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2010年12月14日

スズアセタールを使った1,2-diolの選択的修飾

前回は選択的に官能基を切断、脱保護する方法を書きました。ですが複数の無保護の官能基、を選択的に保護、修飾できれば一番無駄が省けるわけです。シリル系保護基やTr基などはその立体的嵩高さから、もっとも空いている部分だけを選択的に保護することが可能ですし、窒素官能基vs酸素官能基だと、N選択的な修飾することも出来ます。が、酸素対酸素の場合だと導入するものによっては選択性が出なかったりすることもしばしば。選択的に修飾する手法は色々あるんですが今回は有名な手法である1,2-diolに対するスズアセタールを利用した選択的修飾法を紹介してみます。


有機スズは有毒なので好き好んで使いたがる人はいないと思いますが(臭いも不愉快だし)、大体そういうもの程替えの効かない特有且つ重要な物性を持っていたりするものです。このスズも同様で、合成論文などでは小杉-右田-Stilleカップリングやhydrostannylation、ハロゲン金属交換、vinyliodideへの変換などでよく見かけます。スズアセタールを用いた選択的修飾もそんなスズ特有の物性を利用したものでDi-n-butyltin oxide (O=SnBu2、DBTO)を用いる場合がほとんどです。こいつの存在下、1,2-diolをrefluxしてやるとこのdiolにスズのアセタールがかかります。通常の炭素のアセタールだと単なる保護基(酸素原子からの押し出しで切れたりはするけれど)ですが、スズの場合には特有の性質として分極が極めて容易に起こるということがあります(クリックで拡大、「有機金属反応剤ハンドブック」より)。

スズ01.jpg


この性質のため、スズアセタールのかかった酸素原子はδ-性を帯びており、求核攻撃を起こしやすい状態になっています。そのため、このスズアセタール化合物に対して求電子種を加えてやると塩基が無くても官能基化が進行し、スズはそのまま落ちます。またこのスズアセタールを経由する置換反応は位置選択的に進行することが知られています(クリックで拡大)。

スズ02反応式.jpg


このスズアセタールが一般的なアセタール化合物と異なる点は、通常化合物は簡略化等の意味もあって単量体で記載していますが、実際にはこのスズアセタール化合物はスズ原子dで架橋した2量体、三量体、それ以上のポリマーなど様々な状態で存在しており、スズ原子はこれにより元々の4配位にはなっていません。そしてこれがスズアセタールによる修飾反応の鍵となっているのです。話がややこしくなるので末端の1,2-diolに対して、且つもっとも位置選択性がよい錯体である2量体について話すことにすると、2量体は以下のような構造を取っており、スズ原子は三方両錐型構造をとっています(クリックで拡大)。

スズ04アピカル.jpg


スズ05反応式.jpg



ホスフィンなども同様の構造をとりますが、5配位三方両錐型を取る原子はそのHOMOがアピカル位(三方の平面をequatrial位、上下の面に出てる結合をアピカル位という)にあるため、もっとも求核力が出るのはアピカル位に配位した置換基ということになります。ここでアピコフィリシティ(アピカル位配位のしやすさ)及び立体障害の影響から立体的に小さい末端水酸基がアピカル位に来るものが安定となります(デカイ方をeq位に持ってきた方が障害が少ない。apical-eqの角度が90°であるのに対しeq-eqの角度が120°であるため)。また、equatrialに来ている酸素原子は3配位であるため(求核)反応に適していません。従ってスズアセタールを用いた修飾(TsやBn, acyl化)は(理想的には)末端の水酸基選択的に進行することになります。

もちろん、スズアセタール上のブチル基と基質との立体反発など様々な要因が絡んでくる他、安定性の問題でdimer以外のポリマーが発生したり、組み方の違うdimerが出てきたりと、基質依存的なものがかなり強く出てきます。環状化合物になると話は更にややこしくなって、スズアセタールの水酸基の隣りにある官能基がaxialに向いているか、equatrialに向いているかによって中間体ポリマーの安定性が変わって選択性が出なくなる(スズ上のBu基との反発の影響)などが起こるため、単純ではありません。糖に関して言えば、隣接官能基がaxialに向いている側(もしくは何も付いていない側)の酸素官能基が隣接官能基がequatrialに向いている酸素原子と比較して選択的に修飾されるということ、スズアセタール(1,2-diol)の両酸素原子がaxial、もしくはequatrial配向の官能基に隣接している場合には位置選択性が発現しない、という傾向が知られています。これも中間体である2量体、3量体の構造安定性が関係してきます。

スズアセタールでの選択的修飾に関しては簡単に書くとこんな感じですが、かなりややこしいchemistryなので糖のスズアセタール三量体とか全部のパターン描くのめんどくさいし以下の元論文も参照してみてください。
あ、あとスズアセタールですが試薬であるDBTOを触媒量に軽減する手法も開発されているのでご安心を(クリックで拡大)。

スズ03触媒量.jpg


Martinelli,M.J. et al. JACS 2002, 124, 3578-3585.
Roelens, S. JOC 1996, 61, 5257-5263.
Hangarasa, R. et al. Can. J . Chem. 1990, 68, 1007.
・アピカル位、アピコフィリシティ(Apicophilicity)に関しては有合化2009, 67, 787-797および848を参照。
e-EROS dibutyltin oxideの項も参照。

※追記分
・アピカル位の化学はスズ、リンだけでなく超原子価ヨウ素でも重要。TCIのサイトを参照。(PDFファイルなので注意)

超原子価ヨウ素化合物 / Hypervalent Iodine Compounds

またこれに関連して、IBX酸化においても酸化の律速過程が基質-IBX複合体のアピカル位へのフリップの過程にあることが計算化学から示されている。

2-Iodoxybenzenesulfonic Acid (IBS) Catalyzed Oxidation of Alcohols
Muhammet Uyanik and Kazuaki Ishihara
Adlrichimica Acta 2010, 43, 83-91. (PDF注意)

posted by 樹 at 04:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 有機化学 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
酸化スズを用いる場合ってどのように触媒サイクルするのだろうか?今回紹介されている反応は本当にスズアセタールを形成しているのかな?過去文献によるとスズアセタールの形成には加熱が必要とのことだし。今回紹介されているトシル化は触媒量だけど、触媒無しでも60%くらい進行すると記載されているので、結局アミンベースで活性化されて反応してるだけだよね。普通に考えてズアセタールを形成したら等量の水が生成してくるのでどう考えても酸化スズへの再生は不可能だよ。だから基本的に酸化スズを用いる反応は等量反応なんじゃないのかな?
Posted by at 2011年11月17日 17:38
載せておいたJACS論文にも書かれてありますが、もちろんスズなしの当量塩基だけでも反応は進みますが選択性も反応速度も悪い。一方スズアセタールの当量反応で塩基触媒量だと選択性は上がるが反応速度は遅いまま、スズアセタールを単離する場合にはreflux条件を必要とします。この触媒反応では当量の塩基を用いることで高選択性を保持したまま反応速度を格段に改善させることに成功しています。酸化スズはスズアセタール反応で選択的にTs化された後、もう片方にぶら下がったままになっているBu2SnCl-ORと未反応ジオールで交換反応が起こりスズアセタール化原料が出来ることで触媒的に利用されています。
Posted by かんりにん at 2011年11月20日 22:33
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