それは「人工的に創成されたエイズ治療薬が自然界から採れた!!!」というもの。
Isolation of optically active nevirapine,
a dipyridodiazepinone metabolite from the seeds of Cleome viscosa
Chattopadhyay, S. K. et al. Tetrahedron 2011, 67, 452-454.
まあ別にあってもおかしくはないのですが、大概の創薬化合物は天然にない骨格を持たせたりしていることが多いので「???」な感じです。
この辺は有機化学美術館さんを含め有名ブログでも話題にされているのでそちらもご参照ください。
エイズ治療薬が実る草(?)有機化学美術館・分館
Chiral What? Chiral How? In the Pipeline
そしてこれが光学活性体として単離されたということから議論に拍車をかけています(曰く、「合成された化合物はラセミ体であるが今回は光学活性体が採れた」)。その天然から単離されたという光学活性創薬化合物というのがこちら!!
( ゚д゚) 光学活性体・・・
_(__つ/ ̄ ̄ ̄/_
\/ /
 ̄ ̄ ̄
( ゚д゚ ) 光学活性体!?
_(__つ/ ̄ ̄ ̄/_
\/ /
 ̄ ̄ ̄
不 斉 中 心 ね え よ!!!!
比旋光度も +7.04 (c 0.0011, CHCl3)←濃度に注目
とか胡散臭いし!!
とまあこんなことで「軸不斉があるんじゃないか」とかあーだこーだで各地で紛糾しているのですが、どうやら「『特許対策』のため政治的意図で投稿された」説がもっともらしいとのことです。個人的には「バカには見えない不斉中心」説を推すところですがw
投稿者「レフェリーの皆さま、これが天然より単離されたキラルな創薬化合物でございます」
審査員「何?これのどこが光学活性化合物だというのだ、バカにしているか!」
投稿者「レフェリーの皆さま、これにはバカには見えない不斉点が存在しているのですが・・・。数々の業績を挙げてらっしゃる審査員の皆さまがまさかお見えにならない・・・?」
審査員「そ、そんなことないぞ!うん、もちろんわしには見える!見えるぞ!これはキラルじゃ!」
⇒論文受理でめでたしめでたし。
(アンデルセン童話 「ラセミの王様」より抜粋(何)
そんな駄文のためにこんなポストしたわけではなくてちょっと真面目な話。
要するにこの論文、特許回避かどうかは置いておいて、人工的に作りだしたものを後出しで「天然から採れた」と言い張っているわけです。これが何を意味するか。
ちょっと前に「NHKスペシャル「夢の新薬が作れない ~生物資源をめぐる闘い~」(2010/10/11放映)」が放送されました。生物資源の権利、生物多様性条約などを絡めた創薬業界の現状をまとめた番組で、その内容はtogetterにもまとめられてます。その中の一つのトピックにプロストラチンをめぐる話があります。
プロストラチンは抗エイズの新薬として注目されているPhorbol類縁体天然物で、サモアにあるママラの木から抽出することが可能。地元ではこれを伝承薬として利用していました。そしてその抽出品を新薬(のリード)として利用するに当たり、その利益を地元サモアと分配することが取りきめられました。ところが、スタンフォード大学のPaul A. Wender教授らが、彼らが長らく研究している化合物の一つであるPhorbolからの簡便な合成法を見出してしまいました。それはすなわちサモア産原料は不要、ということでもあり、サモアとしてみれば一切の金が落ちなくなるわけです。
そこでサモア政府は「自分たちの知恵・伝統品から得られたものを利用しているのに、用済みだから金を払わないとは何事だ!」と、今まで通りの利益分配を要求しているという話。つまりプロストラチンをベースにしたことをしている限り、それはサモアの財産なのだから金を払えということだそうです。まあ分からんでもないけど暴論と言えば暴論。
ただ、プロストラチンが初めて発見されたのはサモアではなくオーストラリアでありサモアではないということを考えるとプロストラチンそのものを捕まえて「サモアの財産」とするのはどうかと思います。まあどうやら探っていくとサモアもプロストラチンそのものを捕まえて金よこせと言っているわけではないような気がするのですが、確証がないのでやめ。
ともかく、もしもこのように化合物そのものにその国の所有権や利益配分等を認めたら(現状そういうことには製薬企業は否定的、あたりまえだけど)どうなってしまうか。そこで最初の話に戻りますが、先の論文のように後出しで「合成品がうちで単離された!」ということが通るようになると、ドル箱創薬化合物を捕まえて「うちで単離された!」という論文を発表⇒「我が国の財産だから売上金よこせ!」⇒開発費を一切使わず労せずがっぽり儲けるなんていうとんでもないことが起こりうるのではないかと考えました。
もっともCOP10の話は全然決着していないし、こんな話も極論ではあるし、常識的に無理があるのですが。ただ、常識なんてものはその国によって違うし無理が通れば道理など簡単に引っ込みます。現にブラジルや中国では国民の健康を守る必要がある場合、特許を停止し、医薬品を製造できる「強制実施権」なる、国が企業財産を強奪できるという"大変に画期的"な制度が導入されていますから、国がそういう制度を作り上げてしまえば上のような生物多様性・固有資源からの財産を盾にしたヤクザな事象も無くはないのではと思った次第です。みなさんはどう思われますか。
情報、通信、交通の進歩で世界が小さくなったのはいいですが、こういうめんどくさい話は勘弁してほしいです。
※2011年3月2日追記
C&ENに生物多様性条約関係の記事がありました。物取り(天然物屋だけでない)の人が現地の人とどういう風にして接し、調査をしているのかが良くわかるので是非読んでみてください。ちなみに表題にある名古屋とは2010年10月に第10回締約国会議(COP10)が開かれた場所で、名古屋議定書が採択されていることからつけられています。
C&EN February 28, 2011
Navigating Nagoya
Natural product hunters prepare to adapt to new biodiversity treaty. (pp. 50-51)

