2013年04月04日

博士論文のネット公開化と引用の話

年度始めから博士論文の話をするのもあれですが(いやむしろした方がいいのか)、4/1から博士論文のデジタルデータがインターネットでも公開されることになったそうです。

・学位規則の一部を改正する省令の施行について(文科省, 2013, Mar, 31 accessed)
国内博士論文の収集について(国立国会図書館, 2013, April accessed)

卒論・修論と違ってD論は国会図書館に収蔵公開される、ちゃんと論文の参考文献にも挙げていい著作物ですので他人に見られるという意味では今までと変わりはないし、デジタルデータも国会図書館で以前から見れたわけですが、ネットでアクセスできるという利便性の劇的向上からして、これまで以上にD論の閲覧が増えるのではないでしょうか。
となるとこれまで以上によその人に読まれることを考えてちゃんと書かないといけないのかもしれません。

実のところ私の場合、当然国会図書館で公開処刑されることは分かっていましたが、『あんなのわざわざ国会図書館で読みに行く物好きいないだろー(ホジホジ』くらいに思ってました。だからと言って適当に書いたわけではないですよ?結局、公開されようがされまいが博士論文は研究室に残していくまとめ論文としては最上位にあるわけですから手抜き何ぞできないわけで、一から見た学生でも背景がわかるよう徹底的に(ある種無駄に)詳しく書いたり、実験ノート見なくても経緯とか顛末が分かるように学術論文に書いていない細かいunpublishedなことを満載にして残しておいたつもりです。実際どう思われてるかは知りませんが。

ともかくD論はそもそも公開されることが前提なので『今更ネット公開になったって何ともないぜ!』という方が殆どのはず(多分)ですが、中身が全くの別物になってたりデータが違ってるとかしてた場合、ネットアクセスのしやすさも手伝って、粗探しされてネット上にさらされたりしやしないかとちょっと心配です(´・ω・`) 。考え過ぎな気もしますが、現に珍卒論の類はネットで思いっきりさらされネタされてますし、研究に集中させるためにD論すら適当っていうところも聞いたことはあるのでそのあたりはよりバレやすくなってしまうともいえます。

ところでD論って公開論文ではあるものの、実際どのくらい他人(他大学)から見られているものでしょうか。自研究室のself-citationとしての引用は論文で見ますが他大学のThesisまで挙げている例はそんなにないし、Google検索でたまに外国のが引っかかってくることはあっても参考文献にするほど読んではいないような気がします。でも上で書いたようにunpublishedな研究結果を見ることが出来るのはD論ならではでもあるわけで、ひょっとしたらお宝のような結果を発見することができるかもしれません。

Baranらのpalau'amine等のoroidinアルカロイド全合成のフルペーパーでは、論文化されていない他大グループの博士論文が大量に参考文献として挙げられています(それでも一部でしょうが)。つまり彼らは自分のプロジェクトを進めるにあたり博士論文まで目を通しているということになります。日本もD論のネット公開でこんな感じで盛んに閲覧されるようになればいいなあと思います。

Enantioselective Total Syntheses of (-)-Palau'amine,(-)-Axinellamines, and (-)-Massadines
Baran, P. S. et al.
J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 14710–14726


ただ、自分ところのグループのD論を参考文献にして全合成を主張した上にそれを総説に書いちゃうやり方はどうかと思うのですよ(´・ω・`) ↓

Tandem Reactions in Organic Synthesis: Novel Strategies for Natural Product Elaboration and the Development of New Synthetic Methodology
Parsons, P. J. et al.
Chem. Rev. 1996, 96, 195-206


論文中のMorphine合成のreferenceは全て著者グループのD論
(唯一ChemCommunはあるがモデル実験のみ)。
ってかこの論文全部自分とこの成果(しかもrefはD論ばっかし)なのになんでChemical Reviewsなの(;´Д`)Accountじゃないのこれ。


さてそんな博士論文に関連して、最近Organic Lettersに約100年前の博士論文の内容が学術論文化された話が出ていました。

Hünlich Base: (Re)Discovery, Synthesis,
and Structure Elucidation after a Century
Giannis A. et al.
Org. Lett. 2013, 15, 1418–1420


ドイツ・ライプチヒ大学のWalter Hünlichは1914年、「m-トルエンジアミン(2,4-ジアミノトルエン)とホルムアルデヒドとの新規縮合化合物に関する研究」というタイトルの博士論文を執筆しましたが、当時はNMRも無ければ当然X線結晶構造解析も出来ず、分かったのは「C17H20N4という分子式を持った結晶が得られる」ということにとどまっていました(元素分析は可能)。そして当のHünlichは第一次世界大戦で亡くなっており、この成果は論文化されることもなく忘れられていました。

Huenlich塩基.jpg

しかし約100年の後、この博士論文が"再発見"され、追試を行い、この100年の間に発明された分析手法であるNMRやX線結晶構造解析による構造決定をおこなったところ、新規化合物であるジアミノ化されたTröger塩基誘導体であることが判明したのです。1世紀もすると分析技術はとんでもなく進化するんだなあと思いますね。つい最近も「結晶スポンジ」なんてすごいの出たし。

再実験結果.jpg

Tröger塩基は4環性のジアミン化合物で、不斉点が無いように見えますが堅いビシクロ[3.3.1]骨格のおかげで通常起こるアミンのWalden反転が起こりにくくなっています。そのため窒素原子が不対電子を含めてキラリティを有しており、光学活性体として取り出すことのできる分子です(キラリティを持つことは1944年にPrelogが解明)。これも合成報告から構造決定まで色々歴史ある分子なのですが、この興味深い性質から現代でも様々な誘導体が合成されています。

で、今回"再発見"された新規Tröger塩基誘導体(Hünlich塩基と命名)の何がすごいかというと、ジアミン体からTröger塩基化合物が取れたというところにあります。モノアミンであれば問題ありませんが、想像に難くないようにジアミンから合成しようと思うともうひとつのアミノ基を介してポリマー化が進行し悲惨な結果しか得られません。これがHünlich塩基が100年経っても新規化合物のままでいた大きな理由で、著者らはその生成理由について「オルト位のメチルの立体障害がポリマー化を阻害しているためではないか」としています。また面白いことにあと2つの生成可能なTröger塩基誘導体は得られていません。

若手合成化学者のChris Vanderwalも"forgotten chemistry"を現代によみがえらせることで"cutting-edge chemistry"へと昇華させていましたが、古い論文だけでなく博士論文にも上述のようなお宝が眠っているかもしれません。博士論文のネット公開は日本の話ではありますが、これを機に博士論文の方にも目を通してみるのもよいのではないでしょうか。
一方、これから博士論文を控えているみなさんは他人に思いっきり読まれることを今まで以上に考慮して執筆しておきましょう
|Д゚)д・)ω-)∀ ̄)ω`)ジーッ

もう書いちゃった人は手遅れなので
(((((( ;゚Д゚)))))読まないでーガクガクブルブル
と祈っておきましょう(ぉ

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posted by 樹 at 10:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 有機化学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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