炭素―炭素2重結合を、酸素ガス存在下放電によって発生させたオゾンガスによって切断し、カルボニルへと変換する手法。結構トリッキーな反応ではありますが授業で必ずやる結合切断法です。反応機構は教科書的に、オレフィンとオゾンとが[3+2]の反応を起こしてモルオゾニドへと変化、極めて不安定なこの構造は速やかに逆環化反応によってカルボニルフラグメントと過酸化カルボニルフラグメントへと分解、さらにその二つが先ほどとは異なる位置で環化してオゾニドへと変化。この構造は(爆発性はありますが)安定であるので、これを処理(一般的にはtriphenylphosphineやdimethylsulfideなど、NaBH4などを用いると異なる生成物を与える)することでC=CがC=Oへと変化する形で真ん中から切断された2つの基質(アルデヒド、ケトン)が得られます(clickで拡大)。
と、以上の反応機構はテキスト的に教わるもの。実際にオゾン酸化をした人ならわかると思いますが、反応途中でTLCを見てもやけに多点化していたり、そのくせ処理後にはしっかり生成物ができていたり、処理前なのに生成物が見えていたりと、教科書のように単純ではありません。
そもそもモルオゾニドからの環開裂の方向次第ではもう一組別のフラグメントができるため、この時点で4つのフラグメントがいることになります。従ってこれらからオゾニドへと再度環化する際の組み合わせが増えるため、できるオゾニドは一つにはなりません。さらに、実はオゾン酸化で処理前に生じるのはオゾニドだけではありません。過酸化カルボニル同士による環化によって六員環の環状過酸アセタールも少量生成します(clickで拡大)。
さらに環状化合物のオゾン酸化の場合には分子内でオゾニドを巻きづらい場合があり、その場合には分子間でのオゾニドを形成し、オゾニドのオリゴマーが形成されます。
これらの例はジクロロメタン中での反応の場合ですが、メタノールなどアルコール溶媒中でオゾン酸化を行う場合も多く、その場合にはオゾニドはいることはいますが、モルオゾニドからできた過酸カルボニルの大半は溶媒によってトラップされ、過酸アセタールへと変化します。この時、カルボニル化合物(つまり本来は処理しないと見えないはずの生成物)はそのまま残されることになるので、処理前でも生成物を確認することができるというわけです。なお環状化合物の切断の場合はやはりオリゴマー化するようです(clickで拡大)。
このようにオゾン酸化では様々な反応中間体が生じるため、処理前のTLCで信用できるのは「原料の消失」くらいです。なので、処理前にTLCが多点化してもへこまないように。ちなみにメタノール溶媒でのオゾン酸化で生じた過酸アセタールをアセチル化することでカルボン酸メチルエステルへと変換することもでき、この手法はCriegee転位として知られています。
さて、C=C結合の切断だけでなく、その他の手法としてよく用いられるのは1,2-diolの酸化的開裂反応。代表的なのはオルト過ヨウ素酸ナトリウムNaIO4、四酢酸鉛Pb(OAc)4によるものでしょう。どちらも両水酸基とで環状化合物を形成し、酸化的に炭素―炭素結合を切断する反応機構です(但し、四酢酸鉛の場合には非環状で進行する場合もあり、trans diolでも切断可能、clickで拡大)。ちなみに以前書いたようにPb(OAc)4の英名 lead tetraacetateの発音は「リード」ではなく「レッド」なので注意。
アニメ・マンガ周期表と発音の注意点
この過ヨウ素酸、四酢酸鉛を用いた方法ですが、別に1,2-ジオールでなければいけないわけではなく、いろいろな基質に対しても適応可能です。様々なものがあるのでいろいろ探してみると面白いかと思いますが、下には、過ヨウ素酸でエポキシドを開裂、系内で極性の高いジオールへと変化させたうえでそれを単離することなく切断する例、α―ヒドロキシケトンからアルコール存在下四酢酸鉛(過ヨウ素酸でもOK)で開裂させることでアルデヒドとエステルへと導いている例、アミノアルコールの切断例を挙げました。特にα―ヒドロキシケトンからの切断例はよく見られます(clickで拡大)。
では下のようなエポキシアルコールに対して四酢酸鉛を作用させたらどうなるでしょうか。最近そんな報告がTLにあったので紹介します。
Lead(IV) acetate oxidative ring-opening of 2,3-epoxy primary alcohols: a new entry to optically active α-hydoxy carbonyl compounds
Alvarez-Manzaneda, E. et al. TL DOI: 10.1016/j.tetlet.2011.05.116
彼らはエポキシアルコールに対し、四酢酸鉛をbenzene中、加熱条件で作用させると、α―アセトキシケトンが得られることを見出しました。興味深いのはケトンα位の水酸基の立体化学は元のエポキシドから完全に反転していること。つまり、アセトキシ基の酸素原子は元のエポキシドにあったものではなく四酢酸鉛のacetate由来のものです。その反応機構は次の通りです。
結構いろんな基質にも適用できるようで、一部例外はあるものの基本的には良好な収率で光学純度を維持したまま生成物が得られています。4置換エポキシドでも生成物は一応できるようですが、3級カルボカチオンの生成により、低収率、光学純度の低下がみられるようです(図の化合物の場合では収率は81%ですが、光学純度は70%eeに低下しています)。
エポキシアルコールは、アリルアルコールからSharpless-香月エポキシ化によってキラルなものを得ることができるため、有効な化学変換として利用できそうです。
References
1) Ozonolysis of cyclohexene in methanol
Bailey, P. S. JOC 1957, 22, 1548.
DOI: 10.1021/jo01363a003
2) Oxidation Kinetics of oic-Diols in Cyclic Systems. 11. Lead Tetraacetate Oxidation of cis- and trans-l,2-Diaryl-l ,2-acenaphthenediols
Wallenberger, F. T. et al. JACS 1960, 82, 3122.
DOI: 10.1021/ja01497a034
オゾンin methanolについては実験化学講座にも詳しい話が出ているのでご参照ください。
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余談ですが一般人からするとオゾンと言えば「オゾンが減るとオゾンホールが出来て地球に紫外線が大量に降り注ぐ→ガンが増える」ということで知られているものです。管理人が小学生の頃、進研ゼミの付録ではこのオゾンホール対策として
飛行船を使って人工的にオゾンガスを大気中に補充する
という未来の環境対策が描かれていました。
当時は「これ頭いい!!何で今すぐやらないんだ!!!」
と思ったもんですが、上記のとおり、炭素-炭素2重結合を無差別にぶった切る猛毒です(低濃度オゾンガスを殺菌・消毒に使ってるくらいですし、大体過酸な時点でアレ)。
↑ってことはまんま毒ガステロやんけこれ!!
更に余談ですが、大量にコピーを取った時や、冬場でセーターから大量の静電気を発した時に何か臭うことがありますが、あれがオゾンです(実験的にも酸素ガスから放電によってオゾンを発生させる)。