ジオトロピー転位の話: たゆたえども沈まず-有機化学あれこれ-
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2013年03月10日

ジオトロピー転位の話

シグマトロピー転位は協奏的にπ電子を介してσ結合が移動する反応で、Claisen転位やCope転位、Wittig転位などが有名です。なお、シグマトロピー(sigmatropy)とはσ結合(sigma)が移動する(tropos:ギリシャ語で「移る」)という意味で、反応機構を別に表しているものではありませんが、ペリ環状反応のことを普通は意味します。

1 sigmatropic cope.jpg

こんな風に矢印で書くときれいに一周した後に単結合(と不飽和結合)が違う場所に移動しており、捨てになるものもないし見た目もきれいな反応のひとつです。

と、ここで疑問。上のように円を描いて矢印が一周し、結合が移動するのがシグマトロピー転位なわけですが、


(・ω・)
-----------------
     (・ω・)

こんな配置の二つの置換基が一度に

       三・ω・)ヒュン
  ----------------
ヒュン(・ω・三 

ってな具合に位置が入れ替わってしまう反応はないものなのでしょうか。ありそうでなくて、あったら便利そうな反応ですが、それが今回紹介するジオトロピー転位(dyotropic rearrangement)です。

2 dyotropic.jpg

Dyotropic rearrangementは1972年にReezによって二つのσ結合が同時に移動するペリ環状型異性化反応として提唱された転位反応で、"Dyo"はギリシャ語で「二、two」を意味します。文字通り「2つが移動する」転位なわけです。日本語的にはどうやら「ジオトロピー転位」というようです(J-GLOBALでちゃんとひっかかかるので)。

ジオトロピー転位はType IとType IIの2つにカテゴライズされており、Type Iは先に述べた2つの置換基がσ結合を軸に同時に入れ替わるもので、遠隔位を含むの二つの置換基と不飽和結合が入れ替わってしまうものがType IIとされています。で今回はType IIではなく天然物合成にも色々利用されてるし合成化学的にも有用なものが多いType Iに限定して話を進めることにします、てかtype IIまでやってるとほんと終わらない、type Iだってざっくりなのに(;´Д`)。Type IIでも色々な反応や天然物合成への利用例(ほとんどないけど)もあるので、興味がある方はあとで載せた総説をご覧ください。

3 dyotropic 2 types.jpg

Type Iジオトロピー転位の反応機構はConcertedなものとstepwiseなものとがあり、段階的なものの場合にはラジカルだったりイオン対だったりいろいろあるので割愛。協奏的なものの場合ではbicyclo[1.1.0]型、3角形が二つくっついたような遷移状態を取ります。

13 反応機構両三角.jpg

協奏的反応機構の場合の分子軌道相関図は以下のように考えられています。普通の軌道(A)だけで考えるとオレフィン側のπ軌道のみとの相互作用になり対称禁制であるため、軌道が横に寝た非結合性の電子対n'' geradeであるBの組み合わせによるπ*軌道との相互作用と合わせて考えられています。なおこの反応機構に関しての計算化学的なアプローチは現在も度々報告されています。

12 反応機構協奏的rev転載.jpg
分子軌道相関図(後記のChem Revより転載)


理屈はともかくとしてじゃあどういうのに使われているのか、どういった場合に起こっているのかというのを見て行くと、ステロイド骨格をもったビシナルジブロミドに熱をかけることで臭素が入れ替わってしまう現象が1952年には既に報告されています。他にもシクロヘキサン、シクロヘキサノン骨格でも報告されているようです。入れ替わるくらいでその後の応用報告はなさそうですが。

4 dyo steroid.jpg

より実用的なものだと、フラン類のα位が有機金属化された基質においてジオトロピー転位が起こることが知られています(メタレート反応とも書かれる)。図の通り、炭素-金属結合を軸として、ヘテロ原子(大体酸素)と金属上の炭素置換基が入れ替わり、メタラサイクルが形成され、最終的には多置換オレフィンを持った鎖状化合物が出来上がるというものです。

5 dyo metallate.jpg

ここで注目したいのは、反応によってオレフィンのE/Zが入れ替わっているということ。また生じたメタラサイクルを求電子剤でトラップしてやることで更に官能基化できるということです。原料と生成物だけを見ると全然転位した感じがしませんが、この手法は特に多置換オレフィンを有する鎖状天然物の全合成によくもちいられています。

6 dyo discodermolide.jpg

7 Kocienski work.jpg

ちゃんと転位した感じのあるものだと、β-ラクトンをルイス酸で処理することによって起こるジオトロピー転位があります。Mulzerらによって見出されたこの現象はWagner-Meerwein型ジオトロピー転位とも呼ばれ、γ-ラクトン3位に立体選択的に官能基が導入される形での環拡大が起こります。なおα-ラクトンでも同様のことは起こるようです。基質を使い分けるとスピロラクトンや2環性ラクトンなんかも出来ます。

8 dyo lactone example.jpg

このβ-ラクトンのジオトロピー的骨格転位を巧みに利用した天然物合成がRomoらによって達成されています。触媒量のTMSOTfを用いた室温下の反応にてβ-ラクトンをγ-ラクトンに、下側のδ-ラクトンは逆にスピロのγ-ラクトンへと環縮小しています。この転位成積体を用いてcurcumanolide A, curcumalactoneを達成しています。また計算化学によってこの反応機構を精査したところ、double SN2型で進行していることが示唆されています。

9 dyo Romo synthesis.jpg

またより環の大きいラクトンでのジオトロピー転位型環縮小反応も報告されていて、Fuchsらは23'-deoxycephalostatin 1の全合成にこの手法を利用しています。

10 dyo Fuchs synth.jpg

かなり限定的な条件で起こる反応ですが、フラン等のメタレートやβ-ラクトン体では広く使われている転位反応ですので、特にβ-ラクトンでの転位反応はテルペン類の合成にもっと使われてもいいような気がします。フランの方は多置換オレフィンのフラグメント合成に使えますので合成経路の一つとして検討してみてはいかがでしょうか。

総説など(ここに挙げていない色々な例も載っています)
1) Dyotropic Reactions: Mechanisms and Synthetic Applications
Israel Fernandez,Fernando P. Cossio, and Miguel A. Sierra
Chem. Rev. 2009, 109, 6687–6711


2) Analogies between Synthetic and Biosynthetic Reactions in Which [1,2]-Alkyl Shifts Are Combined with Other Events: Dyotropic, Schmidt, and Carbocation Rearrangements
Osvaldo Gutierrez and Dean J. Tantillo
J. Org. Chem. 2012, 77, 8845−8850 (JOCSynopsis)

posted by 樹 at 15:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 有機化学 | 更新情報をチェックする
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