Swern酸化はPfitzner-Moffatt 酸化と言ったDMSO(dimethylsulfoxide)酸化の手法の一種で、ジクロロメタン中低温化でDMSOとoxalyl chlorideから活性DMSO種を調整し、反応基質を加えた後、塩基で処理することによりアルコールを酸化する手法です(clickで拡大)。
この時、塩基をくわえた後の酸化反応がうまくいかず、副反応としてPummerer転位を起こす場合がありますが、うまくいかないときは嵩高い塩基を使うと解決することが多いです(clickで拡大)。
さて、このSwern酸化の利点と言えば何と言っても安価であるということ。使うのはDMSOにoxalyl chloride、trietylamine。高い試薬はありませんし、金属試薬を使わない方法なので処理にも気を使わなくて済みます。余談ですが筆者はPCCとかPDCのようなクロム酸化をすると必ず片頭痛が起こるのでなるべく金属酸化をしたくない人間だったりします。
一方欠点ですが、活性種が不安定なために低温化で行わないといけないということがあります。逆に言えば極低温化でも酸化出来るいい手法とも言えるわけですが。また、反応機構を見ても分かるようにHClが発生するため、塩基処理前の系内は酸性となるので酸に弱い保護基が落ちてそのまま酸化されてしまう危険性があることも挙げられます。さらに最終的に塩基で処理するため、酸化後にカルボニルα位がエピ化する可能性も大いにあります。ただ、これに関しては最終的な処理後に塩基性になることを利用した合成もありますので、このあたりは使い方次第でしょう。
しかしもっとも重大な、というか致命的な欠点がこれらDMSO酸化には存在します。やった人なら分かると思いますが、「強烈な悪臭が発生する」ということです。これは塩基処理後に発生するジメチルスルフィドによるもので、ものすごーーーーーーく薄い状態であれば海苔の臭いなどのいわゆる磯の香りなのですが、実際にはどうしようもない悪臭が立ち込めます。従ってSwern酸化は絶対にドラフト内で行ってください(そもそもオキザリルクロライドが催涙性だからその時点でドラフト内じゃないとだめなんだけど)。どれくらいの悪臭かというと実験手法が色々載った本「研究室ですぐに使える 有機合成の定番レシピ」の文中でも
『万一"へま"をしてにおいをばらまいてしまい、それが運悪く大学や研究所の敷地外に出た場合は、君の輝かしいキャリアは、残念ながら突然最期の日迎えることになる』
とまで書かれる始末。小スケールならともかくこれを原料段階の大スケールで行うのはかなりはばかられるものがあります。アルキル鎖を思い切り伸ばしたスルホキシド試薬を使った「におわないSwern酸化」なんてすばらしい反応も開発されていますが、大量に合成したりする場合やDMSOと比較してのコスト面(DMSOはどこの研究室も既に持っているけど、この場合は大抵新たに試薬を買わないといけない)を考えるとやはり手を出しにくいものがあります。
ここまで書くといいことないじゃん!!という気がすごいしますが、とっても大きなメリットもあります。
そもそもSwern酸化は他の酸化法とは決定的に異なる機構で進行しています。つまり他の酸化方法が、酸化剤を入れるだけで水酸基の酸化が完了する1stepの反応であるのに対し、Swern酸化だけは
(1)活性DMSO試薬を作り活性中間体を作った後に、(2)塩基で処理して酸化を完了させる
と言ったone-potでの2段階反応で進行しています。
これが何を意味するか。
例えば複数個所の水酸基をまとめて酸化したいと思った場合、一般の酸化法ではそれぞれの水酸基が独立して酸化されるため、どちらか片方が酸化されて、片方が酸化されていない状態というものが必ず存在します。この時、何もなければもう片方も酸化されて目的物が得られるのですが、ちょうどいい位置に水酸基があった場合には分子内での巻き込みが起こってヘミアセタールを形成してしまいます。もちろんこれが再度開いてアルコールに戻れば酸化されて目的の化合物を得ることは可能ですが、そもそも巻いていた方が安定なんだから勝手に巻き込んでるわけで、この巻き込んだ状態のままでは酸化は進行しません。更にアルデヒドとでヘミアセタールを形成している場合には、このヘミアセタールの状態で酸化が進行し、ラクトンとなってしまうことも考えられます。どちらか決まった一方が先に酸化されることが確実ならそれはそれで使える反応ですが、実際には競争的に酸化が進行して様々な生成物がおもいっきり混ざってきます(clickで拡大)。
一方Swern酸化の場合、基質と活性DMSOとの反応では単に水酸基に活性基が付いただけで酸化は起こっていません。この後塩基を加えることで酸化が進行するのですが、仮に片方だけが酸化された状態であっても、先の場合とは異なりもう一方の水酸基は活性中間体として保護された状態になっているため巻きこみが起こりません。従ってヘミアセタールを形成することなく、望みの複数個所酸化された化合物を得ることができます(clickで拡大)。
この特徴を生かした天然物合成も幾つもあり、Steven Ley教授らのRapamycin全合成の中でも"The use of Swern oxidation conditions was critical to avoid formation of the undesired lactone"と記されており、複数個所の酸化に置いて非常に強力な手法であることが示されています(clickで拡大)。
と、以上Swern酸化について書いてみました。臭いと言って避けている手法にもこんなメリットがあるので是非躊躇せずに使ってみてください、