬんの報道もあってこれで人工=害といったレッテルが張られているきらいがあります。中には「天然に存在しない物質は、天然に存在しないという理由のみで既に生体に有害な物質である。」やら「人工物質が環境を破壊し、肉体をも破壊していく」というずいぶんアレな天然原理主義的な思想もあったりします。曰く「天然にないものは自然界で出会うことがないため、対応する処理機構がないので副作用が避けられない」だの「不自然な分子なので自然の摂理に反している」だのだそうです。そんなもん別に天然のモノだって出会わなきゃ処理する術知らないじゃないすかー。なら、なんでフグ毒で死ぬんですかねっと。

また「人工甘味料アスパルテームで精子激減、日本薬学会で報告」とかいう話が最近出回ってるようですが、その報告をしたという助教授(てか"助"教授って時点でもう信憑性ない)、調べてみたら3年前に名誉教授になられているようなんですけど、なんで今"助"教授やってるんですかねえ?てか職員リストに既にいないし。で、調べたら2003年4月の日刊ゲンダイあたりがソースらしいです、古っ!そしてソースが日刊ゲンダイって時点でもうアレ。どうやら現在はアメリカ陰謀説とセットになって陰謀論者定番のネタと化しているようですが、元の発表がどんなのだったか気になるところです、内容の曲解な気もするし。いずれにしても10年も前の話をさも最新の研究のように見せかけてずっと引っ張ってるあたり、支持する(というか害の煽りに使える)ような報告が他にないんでしょうかね。論文挙げとけばだいぶ印象も違うのに、出てないのかな。


それはさておき、有機化合物に関して振り返ると、

天然から発見された分子を人工的に合成(全合成・半合成)

というものは山のようにありますが、

人工的に合成したモノが天然から発見

というパターンはなかなか聞きません。これが「人工分子=自然に存在しない」という印象を生み出している大きな理由ですが、本当に人工的に作り出した分子・薬品・農薬は絶対的に非天然・人工的なものなのでしょうか。


実はその例は古くからあります。幻覚・向精神剤の成分として知られるジメチルトリプタミン(DMT)は、植物からの抽出物としても知られていますが、これはそもそもは1936年に化学的に合成されたのが最初であり、自然界から発見されたのはその10年ほど後の話です(もっとも合成時には向精神作用に関しては調べられていなかった模様)。おや、「非常に不自然で、自然の摂理に反している」はずの人工分子が突然自然の摂理に則ってしまいましたぞ?不思議!

hakken DMT.jpg


また、有機ではなく無機物質ですが、合成化学的にしか存在しないと思われていた猛毒ガスでもあるフッ素ガス分子(F2)も近年天然鉱物から見つかっています。天然から発見されたので体にいいんですかね(同様に猛毒です

<論文紹介> 単体フッ素分子(F2)が天然に存在 − ドイツの研究グループが鉱物アントゾナイトから検出(ワイリー・サイエンスカフェ)

先ほどのDMTはまあ天然アミノ酸のトリプトファンからできそうな気がするので天然から見つかっても不思議ではない感じがしなくもないです。しかし、そんな単純なものしか作れないほど自然は貧弱ではありません。下に挙げた共役ポリインアミド分子も50年ほど前に合成品として報告されていた化合物ですが、最近になってフミヅキタケというキノコから発見されています。このポリインアミドには胚軸・根の伸長阻害活性があるそうで、なるほどキノコが自分の生存に使ってそうな感じがします。合成品と言われるとそんな効果なさそうに思えるから不思議。ちなみに天然からの発見によってこの分子にはAgrocybyne Dという名前が付けられました。合成報告時の(E)-octa-6-en-2,4-diynamideという実に無機質で事務的な名前からやさしくて機能性がありそうな名前に昇格(?)したというわけです。ずいぶんと雰囲気かわりますね、名前って大事。

hakken agrocybyne D.jpg

Agrocybynes A-E from the culture broth of Agrocybe praecox
Kawagishi, H. et al. Tetrahedron 2012, 68, 1262-1265


と、鎖状のえらく不安定そうなやつでも天然から見つかりました。ならば鎖状分子なんて単純なやつじゃなく、環状で、しかも強烈にひずんでるやつならどうでしょう。
Foxらは歪み分子であるシクロプロペンの化学的性質を調べる目的で、シクロプロペンカルボン酸という極めて不安定な分子を合成しました。合成法は簡単(?)で、ジアゾ酢酸エステルからカルベン経由で作っています。いかにも合成でしかできないような不自然な分子ですね!

gousei cyclopropene.jpg

Synthesis of Stable Derivatives of Cycloprop-2-ene Carboxylic Acid
Fox, J. M. et al. JOC 2008, 73, 4283–4286.



と、思っていた時期が私にもありました、的な。
なんとこんな歪んで不安定な分子が自然界から、ニセクロハツというキノコの毒成分としてその後発見されています。何考えてこんなもん作ってるんでしょうかねこのキノコ。不思議!

hakken cyclopropene.jpg

Identification of the toxic trigger in mushroom poisoning
Saikawa, Y.; Hashimoto, K.; Nakata, M, et al. Nat. Chem. Biol. 2009, 5, 465-467.


