光延反応はホスフィンとジアゾカルボン酸エステル、求核剤(カルボン酸やアジドなど)を用い、水酸基を直接SN2で置換する反応で、2級アルコールの場合には立体反転することになるので、望まない立体化学の水酸基の反転や、直接官能基の導入によく用いられています。
また、分子間で官能基導入をするだけではなく、大環状骨格の形成にも用いることが出来、通常の縮合法とは異なり、水酸基側を活性化して立体反転を伴ってマクロラクトン化させることができるなど幅広く応用出来る反応であります。
そんな光延反応の様々な利用法を前回紹介してきました。
ところで、
カルボカチオン経由?いえいえ、完全立体保持もあるのですよ。
例えばAB Smithらのzampanolideの全合成研究において、マクロ環化に使うためのHWE反応ユニットを加えるため、水酸基の反転を伴ったリン酸エステルカルボン酸部位を光延反応にて導入したところ、カップリングしたエステルが収率99%にて得られました、水酸基の立体保持で。
実は最初に挙げた反応機構にはある部分が欠けています。それは活性ホスホニウムイオンが生じた後の部分。ホスホニウム塩がくっつくのは水酸基だけではなく、カルボン酸が活性を受けた形のものとの平衡状態にあるのです。普通は水酸基が活性化された方が反応が進行するので立体反転で反応が進行するのですが、カルボン酸にホスホニウムイオンがくっついた場合、活性化されているのはカルボン酸側、つまり酸ハライドと同等のものであるため通常の縮合反応、エステル化同様のカップリングが起こってしまう経路も存在するのです。こうなれば当然水酸基の立体化学は変わりません。
そもそも光延反応は立体障害にかなり敏感な反応であり、進行しないことも多いのですが、進行したと思ったら代わりにカルボン酸側が活性を受けて巻いてしまうという罠も仕掛けられているわけです。上記のSmithらのような分子間の光延反応でここまで顕著に影響がでるのは珍しいですが、この傾向は分子内での光延反応の場合特に顕著にみられるようです。Deshongらは光延ラクトン化における生成物を調べた結果、何の問題もなく反転でラクトン化していた基質が、水酸基周りに置換基を増やしていくことで、立体保持のラクトンになってしまうということを報告しています。
じゃあ見た目に混んでれば保持なのかと言えばそんな単純でもなく、DeBrabanderらのPeloruside Aの全合成研究において得られた各種官能基異性体で光延ラクトン化を行ったところ、立体が保持であるもの、反転を起こすものとに分かれました(残り1種類の異性体はどうなるのか気になるところですが、残念ながら記述なし)。一方で小林らの場合では、2級アルコールで両脇にPMB-oxy基がついていますが、問題なく反転で進行しています。どうも立体保持の例を見ていると水酸基のα位やβ位に炭素分岐を持っているものが多いような気がします。あくまで個人的な感想ですが。
これがアリルアルコールともなるとさらに話はややこしくなり、置換反応がオレフィン側から起こったSN2'反応も混ざってきます。SN2'反応はsynでもantiでも起こるため余計出来るものが増えてしまいます。またこの光延反応は反応生成物の比が溶媒によって結構変わってくるので、溶媒選択も重要な要素と言えます。この結果から(必要性があるかどうかはおいといて)不斉中心が水酸基一個しかないような基質に対し、光延反応を用いた場合、光学純度の低下を招く恐れがあるということが言えますので、もしやる人がいれば生成物のeeは測っておいた方がいいでしょう。
というわけで「くっついた!やったー!」と思ってもこういう「なん・・・だと・・!?」ってなこともあるので注意してね、というお話でした。