2012年02月15日

危険なDHMO? SDS(MSDS)の話

DHMOという化学物質をご存知でしょうか?

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DHMOとは

CASナンバー7732-18-5を与えられた酸性雨の主成分で、金属を腐食させるだけでなく、悪性腫瘍の患者からも検出される低分子化合物。防虫剤剤散布に用いられ、洗浄後も残存し悪影響をもたらす化学物質としても知られている。
なお、DHMOとはDiHydrogen MonoOxideの略であり、組成式はH2O。
要するにただの水。

大概は、知りもしないのに言葉だけで大騒ぎする人を揶揄する(もしくは釣る)為に用いられ、化学者コミュ内ではMMR的なネタ(「DHMOが風呂場から検出された!」「な、なんだってー!?」等)として使われる。

そもそものDHMOネタの起源とかはこちら(wikipedia)
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と、ただの水に大仰な名前を付けただけなんですが、知りもしないDHMOを一言聞いただけで危険物質だとわめきたて、んで真相を知って逆切れするパターンが後を絶たない気がします。まあ引っかける書き方もいかんのでしょうけどおかしいですよね、正体も分からないのなら恐れることも喜ぶことも出来ないはずなんですが・・・(本来「酸性雨の主成分うんぬん」いう詳述とセットで使われるのに、detailもない「DHMO検出」ってだけも大騒ぎするからもうね・・・)。

まあそんな水は安全だとはっきり分かっているわけですが、その他化学物質の安全性はよっぽど一般に知られているものでない限り知識として持ち合わせていない場合が殆どであり、取り扱いには慎重にならないといけません。そんな試薬等化学物質を安全に取り扱うための情報を記載したSDS(旧MSDS)[(化学物質)安全性データシート、(Material) Safety Data Sheet]というものがあり、これを見て試薬等の安全性や、何か起こった時の対処法などの情報を得る人も多いでしょう。ところで、そもそもSDS(MSDS)とはどういうものなのでしょうか。

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2014.7.23追記
昔はMSDSと呼ばれていたのですが、国連GHS準拠の規格に変更になり最近はSDS(安全性データシート)と呼ばれるようになりました。
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SDS(MSDS)は化学物質の適切な管理の改善のため、事業者間で譲渡したり提供する際に提出を義務付けられているもので、政府など公的機関が発行するものではなく取り扱う事業者がそれぞれ作成し、提出するものです。元々はアメリカの事業者間で自主的に1970年代に行われていたものを1985年にアメリカで義務化、日本では1992年に告示され、2000年に義務化されました。特定化学物質などを含む製品・原料を取引先等に送る際にはその危険・有毒性、物性を記したSDS(MSDS)を提供しなければなりません。つまり純な化学物質だけでなく溶剤など完成品などでもこれらは作成しないといけないわけです。

・MSDS制度について(経済産業省)[Feb/2012 accessed]


・SDS(MSDS)ガイド (日本ケミカルデータベース株式会社)


と、そんなSDS(MSDS)には各種化学物質であれば、融点や引火点、分子量、爆発性や、何かが起こった時の対処法などが記されているので、その物質について知りたければ購入元が公開しているSDS(MSDS)をチェックすることでこれらの情報が得られるというわけです。
ですが、上述の

>政府など公的機関が発行するものではなく、取り扱う事業者がそれぞれ作成

この部分が実はかなり問題。個々で作成するため、どの業者でも同じはずの純粋化学物質にもかかわらず事業者ごとで違う情報が載っていたり、意図しなくてもかなりの間違いや情報の欠落がSDS(MSDS)には見られるのです。
それについて2004年のOrg. Proc. Res. Dev.の論説で指摘がなされています。

SPECIAL FEATURE SECTION: SAFETY OF CHEMICAL PROCESSES Are MSDs Safe? Reflections at the MSDS's 20th Birthday
Giora Agam
Org. Proc. Res. Dev., 2004, 8 (6), pp 1042–1044


この論説によれば、MSDSに相当な間違いがあり、安全の指針にするのにかなり問題な状態だとか。脱脂剤メーカーにおける韓国国内の調査(2000年)では「殆どのMSDSが配合成分を間違えている」「3分の1が成分の詳細を載せていない」「毒性が間違っている」とされ、本家であるアメリカでも調査した内の63%が健康に対する影響が間違っているか載っていないなど、MSDSの満足度がたったの11%という酷い有り様。
日本はというと、2000年に行われた422事業者に対する質問状の結果、13%が情報の欠落を訴え、50%もが文章が難解すぎるとの苦情を出しているとか。なんか日本らしい問題のような。個人的には「各自治体の条例に従って取り扱うこと」とか書かれても、「それがわからんから見てるんやがな(´・ω・`)」 と思ったりもするので具体的にどうすりゃいいのかは書いてもらいたいのですが・・・、もっともこれは日本だけに限らないようですけど。

ところで、じゃあどれくらい情報が間違ってるかと言えばこの論説で例に出されているのはあのDHMO水。なんと「イオン交換水のMSDSに『水(water)ではなくdihydrogen oxideという名前が付けられている』、『引火点は200°F(93℃)以上』(※水に引火点はありません)だの『火元から遠ざけること』、『保護グローブの使用を勧める』、『長時間大量に浸していると死に至る』だの書いてあったりする」のだとか。これは酷い、DHMOネタを真に受けたかのような文言の数々。

