というわけで今回取り上げるのはMioskowski法というエポキシドからアリルアルコールを合成する方法。
アリルアルコールはそのオレフィンを利用してメタセシス、シグマトロピー転位等様々な変換が行える重要な官能基です。が、それを立体化学を制御して合成しようとすると案外困ってしまうものです。ケトンをビニル化したり、エノンを還元したりしてもアリルアルコールにはなりますが、立体選択性に問題がある場合がままあります。一方でエポキシドに対する求核付加反応を行った場合、エポキシド根元の不斉は保持されますからこれだと確実に立体制御が行えます。が、エポキシドに単純にビニルアニオン種をくっつけてもホモアリルアルコールにしかなりません。では、エポキシドに対してどういうものをくっつけてやると立体化学的に純粋なアリルアルコールを合成することができるでしょうか。


エポキシドからアリルアルコールを作るためには増やす炭素はたった一つ、そしてその増えた炭素分は不飽和結合になる必要があることから脱離基が必要となる、つまり『求核種としての性能と脱離基を持った炭素原子』をくっつける必要があるのです。そんな都合のいいもんがあるかい、とお思いですがあるのです。Mioskowskiらは過剰量のスルホニウムイリドをTHF中エポキシドへと作用させることで、アリルアルコールへと変換する手法を見出したのです。この際、エポキシドの不斉は保持されるので完全に単一の立体化学を有するアリルアルコールを合成することができるのです。(clickで拡大)

エポキシドに求核付加した後はイリドではなくスルホニウムカチオンとなるため、ジメチルスルフィドを脱離基とした脱離反応が進行します。この脱離機構は、過剰に用いたイリドによるE2脱離と、求核付加後に生じたスルホニウムカチオンから生じたイリドによる分子内でのsyn脱離の2つが考えられます。
ここで有機化学をやっている人なら気付いた人もいるかもしれませんが、イリドを発生させるトリメチルスルフォニウムヨージド、実はこれ、ケトンからエポキシドへと変換する際に用いられるCorey-Chaykovsky反応に使われる試薬として知られています。よってこれを利用することで、ケトンに対してこの反応をかけるとCorey-Chaykovsky反応が進行し、エポキシドを形成した後に更に反応が進み、結果的にケトンに対してビニル基を付加させた化合物を得ることもできます。つまりケトンに対するビニルアニオン種の求核付加反応の別法と言えます(残念ながらアルデヒドではうまくいかないようです)。(clickで拡大)

この手法は汎用性が広く、単純な脱離基を有するアルカンに用いれば、一炭素増炭してビニル基を導入することもできるし、アジリジンに対して用いることでアリルアミンとすることができます。(clickで拡大)

今までは末端のエポキシドなどについてみてきましたが、内部のエポキシド、アジリジンでも反応は進行します。しかしtrans体は反応せず、cis体からの生成物しか得られないという欠点もあります。(clickで拡大)

しかし以下のようなデザインの基質に対して反応を行った場合ではcis/trans関係なく反応が進行し、アリル位にアルコールを持った共役ジエンを作ることが可能となります。反応機構としては末端のハロゲン化された炭素から反応が進行し、ビニルエポキシドを経由していることから立体電子効果による寄与によりcis/trans両方とも反応が進行していると考えられます。(clickで拡大)

Corey-Chaykovsky反応を行う場合にはDMSO存在下行われますが、このMioskowski型反応の場合にはTHF, etherが用いられます(普通はTHF、うまく進行しない場合にetherが検討されている)。またイリド源であるオニウム塩もカウンター陰イオンによって反応性がかなり変わるようです。このトリメチルスルフォニウム塩はメチル化試薬(MeIやMeOTfなど)と悪臭で悪名高いジメチルスルフィドとの反応で容易に調製できるので反応性が悪い場合には是非調製してみてください。僕は嫌ですw
ちなみに幸いにしてトリメチルスルフォニウムヨージドは市販されていますし、高い試薬でもありません。