
絵だけ見れば単純に左のものを右に持っていくだけなので簡単そうに見えます(事実、こうやって「絵を描くだけ」なら反転させるだけでおしまい)。ところがいざ化学変換をやろうと思うと足がかりとなる部分が意外に少ないことから結構簡単にはいきません。
有名な手法としては3級アリルアルコールの酸化的転位反応がよく用いられています。酸化剤としてクロム系酸化剤やIBX、IBSなどが知られており、一般にはPCCを用いた転位が利用されています。この手法では1段階で酸素官能基の位置を入れ替えることが可能ではあるのですが、2級アルコールでの例もあることはあるものの、基本的には水酸基が酸化されない3級アルコールの適用に限定されます。クロム酸化剤もちょっと嫌だし・・・。

・IBXの例
Oxidative Rearrangement of Cyclic Tertiary Allylic Alcohols with IBX in DMSO
Iwabuchi, Y. et al. OL 2004, 6, 4303.
DOI: 10.1021/ol048210u
・IBSの例
IBS-Catalyzed Oxidative Rearrangement of Tertiary Allylic Alcohols to Enones with Oxone
Ishihara, K. et al. OL 2009, 11, 3470.
DOI: 10.1021/ol9013188
2-Iodoxybenzenesulfonic Acid (IBS) Catalyzed Oxidation of Alcohols
Uyanik, M.; Ishihara, K.
Adlrichimica Acta 2010, 43, 83-91. (PDF注意)
他の有名な手法としては、2工程でエノンから酸素官能基の位置が入れ替わったアリルアルコールへと変換するWharton反応(Wharton法)があります。これはまずエノンのオレフィンをエポキシ化した後、ヒドラジンを使ったカルボニルのヒドラゾン化、エポキシドの解裂、生じたジアゾアルケンからの窒素の脱離を行う手法です。

類似の手法としては、エポキシアルコールに脱離基を導入し、ラジカル的にエポキシドの解裂とオレフィンの形成を行い、官能基位置の入れ替わったアリルアルコールへと誘導するものもあります。

またあまり使われない手法ですが、アリルセレンを酸化してセレノキシドとし、シグマトロピー転位を利用してアルコール位置を入れ替えることもできます。但し、生じたセレノキシドがsyn脱離を起こさないような基質でないと利用ができません(図の例ではmethyl基がセレンに対してsyn、水素がantiで配置しているため脱離反応が起こらない)。

しかし、いずれの場合も複数の工程を要してしまうという欠点があり、より簡単に変換する手法、欲を言えば1工程でできちゃう方法があればかなり使える手法といえるでしょう。
レニウムやバナジウム触媒を使った例もありますが、より安価且つ非金属的な触媒反応であればより好ましいと言えます(ずいぶん欲張りですが)。

そんな手法が新journalであるChemical Science誌にEdge Articleとして掲載されました。
Mild and selective boronic acid catalyzed 1,3-transposition of allylic alcohols and Meyer-Schuster rearrangement of propargylic alcohols
Hall, D. G. et al.
Chem. Sci. Advance article
DOI: 10.1039/C1SC00140J

Hallらは図のようなフッ素化アリールボロン酸を酸触媒とすることで、アリルアルコールの転位反応が起こることを見出しました。オルト位フッ素が一箇所だけ欠けているのがミソで、これが1つでも多かったり少なかったりすると収率が各段に低下してしまいます。電子的要因と立体的要因の丁度いい具合になった結果と考えられています。
この手法は3級アルコールだけでなくベンジル位2級アルコールや内部オレフィンを有するアリルアルコールなど様々な基質に適用可能で、同じ1工程での変換反応であるアルコール→カルボニルやカルボニル→アルコールの酸化的転位反応とは異なり、アルコール→アルコールへと変換できるということもメリットです。残念ながらベンジル位でない2級アルコールの転位は出来なかったようです。

またPropargyl alcoholに対してこの手法を適用することにより、Meyer-Schuster転位を起こすことも可能です。

アリルアルコール転位反応の機構は、アリルアルコールとボロン酸とでボロン酸エステルを形成し、6員環遷移状態を経由してSN2’反応的に進行する(水酸基の立体化学が保持される)経路と、アリルカチオンを経由するSN1’型(立体化学は保持されない)経路の2つで反応が進行していると考えられ、この場合には主にSN2'型で進行していると推察されています。これは反応後の水酸基の立体化学の光学純度が若干低下する程度であること、原料であるアリルアルコール及び生成物の光学純度が長時間の反応でも低下しないこと、及びoxygen-18を用いた重原子ラベル化実験の結果から推察されるものです(基質に導入された18Oが殆ど生成物に入ってこないため)。
こういう変換が短工程化出来るようになるととっても楽になりますね。