うっそでぇwwwwwwタダの水だぞwww
大体これ2004年の話だろwwwそんな酷いのほっとくかよwww

と思って試薬・化学メーカー(大手・有名どころを含む)のイオン交換水・蒸留水のSDS(MSDS)を見てみたんですが、一番最初に開いたSDSで目に入ったのが



・Molecular Weight 20.14






  ( ゚д゚)    
_(__つ/ ̄ ̄ ̄/_
   \/     /
      ̄ ̄ ̄
  ( ゚д゚ )    
_(__つ/ ̄ ̄ ̄/_
   \/     /




こんなの絶対おかしいよ!!
いつから水は水素原子二つ分太ったのでしょうか。
あーあれか、水素水ってやつ?(棒
ちなみにこれ見た時、衝撃の余り「遂に俺は酸素の原子量も分からなくなってしまったか」と周期表を持ちだして原子量確認してしまいました。
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2013/4/20追記
追記しようと思ってすっかり忘れてましたが、この分子量20、「重水(D2O)じゃないのか」とお思いの方もおられるでしょうが、残念ながら違います。さらには分子量16という水SDSも発見済みです。O2-・・・だと!?
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その程度では終わりません。他にも

・pH: 7.4°C

( ゚д゚)  7.4 ℃・・・

( ゚д゚ )  ・・・℃!?



・Solubility in Water: Soluble
(の話です)

( ゚д゚) solubleってレベルじゃねえぞ!


・In case of skin contact:
Wash off with soap and plenty of water
・In case of eye contact:
Flush eyes with water as precaution

(※についての注意事項です)

(;゚д゚)


・環境に対する注意事項 : (水に)汚染された排水が適切に処理されずに環境へ排出しないように注意する。
につい(ry

(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル


DHMOじゃ!!DHMOが遂に牙を剥い(ry


まあこの程度なら単なるネタで済みますがそこは化学物質、ネタでは済まされない事態にも発展します。1997年にアメリカのBartlo Packaging Incorporated(BPS)で起こり、死者3人を出した事故ではこのMSDSの不備が原因のひとつとなっています。原因となったのはAzinphos methylという化合物で、75℃でくすぶり、発煙して分解する化合物です。うっかりazinphos methylの袋が熱源に接触して煙を噴き、壁を破壊するほどの大爆発を起こしたという事故なのですが、このBPSにazinphos methylが納入された際に提供を受けたMSDSには「不燃性」「反応性なし」「安定」という事項が踊っており、分解温度に関しての記載はありませんでした。

azinphos-methyl.jpg


実はそれ以前に同じ化合物で別の会社が熱分解による火災を起こしており、そこのMSDSは安全に取り扱う温度や、可燃性、反応性などが記載されていましたが、この会社の場合、どういうわけかこの事件を受けてBPSと提供元が安全性について協議したにもかかわらず、従業員に安全性の指導をする程度で済ませていたようです。
その結果、

袋が熱せられ、もうもうと黄色い煙を噴く

消防隊が到着。MSDSを受け取り、確認

消防隊「爆発性なし!突入だ!」

大爆発

という避けられたはずの不幸な事故が起こってしまったのです。

膨大な量の化学物質を取り扱っているのでエラーを取り除くのは大変でしょうけれど、こういう情報ソースが誤っているのはもちろん大変な問題で各社間の情報共有などで正しい最新のものにしていってもらいたいですね。ただ、化学物質に関してはその安全性について分かっていないことが多いので何を使うにしても「そういう可能性のあるものを使っている」ことを頭に入れて実験を行わないといけません。日常的にやってると大分マヒしてしまいがちですが、命にかかわることですから。MSDSを参考にするなら複数の会社のSDSを見て確認しておいた方がいいのかもしれません。

・事故つながりのおまけ
最近のC&ENではあのUCLAのtBuLi事件のシリンジの写真が掲載され、その事故のすさまじさを物語っています。くれぐれも安全には気をつけましょう。
(2014.7.23: MSDS→SDSへの規格変更に伴い、「SDS(MSDS)」という記述に変更)
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posted by 樹 at 10:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | 事故・爆発・毒物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
通りすがりの元?化学屋です。
敢えて「マジレス」しますと、
イオン交換水や蒸留水は、余程保管に気をつけない限り(化学実験室でこれらを「冷蔵庫」に入れて保管しているのは「見た事」がありません)、黴菌が涌いているので清潔な水道水等で洗い流す必要があるんですが…
Posted by kk8998982 at 2016年05月14日 13:01
マジレスありがとうございますw
「イオン交換水を水で洗い流せ」警告もないものがほとんどなのでなんかのコピペの名残なのかなあと思ったりしてます。洗瓶でほっぽってある水などは水自体もですけど洗瓶も結構雑な扱いだからそこでもだいぶ汚染されてそうですね。そこまで水の純度を気にするようなところにいたことがないのでそこまでケアしたことは一度もないです・・・。
Posted by かんりにん at 2016年05月15日 00:29
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