ならばこんな奴らはどうでしょう。ICA(Imidazole-4-carboxamide)にAHX(2-Azahypoxanthine)。創薬化合物によくある複素環構造です。これらも合成化合物として報告されており、特にAHXについては創薬化合物である抗がん剤ダカルバジンの分解物として知られています。まあこんな窒素三つ繋がったようなやつは創薬・農薬等ではよく見ますが天然にはいかにもない感じの構造ですよね。しかも人工抗がん剤の分解物ときたらもうこれは人工分子でしかない!

gousei AHX ICA.jpg



と思いきや、そんなものも天然のキノコから発見されています。これら2つはコムラサキシメジから近年発見され、それぞれ芝生の成長の抑制・促進をもたらす活性があることがわかりました。そしてこのうち、芝の成長を促進させるAHXはフェアリーリング病の原因物質のひとつであることが突き止められました。

hakken AHX ICA.jpg

@
Disclosure of the “Fairy” of Fairy-Ring-Forming Fungus Lepista sordida
Hirokazu Kawagishi et al. ChemBioChem 2010, 11, 1373-1377

A
フェアリーリングの化学-フェアリー(妖精)の正体解明と農業への応用-
崔宰熏, 河岸洋和 化学と生物, 2011, 49, 299-301

フェアリーリング病とは突如芝生など草原の一部がリング状に枯れ、そこにキノコが生えるという不思議な現象のことで、様々なキノコがこの病気を引き起こしその仕組みも一様ではありません。コムラサキシメジの場合には芝生が輪状に繁茂し、それが枯れた後にキノコがニョキニョキでてくるタイプで、AHXはこの芝生の繁茂にかかわっている物質だそうです。ICAの方もひょっとしたら枯れた後に芝が再び生えるのを防いでいるのではとも考えられています。名前の由来は国によって色々あるらしいですが、妖精が輪になって踊り明かした後にキノコが生える、というものもあります。つまり人工的に見出された分子AHXは、実はナノメートル以下サイズの妖精さんだったという大変面白い話になるわけです。ナノメートル以下ならそりゃ肉眼で探しても見つからんわなw

AHX with fairy.jpg
妖精さんイメージ

・[ニュースレター]神出鬼没のフェアリーリング病、その実態は・・・。(ゴルフ場芝用農薬の開発、製造、販売、シンジェンタジャパン)
フェアリーリング病(理研グリーン)


という風に「こんなの絶対天然にないだろ」という形の人工化合物ですら自然界から発見されることがあるのです。以上見てきてわかるとおり、「天然に存在しない物質」は「天然からまだ見つかっていない物質」が正しい表現なわけです。そして「天然に存在しない物質」が本当に「天然に存在しない物質」かどうかを証明するのは悪魔の証明以外の何物でもないわけで、それはすなわち「人工成分=不自然」という主張の破たんを意味します。大事なのはそれぞれの分子・薬・天然物が何に効くのか効かないのか、そしてその適正量であり、人工・自然という括りで判別するものではありません。「オゾンを放出して周囲を浄化するバジル」なるものを全国に植えよう運動もあるらしいですが、オゾンって無差別に不飽和結合ぶった切る毒ガスですよ?オゾン層のイメージからいいものだと思ってる人多いですが人工だろうがなんだろうが毒は毒。てかなにその植物こわい。

この手の天然主義というものの根幹はおそらく
「人間は自然界・神が作り給うた物を逸脱し、存在してはいけないものを作り出してしまった」
「神の領域に人間が科学の力でたどり着いてしまった」
という思想があるような気がしてなりません。ですがそれって

「人間が創出したものを自然が作り出せるわけがない」

という前提
に基づいてないと出てこない考えですよね。こう考えると自然や神を馬鹿にしてるのはどっちだ、って話になるわけで。神とかそういう話に乗るのであれば、これまで挙げた例を見ても結局人間は仏の手の上で踊っているだけ、とも言えます。
人間「やったーついに自然界にない分子を創ったぞー!(;`・ω・) 」
仏「は?そんなもんとっくにあるし。あれ?知らなかったの?wwwプギャーm9(^Д^)」
的な。だって自然はこんな↓分子だって作っちゃうんよ、いわんやDNAにタンパク質。
天然物はどこまで歪めるか
天然にない官能基の話
まあなんにせよ、恐怖とか陰謀煽ってやる主張って眉唾もんですわね。

おまけ:あわせてこちらもどうぞ
ガジェット通信の「遺伝子組み換え食品不分別とは」と言う記事が酷かったので俺が怒った(togetter by Fm7)
遺伝子組み換え食品不分別とは、をちゃんと書いてみた。 (ぶろぐ的さいえんす?)
(all links accessed May/13/2013)
by カエレバ

化学物質はなぜ嫌われるのか ‾「化学物質」のニュースを読み解く (知りたい!サイエンス 33)

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posted by 樹 at 10:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 有機化学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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