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2013年04月11日

アメフラシの紫汁の謎

(2018/08/31 リンク等更新)

アメフラシをご存知ですか?
黒字に白い斑点のある海の軟体生物で、広義にはウミウシの仲間とされています。ウミウシと言ってもでかいものでは50cmを超すなどかなり巨大なやつにもなります。頭部にある2本の突起が耳に見えることから英語では"Sea Hare"(海のウサギ)、中国語でも"海兎"と呼ばれているそうです。ですのでアメフラシを萌え擬人化する際にはうさ耳をお忘れなきようお願いします(何

ちなみにアメフラシは雌雄同体で、頭に♂、背中に♀があるため、複数匹が一列につながったり輪になったりな状態でお盛んなことになってることもよくあるとか。
ということは擬人化したら・・・(ゴクリ




そんなどうでもいい話はさておき、近年、新しい抗がん作用を持った天然物がアメフラシから見つかっており、全合成、作用ポケットの構造解析や、構造改変などのケミカルバイオロジー研究が積極的に行われている生き物でもあります。

アメフラシ aplyronine A.jpg
1)
Interactions of the Antitumor Macrolide Aplyronine A with Actin and Actin-Related Proteins Established by Its Versatile Photoaffinity Derivatives
Kita M., Kigoshi H. et al.
JACS 2012, 134, 20314.

2)
アクチン脱重合分子の合成と活性
末永聖武,木越英夫
有合化 2006, 64, 1273.

また、アメフラシは記憶学習などにおける神経学分野のモデル生物として利用される動物としても有名で、Eric Kandelはこのアメフラシ(ジャンボアメフラシ、日本の真っ黒いやつと違って白くてさらに巨大)を使ったニューロンに関する研究でノーベル賞を取っています。意外と科学に密接に関係している生物なのです。

ところで和名である「アメフラシ(雨降らし、雨虎、雨降)」の諸説ある名前の由来の一つとして、「アメフラシが噴出する紫色の液が、海中に拡散する様が暗雲が立ち込めたように見えるから」というものがあります。警戒物質や忌避物質をばらまいているようにも思えますし、煙幕を張っているようにも見えます。ちなみに種類によっては紫色ではなく、白色の液を振りまくものもいるようです。



この紫色の煙というか汁の役割は実はよくわかっていなかったのですが、最近になってその機能が明らかになってきたそうです。

実はこの紫の汁、単一の液体ではなく、インクと呼ばれる紫色の液体とオパリンと呼ばれる白色液体を同時に噴出し、海中で混ぜ合わせたものなのです。わざわざ別々に噴出することないのに実に面倒なことをしてるように思えます。

カリフォルニアに生息するジャンボアメフラシの紫色汁に関する研究の結果、白い方のオパリンからはアプリシアパリチン等複数の化合物が見つかっており、これらはアメフラシの天敵であるロブスターなどに対して接触阻害活性を示します。Science誌のwebでも動画が公開されており、最初積極的に食べようと襲いかかっていたロブスターがアメフラシの紫汁噴霧後、思いっきり後ずさりしてしまっているのがよくわかります。

アメフラシ オパリン成分.jpg

[動画と記事] Video: Never Mess With a Sea Hare (Science)

これで白い汁の方は天敵を追い払う役割があるのは分かりました。ではわざわざ混ぜている紫の汁はいったい何の意味があるのでしょうか。
紫の汁から、その紫色の成分を取り出して構造を明らかにした結果、フィコエリスロビリンとアプリシオビオリンという2成分で、紫色汁の大半はモノメチルエステル体であるアプリシオビオリンでした。ポルフィリンっぽく見えますが環が途中で切れています。まあ同じようにイオノフォアっぽことしてるんじゃないかとはおもいますけど。そして紫色成分であるこのアプリシオビオリンもまた甲殻類に対しての摂食阻害活性を示しており、防御物質としての役割を果たしていたのです。

