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2011年02月20日

教科書を変える(かもしれない)SN2反応の話

有機化学を始める上で、もっとも基本的な反応と言えばSN1[unimolecular(1分子) Nucleophilic Substitution、太字を逆に並べると「SN1」になる]反応とSN2(bimolecular Nucleophilic Substitution)反応でしょう。

 SN2反応は求電子種に対して求核種が攻撃して置換反応が起こるもので、必ず2分子反応で進行するため反応速度式は2次になります。また、求核種は脱離基の逆サイドから必ずやってくるので、置換反応が終わった後の立体化学は必ず反転します。
SN2 反応機構.jpg

一方SN1反応はというと脱離基を持った求電子種から脱離基が飛んでいき、平面構造を取ったカルボカチオンが生成。この平面状のカチオンに対して求核種がくっついて生成物となる反応機構です。律速過程は原料求電子種から脱離基が飛んでカルボカチオンになる過程であり、求核種の付加反応が律速過程に入ってこないことから速度式は1次になります。重要なのはSN2反応とは異なり、原料の立体化学がカルボカチオンになることによって保持されないこと、つまりカルボカチオンに対して求核種は図の右からも左からもやってこれるので立体化学を保持した生成物と反転した生成物の両方が生じます。
SN1 反応機構.jpg

その反応性もSN1とSN2では大きく異なります。SN1反応ではカチオン性中間体を経ることから、そのカチオンを安定化できるもの、つまり超共役やσ供与などの恩恵に与かって+性を薄めることのできる多置換炭素程SN1反応が有利となります。一般的には3級炭素 CR3-X (安定な3級カルボカチオンが発生) >> 2級炭素 CHR2-X >> 1級炭素 CH2R-X >>>>>>> メチル基 CH3-Xの順番の反応性となります。

一方SN2反応ではイオン性の中間体を経ないため(脱離能は置いといて)純粋に立体障害の影響が反応性に大きく関わってきます。従ってもっとも反応しやすいのはメチル基 CH3-Xであり、ついで1級 CH2R-X、2級炭素 CHR2-Xと立体障害が増えるに従って反応性は落ち、3級炭素 CR3-X(置換基3つに脱離基1つ)ともなるとほぼSN2反応は進行しません。
SN2 反応性の順.jpg

「ほぼ」進行しないと書いたのは分子内反応において反応点が強制的にかなり近づけられている場合に関しては反応が進行するためですが(この場合は分子内だからbimolecularじゃないかですが)、基本的に、特に分子間反応に関しては「全く進行しない」言い切られる位報告がない(あっても本当かどうかが怪しい等議論が起こっている)ため、「SN2反応は起こらない」と授業でも教わっているはずです。

しかしそんな常識を打ち破った例が表れました。それが下の論文。


1,4,7-Trimethyloxatriquinane: SN2 Reaction at Tertiary Carbon
Mark Mascal*, Nema Hafezi and Michael D. Toney
J. Am. Chem. Soc., 2010, 132 (31), pp 10662–10664
DOI: 10.1021/ja103880c


彼らはこれまでにオキサトリキナン骨格を有する新規オキソニウムイオン分子を創成し、それらが従来にはない安定性(シリカで精製も出来るらしい)を有することを報告してきました。今回彼らは更に置換度を増やし、より強力な求核種にも耐えられるように改良を加えた下のようなオキソニウム塩分子を合成しました。
SN2 JACSの例 基質.jpg

見ての通り、酸素原子に結合している炭素は全て4置換の3級(tri-tert-alkyl oxonium ion)です。この分子は加溶媒分解を起こすこともなく安定に存在し、塩基性の強求核種(-OMe, -CNなど)との反応でも置換反応ではなく脱離反応が進行することが明らかとなったのですが、アジドイオンとの反応において3級炭素上に求核置換反応(3級なのに!)を起こした化合物が単一の生成物として得られたのです。
SN2 Mascalのやった内容.jpg

反応速度を調べてみても2次の速度式に乗っかることや、DFT計算、溶媒効果などから、彼らはこの反応においてSN1反応は排除されると結論付け、これが3級アルキル炭素に対するSN2反応の初めての例であるとしています(過去にどういう例があったかは論文にも書かれています、面白いので是非読んでみてください)。これまでの例とは違い多方面からの証拠を色々持ってきているのでこれは本当かもしれません。そうなれば教科書の内容を変える、もしくは教科書に載ってしまう一報と言えるでしょう。

・・・とは言っても現状ではこの1報だけしか例がないので試験問題で3級炭素にSN2反応させるような反応機構を書くと100%不正解ですのでご注意ください。

ところで、三級炭素に対するSN2反応は進行しないと言いましたが、じゃあこれはどうなんでしょうか。

SN2 silicon.jpg

研究室に配属されている人なら良く使うシリル系保護基。主にアルコールなど酸素原子の保護に使われますが、その際にはハロゲン化三級シリル R3Si-Xが使われ、塩基性条件で反応が行われます。炭素とケイ素は同族元素。物性もとても似ているので、先の理屈ならこれは立体障害が大きすぎてSN2反応が進行しないのでSN1機構だ!ということになるのですが・・・?この話は次回予定。

posted by 樹 at 02:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 基礎有機化学 | 更新情報をチェックする
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