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2011年08月29日

Baldwin則がひっくり返った話

求核置換反応は有機化学の基本的な反応の一つですが、求核種、つまり炭素に対して攻撃を仕掛ける側はどこから攻撃してもいいというわけではありません。sp3炭素であれば脱離基に対して逆サイドの180度から、一般的にいえば切断しようとしている結合の反結合性軌道(π*もしくはσ*)に重なるようにな方向から求核攻撃が進行します。sp2炭素の場合の求核剤がやってくる角度は109.5°であり、これはsp3炭素の結合角に等しい値となっています (計算によると107°に近いらしいですが)。これはBürgi-Dunitz角(Bürgi-Dunitz angle, Bürgi-Dunitz trajectory)と呼ばれており、厳密な角度はともかくとして求核剤はその生成物の結合角と同じになるような方向からやってくることを示しています。

sp3 and sp2 trig.jpg


これが分子「間」での反応であれば攻撃できる方向から求核種がやってくればいいだけですが、分子「内」での反応となれば話は別。鎖でつながれているのと同じですから求核種の攻撃できる方向というのに制限が出てきます。従って上記のような角度でやってこれないような反応、分子内なのでこの場合には環化反応になるわけですが、それは進行しない(しにくい)ということになります。

分子内環化には、環化に関与する求電子サイトが環の外側に出るexo、全て環の中に取り込まれるendoの二種類があり、求電子炭素の形状によってTetrahedral (Tet, sp3炭素)、Trigonal (Trig, sp2炭素)、Digonal (Dig, sp炭素)に大別します。

exo-endo.jpg

例えば次の反応での上の反応は求電子種がエポキシド(sp3炭素)で5員環を作り、官能基が外に逃げるので"5-exo-Tet"、下の場合は6員環を形成し、官能基が中に入るので"6-endo-Tet"という風に環化様式を表すことができます。

cyclization sample.jpg

このような分類の下、分子内での閉環反応の進行しやすさを経験的に示したのがBaldwin則であり、以下の表にまとめられます。大変に重要な経験則で、多環式天然物合成などの複雑な分子の合成計画を立てる際には必須ともいえるものです。「-」になっているのはオリジナルのBaldwin則には含まれていない部分ですが、3および4-endo-Tetに関しては一般的には「進行しにくい」とされています。

baldwin's rule table.jpg


ところで今まであえてスルーしてきた3重結合(sp炭素, Dig)、Baldwin則によればendo環化が優先するようですがこいつに対する求核反応はどの向きから進行するのでしょうか。

なんとその向きは、これまでのsp3やsp2炭素のような鈍角ではなく鋭角の60°で求核攻撃が起こるとされています。つまり求核剤は三重結合の上空を通って求核反応を起こすことになります。なんかとっても意外で不思議な感じがしますが、反応後に結合角が120°になることを考えるとまあそうなのかなという気もしてきます。教科書でもこの鋭角の図で説明されています。

sp dig proposed.jpg

この角度の影響の結果、分子内環化反応においては鈍角を取りづらいexoの環化よりも、反応点が遠い=鈍角での求核反応が出来るendoでの環化が優先するということになるわけです。

dig cyclization.jpg



が、


やっぱり腑に落ちません。π電子の真上を通過して求核剤がやってくるわけですし、大体sp分子のLUMOであるπ*軌道の向きは外側に向いているのだからホントに内側から来るんかいなと。

pi-g star 2p.jpg

実は近年のsp炭素に対する分子間求核付加反応に関する計算では上記の鋭角での入射角ではなく、Bürgi-Dunitz角にほぼ従う鈍角120°、つまり3重結合の外側からやってくるという結果が出されているとのこと。

sp dig revised.jpg

となると上記の話は全て逆転し、分子内環化ではexoが優先することになるはずです。

dig cyclization.jpg

この計算化学を分子内環化反応に適用し、Digモードでの環化反応のしやすさを計算、実験の両面から再検討したのが以下の論文。

Rules for Anionic and Radical Ring Closure of Alkynes
Alabugin, I. V. et al.
JACS 2011, 133, 12608–12623.


フルペーパーな上に計算化学なので結論だけにしときますが、この場合でもendo付加(鋭角での求核攻撃)でのエネルギー障壁はexoのそれと比較して圧倒的に高く、Baldwin則は以下のように修正されるとしています。完全に逆転していますね。

baldwin's rule revision.jpg

但し、オレフィン、特にアルキンの反応に良く見られる"ルイス酸などの求電子種による活性化を受けた炭素―炭素3重結合"に対しての環化反応では錯体のLUMO形状が変化するためにendo環化が許容になるので注意が必要です。いずれにせよ、3級アルコールに対するSN2反応といい、アノマー効果発現に関する研究といい、こういう有機化学の基本的なものがひっくり返るというのは面白いものですね。

posted by 樹 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 有機化学 | 更新情報をチェックする
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