アメフラシ紫.jpg


How to Produce a Chemical Defense: Structural Elucidation and Anatomical Distribution of Aplysioviolin and Phycoerythrobilin in the Sea Hare Aplysia californica
Kamio M. et al.
CHEMISTRY & BIODIVERSITY, 2010, 7, 1183


さらに面白いことにこのアプリシオビオリン、このアメフラシが食用としている紅草類の光合成アンテナ色素の一部(発色団、クロモフォア)に相当する化合物で、アメフラシが紅草を食べた後、色素を分解し、酵素から防御物質としてのアプリシオビオリンを切り離して蓄えるということをしていたのです。普段食べてるものを原料としているので材料不足になる心配がないわけですね。よくできた仕組みです。また、カニに目隠しをしても効果が変わらないそうなので、煙幕としての効果を期待したものというより、たまたま使っている防御物質が紫色だっただけ、というのが正解かもしれません。

でも、別にわざわざ紫のインク汁と白いオパリン汁を別々に出す必要はないようにも思えます。しかしここにもアメフラシの身を守るための巧妙な仕掛けがありました。

白いオパリン汁にはアミノ酸であるL-リシンが高濃度で含まれています。一方紫のインク汁の方には紫色成分の他に、エスケイピンというアミノ酸酸化酵素が含まれています。オパリンとインクを別々に、かつ同時に放出することにより、海水中にてリシンと酸化酵素が反応し、瞬時にα-ケト酸と過酸化水素が発生します。過酸化水素は海の天敵生物に対し、幅広い接触阻害活性を示すだけでなく、α-ケト酸からさらに変換されてできる化合物群もまた抗菌作用を示すことが分かりました。当然過酸化水素なんて自分自身にも毒なので、体外で逐次調製できるようなシステムを、2液の混合という形で体得していたというわけです。なんと巧妙な!

アメフラシ リシン酸化.jpg

The Chemistry of Escapin: Identification and Quantification of the Components in the Complex Mixture Generated by an L-Amino Acid Oxidase in the Defensive Secretion of the Sea Snail Aplysia californica
Derby C. D. et al.
Chem. Eur. J. 2009, 15, 1597-1603. (この号の表紙に採用)


なお、この紫の液にはアプリシアニンという抗菌・抗腫瘍活性を持ったタンパク質も見つかっており、その活性に関する研究も行われています(北里大水産資源化学研究室)。このアプリシアニンもまたアミノ酸酸化酵素なので過酸化水素発生源として働いています。さらに、高濃度のアミノ酸はエビなどに餌がその辺にあると勘違いさせる作用もあるそうで、気をそらしているすきに逃げることもできるそうな。
どんだけ機能詰まってんのよ、この紫の煙幕は(;´Д`)

このようにアメフラシの出す紫の汁には、天敵を排除するための数多くの化学物質が含まれていることが明らかになりました。ひとつの物質しか持っていない場合にはそれが効かないヤツが出てきたときに対応できないので、数多くのタマを仕込んでおくことでより多くの敵からの危険を避けられるようにしているのかもしれません。自然ってすごいですね、と片付けてしまえばそれまでですが、喰われちゃお終いだからアメフラシも必死なわけで。なんというか、襲ってきた敵にたいして手当たり次第持ってるモン投げつけてるイメージ。こうしてみるとなんかちょっとかわいく思えてきました(そうかな?

なおこの研究に関しては東京海洋大・神尾助教による大変わかりやすい日本語総説がありますのでそちらも是非ご覧ください。↓
アメフラシ類の化学防御機構:捕食者と同種個体の化学感覚に働く複数の化学物質
神尾 道也
比較生理生化学 Vol. 29 (2012) No. 1 P 11-17

おまけ
『紫』で『煙幕』と言われたら貼らないわけにいかない気がした。
Smoke on the Water (DEEP PURPLE)



2013/4/11地味にタイトル変更。キャッチーなタイトル付けられる文才を誰か下さい。
posted by 樹 at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 生き物の化学物質 | 更新情報をチェックする
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