ところで水素化還元やエポキシ化とならび、学部の授業で一番最初に教わるであろうオレフィンの官能基化と言えば臭素やヨウ素を使ったオレフィンのジハロゲン化かと思います。ハロゲンによってオレフィンが活性化を受け、エポキシドのようなハロニウムカチオン種を生成、背面からもう一つのX-の求核攻撃を受けてtransでジハロゲン化が進行するというもの。上の三つと異なる点はオレフィンとハロニウムカチオンは平衡状態であり、求核攻撃を受けない限り反応が終わらないところです。
でもこのジハロゲン化。いざ合成で使おうと思ってもなかなかそういう場面に出合いません。エポキシ化やジヒドロキシ化に比べると論文でもなかなか見る機会もありません。よく見るやり方というと、エノンに対してハロゲンを作用させると系内でのビシナルハライドが生成、続くβ脱離によってα位がハロゲン化されたエノンへと導くもの。クロスカップリングなどによくつかわれます。単純オレフィンのジハロゲン化の場合はエノンの場合と違って脱離の選択性が問題になりますが、隣接基を利用した選択的な脱離法も近年報告されています。
ところで、系内で生じるハロニウムカチオンはオレフィンを活性化しているのと同じで反応性が高いため、求核剤をハロゲンから別のモノに変えることでさらなる構造変換が可能になります。特に分子内に水酸基やカルボン酸を用意しておけば環状骨格を形成することが出来ます。勿論エポキシドでも酸性条件などで活性化すれば同じ事が出来ますが、ハロゲン等を利用すればそのまま環を巻かせることができます。水酸基などでも利用できますが今回はラクトン化に絞って取り上げます。
このハロラクトン化の手法は古くから利用されており、Coreyらのprostaglandin合成(Corey lactone)の合成の際にも利用されています。この手法を使えば水酸基の調製を必要とせずにラクトン化を行うことが出来ます。また残ったハロゲン部位は還元的に飛ばすなり、β脱離でオレフィン化するなり、ラジカルカップリングに用いりるなり幅広く使える点も利点と言えます。
カルボン酸でなくてもラクトン化は可能で、アミドを用いた場合、窒素からの電子の押し出しが強いため、NではなくOで環化が進行してラクトンになり、環状アミドのラクタムにはなりません。Wipfらのstenine合成では、Eschenmoser-Claisen転位で得られるγ,δ-不飽和アミド構造を利用し、ブロモラクトン化、続くラジカルカップリングにて迅速に骨格構築を行っています。
アミドからのハロ環化でラクタムを得ようとする場合にはアミドのN状にTMSなどの官能基を導入することで達成でき、Coreyらのタミフル合成でも利用されています。
ハロゲンの他にもセレンも利用出来、この場合にはセレノラクトン化として、セレニドが導入されたラクトンが得られます。セレンは酸化で容易に脱離が進行してオレフィンに変換出来るし、ラジカル反応にも同様に利用できます。
この環化を不斉反応へと展開させるにはオレフィンの活性化面を制御する必要があるわけですが、有機アミン触媒を中心に様々な不斉反応への展開がなされています。上の反応は5-endo環化ばかりですが6-endoへの展開もあります。
もちろん、他の求核剤がなくて、ハロゲンが求核攻撃すればジハロゲン化ができるわけで、そのような不斉ジハロゲン化も報告され、Sharplessらは不斉ジヒドロキシ化のリガンドを用いた手法を報告し、Snyderらはビスフェナントロールを利用した独自の手法による不斉ジクロロ化にて天然物の全合成を達成しています。
ところでこのSnyderらの手法、リガンドのreferenceはあるものの、手法に対するreferenceが全くありません(遷移状態は本文に書いてある)。こんな不斉合成手法が過去の報告もなくいきなりポッと使われていたので、「参考文献載せてないのかよ、不親切なやつだな」と当時はプンスカ(ω)していたもんです。
が、後にご本人の講演でこの話聴く機会があり、曰く
「これこれこういう設計でやったら不斉出ますから」
と、本当に自分で考えた手法でそれをさも普通のように使っていたので
勝てねえよこんなの勝てねえよ(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル
となったのをよく覚えています。一流は半端じゃないなと思い知らされました。
オレフィンの不斉ハロ官能基化の総説
Catalytic, Asymmetric Halofunctionalization of Alkenes—A Critical Perspective
Denmark, S. E et al. ACIE Early view