cookbook chemistry (2): たゆたえども沈まず-有機化学あれこれ-
よくアクセスがあるものをまとめておきました。右バーのカテゴリ別も参照ください。

レポート・実験データ等のまとめ
・研究室に貼っておくと便利な表などをあつめてみた(現在も随時更新追加中)
・検索・計算に使える化学サイトをあつめてみた
・特殊記号の出し方・ショートカットキーまとめ
・MS WORDショートカットや特殊アルファベットの入力法まとめ
・Powerpointのショートカットキー
・出版社ごとのオープンアクセス化費用をまとめてみた(有機合成化学向け)
・ネットコンテンツを参考文献に挙げる話
・情報ソースはウィキペディア、な論文の話
・タダで読めるけど・・・-オープンジャーナルのあやしい世界
・最近のOLのはなし

材料化学・自然化学・疑似化学
・ボーイング787の窓の秘密とクロミック材料の話
・アメフラシの紫汁の謎
・タコが光ってもいいじゃなイカ!-青い毒タコ・ヒョウモンダコ科の秘密-
・やけど虫の毒と抗がん活性
・世界一大きい花の臭いの話
・竜の血の赤、虫の赤
・撤回された天然竜血分子が全合成で確かめられた話
・はじけるキャンディ・ドンパッチの話
・危険なDHMO? SDS(MSDS)の話
・水を脱水した話
・高校生が高価な薬分子を格安で作った、という話
・人工分子は天然に存在しないのか―抗がん剤分解物は妖精さんだった話―
・創薬分子が天然から採れた!!と思ったら・・・な話

有機合成化学実験
・Swern酸化の利点
・光延"反転"の話
・実験、爆発:やってはいけない組み合わせ
・モレキュラーシーブスは塩基か酸性か
・TBAFにモレシな話
・モレキュラーシーブスの乾燥法で収率が変わった話
・原料の不純物で反応が行ったり行かなかったりした話

大学講義の初級有機化学
・フィッシャー投影式をジグザグ式に変換する方法
・ニューマン投影式の理解の仕方
・R/S表記やE/Z表記など

2010年11月06日

cookbook chemistry (2)

タイトル.jpg

前回の続き。

Cookbook chemistry、つまり「レシピに乗っかるだけの創造性のない化学」の話を前回しました(半分くらい普通の料理の話をしていたような気がしますが気のせい気のせい)。"Cookbook"と書かれてはいますが、料理本においても書いた本人の物を実際にどれだけそのままフォローできるかというと実際にはかなり難しいでしょう。なぜならば
・塩 一つまみ
・胡椒 少々
・ひと煮立ち
・しんなりするまで

と、ぱっと思いつく表現を出してみましたが、肉や魚の主材料が定量的に示されているのに対し、サイドの味付けや調理法に関しては料理者の解釈でどうにでもなる実にアバウトなものが多いのです。適当にやってもまあレシピ通りならそれなりに食えるものはできるでしょうが、じゃあ店で出せるかというと別問題。レシピ通りにやってもうまくいかない、なんか味が薄い、焦げたなどと言ったレシピには出てこないことに起因する問題点を挙げ、原因を究明し、改良していくと言った姿勢が重要なのです。

が、レシピまんまで満足しているとそういった問題を放置(もしくは気付かない、レシピがそうなってるんだからそんなもんなんだろう)し、眼前の宝の山を逃したりすることもあるかもしれません。
そこで今回はこのcookbook的な考えによって痛い目を見たという例を紹介します。



Cook Book Chemistry
Ind. Eng. Chem., 1925, 17 (7), p 740


1925年の論文のコラムで相当古いものです(しかもIndustrialなので研究室的化学とは異なりますが)。
ちなみにこの当時にNMRやらGCなどという便利な夢のマシンは存在していません。

ある新年の朝早々、ある人(説明はあまりないがおそらく化学会社のお偉方)が顧客である公的研究機関から
「米国薬局方の試験をしたところ、お宅のグリセロールは不純物が混ざっているので至急対処してくれ」
という苦情が寄せられました。その苦情は翌日以降大量に寄せられ、チーフ研究員と共に原因を探ることになりました。

(当時の)米国薬局方に依れば、グリセロールの検査の際には『試薬("reagents"とあったのでglycerolだけではないと思われる)を"gently heat"する』と記されていたのですが、普段通りに検査をしてもどんなにやってもグリセロールの焦げた臭いしかしないので何が原因なのかが掴めずにいましたが、最終的に判明した原因。それは「be Gently heated」と意味の取り違えでした。
実際には「90度以下の湯で加熱」すべきところを彼らは「さっと火に通す」ことをgentle heatと解釈していた上、この薬局方を設定した人間を捕まえて話を聞くまでその間違った手法による結果にに疑いを持っていなかったのです。この「お湯で加熱する」という手法は古い薬局方にはないものの、後の更新時にちゃんとした定義がなされていました。

とこれでやっと原因がわかってめでたしめでたし・・・・なんですが、

法律顧問を連れて来てアドバイスを貰う→役に立たない→アドバイス料$200をどぶに捨てる
検査手法を本当の"gentle heat"に変更→$1000かかる
無駄な時間を費やす
顧客からの信頼をなくす
注文をキャンセルされる

など散々な目に彼は合ってしまいました。ちなみに1920年代の話ですから今のレートと比べると相当高額なものとなっています。

なにぶん古い例なので当時の時代背景等も考えると若干解釈が違うのかもしれませんが、少なくとも異変を疑うという姿勢があればここまで酷いことにならなかったのではないでしょうか。

ちなみに決められた実験だけをやる研究室(たとえば高校や、その道の専門でないコースの学生、たとえば法学部などに向けた実験の研究室)などをCookbook labといい、いわゆる「研究する」研究室をinquiry labと言います。これに関しても「cookbook labは『研究』室の意味をなしていないから無駄だ」だとかいや必要だとかいった議論も起こっています。以下の2論文(というよりコラム)もそういった二つの立場からの考えが述べられているので一度目を通してみてはいかがでしょうか。個人的にはこの二つ、ものすごい極論を持ってきて話をしてるので全くかみ合ってないんですけどね・・・。


What's Wrong with Cookbooks?
Addison Ault
J. Chem. Educ., 2002, 79 (10), p 1177



What's Wrong with Cookbooks? A Reply to Ault
Mark S. Cracolice
J. Chem. Educ., 2004, 81 (11), p 1559


結局基礎を知るには既知のcookbook chemistryから始めないといけないし、そのcookbookですらうまくいかない場合に「どうしてだろうか」と考えることによってinquiry chemistyになるわけですからcookbook lab全否定というのもどうかと思います(教員の就職口が増えるという意味でもw)。ただそれを将来的に化学をやることもない文系学生にやらせてどうする、というのはあるかもしれません。もちろん経験しとくことはいいのですが、結局教員側も「将来使いもしないもので成績付けて、それで単位を落とす」なんてことは単に学生の将来を潰すことにしかなっていない(最近だとそんなことしたら親が乗り込んで来かねないような・・・)以上、学生を落とすことはない・学生もどうせ役に立たないもので単位目的でやってるんだから過去レポでその場を乗り切ればOK、ということにしかなっていないのならば考えた方がいいのかもしれません。
posted by 樹 at 02:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 食べ物・料理化学 | 更新情報をチェックする
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