①
Chasing Molecules That Were Never There: Misassigned Natural Products and the Role of Chemical Synthesis in Modern Structure Elucidation
K. C. Nicolaou, Scott A. Snyder
ACIE 2005, 44, 1012–1044
②
Survey of marine natural product structure revisions: A synergy of spectroscopy and chemical synthesis
Takashi L. Suyamaa, William H. Gerwickb, Kerry L. McPhail
Bioorg. Med. Chem. 2011, 19, 6675-6701
なんだよ、構造間違えてるのかよ!とか思っているかもしれませんが、そもそも自然界に存在する目的成分は超微量であり、しかも複雑な骨格を有した分子が出来上がっている状態。これをそのまんまの状態で各種分析を行ったり、木端微塵にならない程度に変換してまた分析・・・目で構造が見えれば何の苦労もしませんが、そんなものは見えるわけもなく、どんな構造をしているかのヒントもないまま形を創出していく苦労は計り知れない物があります。
と、そんな天然物の構造が正しいかどうか、ここで全合成屋さんの登場というわけです。構造の分かっている分子から段階を経て、確実に一歩ずつ骨格を増設していき、最終的に提出構造を合成し、それが標品の分析データと合致するかどうか、これを確かめるわけです。これにより、目的の分子の形が確実なものになるわけです。
が、
なぜか全合成した・提出構造を合成した、にもかかわらず、その分子の形について論争が展開されることもあるのです。何のどの話かは挙げませんが、全合成によって提出構造が正しいと決定されたはずなのに後発の全合成によってやっぱり間違ってることが判明したり、全合成によって提出構造が間違いだとわかって訂正されたはずなのに後発の全合成で実はそんなことはなかったことが分かったり、そもそも合成が嘘だったりということもあったりします。
まあ最後の例は論外として、せっかく一から分子を組んでいても、間の構造決定等で油断したり、先入観を持ったりするとこういうことに陥ってしまうことがあるのです。そんななかから一つ最近の話を。
Plakoteninという天然物は1992年に沖縄の海綿より単離された、6つの不斉中心を有する抗癌活性を有する化合物であり、その構造は2D NOESYを含む各種分析法を用いて決定されました。
なぜ6つの不斉中心のうち左の環の4つに色が付いているのか、については後ほど。
Spiculoic acidやzyggomphic acidと同様、この化合物も鎖状ポリエンカルボン酸からの分子内Diels-Alder反応が生合成経路として推定され、2009年にはBräseらによって生合成模倣型合成戦略によるPlakotenin提出構造分子の全合成が達成され、各種分析データが天然のものと一致したことを確認しました。左の環の4つの不斉炭素(色塗った部分)の絶対立体化学・相対立体化学は最終体であるPlakoteinの2D NOESYによって決定し、それらも天然品と一致することを示しています(clickで拡大)。
というわけで提出構造が正しいことがこれで確認された・・・・・はずでした。
しかし最近それを否定し、構造の改訂を主張する論文が発表されました。それが以下の論文。
Structure Revision of Plakotenin Based on Computational Investigation of Transition States and Spectroscopic Properties
Bihlmeier、A. et al. JACS ASAP
DOI:10.1021/ja2087097
この論文では、Plakoteninその生合成前駆体である鎖状ポリエンの分子内Diels-Alder反応の遷移状態を計算したところ、提出構造の立体化学となるための遷移状態(exo環化)がその他の遷移状態の中で最もエネルギーが高いものであることが判明。もっとも低いのは同じexo環化でもジエンとジエノフィルの位置が逆転したもう一つの遷移状態であることが示されました(endo付加の二つはこのexo環化の間のエネルギー)。勿論そうなれば環化体の相対立体化学は全く別のものになるわけです(図中の右の化合物、左が提出構造、clickで拡大)。
さらに、Plakoteninそのものに関してもシミュレーションを行ったところ、計算により算出した提出構造及び新たに推定された立体化学を有する分子(立体化学が青になっている分子)のCDスペクトル、及び2D NOESYの結果と、合成されたPlakotenin(と一致した分子)の生データを比較したところ、提出構造のモノ(赤)とは合致せず、新たな分子(青)との一致が見られました。こういうシミュレーションが信用出来る精度で行えるようになったというのもすごいですね。
しかし、Bräseらが合成した分子(赤色)は天然のPlakoteninと完全な一致が見られています。
このことからこの論文では「Plakoteninの真の構造は(立体化学を青で塗った分子に)訂正されるべきである」と結論付けています(clickで拡大)。
・・・・
ん?
提出構造を全合成して天然物と一致した
↓
でも計算したら提出構造は思いっきり不利なD-A環化体
な上、シミュレーションしたらCDとかNOESYが一致しない。
↓
なので構造は訂正されるべき
・・・・・
あれ、これ(赤いの)作って一致したんじゃ・・・?
そう、確かに全合成したplakoteninは天然物と一致していましたが、実は提出構造の立体化学を有してはおらず、構造を間違えていたのです。
上の論文は計算だから実際合成したらわからんぞ、と思いたいところですが、今回のJACS論文の著者の中に全合成を達成したBräse教授が混ざっている辺り、きっと「正直すまんかった」ということなのでしょう。
ではなぜ、間違えることになってしまったのか。論文に書かれていることも含めると次の通りになるかと思われます。
・6つの不斉中心のうち、過半数の4つがDiels-Alder反応の環化モードに依存する形で出来あがる。
・残り2つもC2対称性(しかもNOE相関で気をつけなければいけないシクロペンタン骨格)であり、NOESY相関を見るのに混同しやすい。
・両者(提出構造と訂正構造)はエナンチオマーの関係に近いため、まぎらわしい。
・分子内Diels-Alder反応からわずか1工程で全合成が終わっているため、「なんかおかしい」と気付く瞬間がなかった。
・全合成品の立体化学決定のNOESY測定が、単離した小林教授らと同じ、天然物(最終体)を用いて行われているため、帰属に関して同じ勘違いを犯してしまった(もしくは単離文献にある相関を見て先入観を持ってしまっていた)。
短工程全合成の達成のためのcascade反応など、効率的合成手法が全合成分野において流行ではありますが、一挙に何かを合成する手法においては、合成品の構造決定を普段以上に慎重に行わないと行けないのだと思わされた論文でした。こわーい。